第4話 避ければ盾など必要ないのだっ!

 



 

 とりあえず武器は決まったが、何かスキルでも使って見せれば良いのだろうか?



「えーっと...」



 次はどうするのかと、グラディスに念のこもった視線を向けてみる。まぁ、よそ見をしておるし伝わらんだろうがな。



「ん? 武器は決まったのか?」


「う、うむっ」



 なんとっ、視線が合っておらんのに、どうやら妾の念が伝わったみたいだ。グラディスと言ったか、この試験官なかなかやるな。



「よし、ならこっちに来てくれ」


「わかったのだっ」



 手招きされるまま、訓練用のショートソードを持って広場の中央へと移動する。



「ほぅ、ショートソードを選んだのか。ますますスカウトっぽい武器のチョイスだが、片手が空くが盾は持たんのか?」



 グラディスが此方の武器を一瞥すると、不思議そうに聞いてきた。


  --盾か...


 片手が空いていたら持った方が良いのか?

 慣れておらんから出来れば持ちたくないのだが。


 それに普段は魔法を使ったりするのに片手を使うこともあるからな、両手に武具を持つとなんだかソワソワして落ち着かんのだ。まぁ、全部避ければ盾なんてなくても問題ないだろう。


 しかしこの聞かれ方は返答に困るのだ。まさか『盾は持たんのか』と聞かれて、片手で魔法を使うのだ、とは答えられんからな。かといえ全部避けると言ってしまえば、ますますスカウトっぽいとか言われかねん。


  --どうしたものか...


「まぁ良い、準備が出来たなら説明するぞ?」


「う、うむ」



 しまったのだ、考え込み過ぎて沈黙だと取られたみたいなのだ。今のが試験に関係ある質問で、無視したとか思われてなければいいのだが。しかし、どちらにせよ誤魔化すしかなかったしな。過ぎた事はもういいか。



「さて、このまま戦っても良いんだが、今回は前衛の素質も見ないとダメだからな」


「素質か...」



 本当は魔導師だからな、前衛の素質があるかと言われれば全く自信は無いのだが、それより素質を見るとは、いったいどんな試験をするのだ?



「まぁ、言っといてなんだが、普通の模擬戦とあんまりかわらんから、そんなに身構えなくてもいいぞ」


「そうなのか?」


「ああ、普通の模擬戦なら降参するか気絶するまでやりあうんだが、今回は前衛の適性を見るために、背後から攻撃を受けたら試験は終わりだ」


「背後から?」


「そうだ、後ろをとられるような前衛は失格だからな、かわりに一定時間耐えきれば合格にしてやるぞ」



 ふむ、思っていたより簡単そうだな。



「ただ、耐えてるだけじゃ不合格だぞ? 隙があれば手を出してこい」


「うむ、わかったのだ」



 試験だというから身構えておったが、単純な内容で良かったのだ。物凄く分かりやすくてやりやすいぞ。



「じゃあ始めるぞ?」


「うむ」

 


 グラディスはそう言うと、5メートルほど離れて武器を構える。さて、いよいよ試験の始まりだなっ。


 ...。


 ......。


 む? グラディスが構えたまま動かんのだが、もしかして此方から攻撃すればいいのか?



「.......おい、どうした? 早く構えろ」


  --妾の構えを待っておったのか!


「構えば無いからいつでも大丈夫なのだっ!」



 どうやら妾の返答に驚いておるようだが、魔法を使う時の構えは基本的に自然体だからな。そもそも武器の構えなんて良く知らんし、このままの状態で大丈夫なのだ。



「そうかわかった、なら行くぞっ!」




 ◇ ◆ グラディス視点 ◆ ◇




 今日も午前中に新人の訓練を行って、昼からは暇な書類仕事に没頭していた。冒険者を引退してからと言うもの、これが毎日の日課だ。今日も変わらず同じ日常が過ぎている。


 正直言うと今の日常が物凄く退屈でたまらないが、平穏を望んだのも自分だからな。この状況は我慢するしか仕方のないものなんだろう。


  --コキッ

    --コキッ


 凝った肩を首を鳴らして軽くほぐすと、半分も手についてない書類仕事に目を落とす。



「はぁ、まだこんなにあるのか」



 この仕事だけはどれだけやっても慣れる気がせん。いっそ誰か雇ってやらせてしまうか。しかし、あのケチなギルドマスターが費用を出すわきゃないしな。


  --コン

   --コン


 そんな事を考えていると、唐突に部屋の扉がノックされた。



「入れ」


「失礼します」



 扉に向かって返事をすると、入って来たのはリィナだった。

 受付の彼女がここに来る理由と言えば、緊急事態か試験の用事くらいしか思い浮かばんが...。


  --さて...


 あらためて彼女の様子をうかがってみるが、慌てている様子はなさそうだ。それなら用事は試験の方なんだろう。


 しかし、この街のギルドにランクアップの試験が近い冒険者は居なかったはずだが?


 それなら考えられるのは、他所から来た冒険者が試験を希望してきた場合だが、普通は自分がホームにしている街で試験を受ける。

 なにせ他所者となれば試験官の目も厳しくなるからな。本当は平等に評価しないといかんのだが、普段を知っているやつなら試験で多少調子が悪くても通しちまうもんだ。


 だから他所(よそ)の街で受けるヤツってのは、問題児でホームにしてるギルドで試験を受けても厳しいヤツが流れてくる。今回もそのパターンだろうか。


 まぁ、書類仕事にも飽き飽きしていたとこだし、跳ねっ返りを相手に体を動かすのも良いかもしれんな。


 

「それで、ランクアップ試験か?」


「いえ、それが...」


  --なんだ?


 歯切れが悪いが、もしかして俺の読みがはずれたのか?



「どうした?」


「新人冒険者の登録を行ったのですが。その、試験を要望されまして」


「ほぅ」



 新人登録者の試験志望者か。



「珍しいな」


「はい...」



 俺が試験官になってからこの5年間で、新人が20人くらい受けに来た。それで合格したのはたったの2人だ。この合格率はなかなかに高難易度だと言えるだろう。

 しかも合格したその2人もギルドへの登録は新人だが、達人に弟子入りしていたり傭兵として活動経験があったりしたのだ。そこまで考慮した場合、本当の新人が合格する確率は絶望的だ。


 まぁ、1年以上かかる道のりを全てすっ飛ばしてDランクになるわけだから、そう簡単に通れば問題なんだがな。

 勿論すっ飛ばせば経験も他の冒険者との繋がりも持ってない、だから尚更ソロでもやっていけるだけの実力が必要になってくる。だから実際のDランク昇格試験よりもずっと難しいのだ。具体的に言えばCランクレベルの技術が無いと俺は試験を通さん事にしている。


 この事はギルドで公言してあるし、街の冒険者なら誰でも知っている。それでも受けに来たと言う事は、それなりに自信か経歴があるやつが来たんだろう。


 これは久しぶりに楽しめそうじゃねぇか。



「それで、今回の志願者はどんなやつだ?」


「それが、その、14歳の女の子なんです」


「......は? 何を言ってんだ?」



 そんなやつが新人登録の試験なんて受けねぇだろ。


 ......まさか。



「まじなのか?」


「...はい」



 おい、勘弁してくれ。来たのは何も知らねぇド新人かよ。


 過去にも数人くらい来た事はあるが、兎に角めんどくせぇだけだった。

 弱すぎるから怪我をさせないようにするのが難しいし、かと言って手を抜くわけにもいかないから、力加減が物凄く大変なのだ。


 それに、下調べもせず無理な試験に挑んで来る新人は、うまく鼻を折ってやらないと無謀な冒険者に育っちまう。



「はぁ、まいったな」



 しかも今回の新人は14歳で女の子ときたもんだ。性別で差別するわけではないが、異性っていうのはどうにもやり辛いものがあるもんだ。これは、今回ばかりは苦労しそうだ。



「それで詳しい情報はどんなだ?」


「はい、登録情報の書類は此方です」



 そう言って手渡された用紙に視線を落とすと、すぐに投げ捨てたい気持ちが込み上げてきた。



「名前と職(ジョブ)以外は未記入かよ」


「ええ、そうなんです。私も未記入の場所も書いたほうがいいと勧めるか悩んだんですが」


「まぁ強制は出来ねぇしな。それに、記入状況でも冒険者の適性を判断してるし、言えないのは仕方がねぇ」



 記入が無いってことは書けないか書けるものが無いかだ。どちらにせよこの書類からわかるのは、書いたやつが何も知らないド新人だってことだけだ。


 しかもよりにもよって職(ジョブ)はソードマンかよ。一番キツイ立ち位置じゃねえか。

 ソードマンってのは味方を守りながら隙を突いて攻撃もしなけりゃならん。しかも怪我をして引退するやつも非常に多くて、実力が一番求められるポジションだ、一番センスが求められる。



「はぁ」



 ため息しか出てこない。



「やはり、理由を話して試験は諦めてもらった方がよろしいのでは」


「いや」



 気軽に試験を受ければどうなるかわからせておかないといけないしな。



「訓練場に通しておいてくれ、俺が軽く相手をしてから諦めさせる」


「分かりました」



 それからリィナが部屋から出ていくのを確認すると、もう一度ため息を吐いてから立ち上がる。



「気が乗らねぇなぁ」



 男のガキなら擦り傷だらけにしちまえば良いんだが。女の子が相手だとあんまり傷だらけにしすぎたら、受付嬢からの視線が厳しくなっちまう。



「どう対応したもんか...」



 試験のために革鎧へと着替えながら、この後のことを考える。傷だらけになる前に降参してくれれば良いんだがな。

 結局なにも良い考えが思いつかず、訓練場へと足を運んだ。



「先に着いちまったか」



 試験場所へたどり着くと、そこには誰も居なかった。どうやら早く来すぎたようだ。



「もうちょっとゆっくり来ても良かったか?」



 ......。


 だめだ、女の子だから少し穏便にすませようかと思ったが、もういつも通りにやっちまおう。下手な事をして失敗したら碌なことになんねえからな。


 ......。


  --ギギ...


   --ギギギギギギ


「来たか」



 魔法によって、錆の浮いた訓練場の扉が開かれる。ちょっと扉の音が五月蝿えな、丁度いいから扉も通路と一緒に直してしまうか。


 そして扉が開ききると、そこから金髪の少女が入ってきた。



「おいおい、これは...」



 その少女は長い髪を後ろで細く編み込んでいて、貴族が着るようなドレスに金属製のプレートを付けた様な奇妙な防具を身に着けていた。

 髪の隙間から見える耳は尖っていて、どうやら長耳族(エルフ)か小人族(ホビット)の血を引いてるように見て取れる。そして好奇心旺盛な真紅の双眸が、興味深そうに周囲をキョロキョロと見渡している。


  --まいったな...


 体格も特段に良くは見え無いし、肌も白くて野良仕事すらしている気配を感じない。それに、あんな滑稽な装備をするのは大抵が貴族の連中だ。

 この国では人間族(ヒューマン)以外は貴族の跡取りになれないし、おおかたエルフの愛人に産ませた子供だろう。


 ただ、貴族で育つとプライドが高い連中が多くて扱い難いんだが、こいつがその部類に入るかも見ておいた方が良いだろう。まずは最初に会話を挟んで軽く性格を確かめてみるか。

 下級貴族に多いんだが、他人を蹴落とすような傾向があれば試験に通すのは非常に危険だ。裏でライバルを暗殺していた事件も過去にあったからな、人格に裏が無いかも注意しとかねえと。


 それから適当に会話を持ちかけると、そのまま自己紹介まで済ませてしまう。

 少女はレムリアと名乗ったが、レムと愛称で呼んでも良いと言っていた。折角だから愛称で呼んで反応をみてみるか。


 今のところ他人を卑下するような発言は見受けられないし、裏がありそうには見えねえな。

 普通は他の職(ジョブ)の方が向いてるなんて言われりゃ、プライドの高いやつは機嫌を損なって取り乱すんだが、そういった様子も見られない。


 性格はどうやら問題無さそうだ。


 後は実力を実技で確認するだけなんだが、あのヒョロい見た目だとそっちはあまり期待できそうにないな。やる気はあるし、スカウトやアーチャーなら有望なんだが、あの体格で魔物を後ろに通さないのには、相当な技術が必要だろう。


  --勿体ねえな


 職(ジョブ)を変えさせるのに諦めると、いつも通り武器を選ばせて訓練場の中央に移動する。そして試験の説明を軽くしてから、レムと向かい合って武器を構える。


 これでダメだと教えてやれば、職(ジョブ)の事も考え直すかもしれないからな。コイツの未来のために、キツめの敗北を味わわせてみるか。


 ......。


 ...。



「ん?」


  --どうしたんだ?


 何時まで待っても武器を構えねえが。これじゃあ開始の合図が出せねえじゃねえか。それで聞いてみたんだが、あろうことか構えは無いと返してきやがった。


 此処に来てまさかの『自然体の構え』かよ。 


 あの構えでどんな攻撃にも対処できれば、相当な実力者という証になる。


 構えが無いので相手に読まれず、構えが無いのでどのような動きにも持っていける。ただし、構えた人間の方が早く動けるのは常識だ。だからあの構えは先読みが全てで、膨大な知識と経験から先の先を取って動けなければ使えない。だから14歳であの構えは出来ないはずだ。

 俺も真似事くらいは出来るっちゃ出来るが、まだ構えた方が強いからな。あれを使える人間はまるで未来視をしているかのような動きをする。だが今回のアレは真似事だろう。


 それなら、体勢を崩して避けきれない攻撃を入れてしまえばそれで終わりだ。


 盾を持っていれば受けられるかもしれないが。あの体格なら受けても体ごと簡単に吹き飛ばしてしまえる。


 もしかしたら恵まれたステータスに頼ってる可能性もあるにはあるが、あれは鍛え上げた力を底上げするだけの代物だ。頼ったところで鍛えた力に及ばない。


 瞬殺して自分の実力をわからせるか。



「...行くぞっ!」



 さて、どう仕掛けるか。

 そうだな、まずはセオリー通りで行ってみるか。


  --ザッ


 深く踏み込んでから、勢いをつけて一気に相手の懐へと入り込む。


 だが、レムの反応する気配は見られない。


 このタイミングでまだ反応すら出来てないなら、次の攻撃は絶対に避けられねえ。


 そのままの勢いで思い切り左手の盾を打ち付ける。いわゆる『シールドバッシュ』っていうスキルを使う。


   --ガッ


「お?」



 避けるのは諦めて剣で受け止めてきたみたいだな。盾ごしに硬い感触が伝わってきた。

 素人にしては良い反応だが、でも無駄だ。このまま剣を弾きあげてから、空いた胴体に斬撃を加えれば終了だ。


  --ガギンッ


 予定通りレムの剣を盾で弾き飛ばした。

 これで盾の重要性も理解出来ただろう、持っていれば今の俺みたいな使い方も出来るし、これから打ち込む一撃だって耐えられた可能性もある。


 思ったより呆気なく終わったな。


  --ブオンッ


 剣をレムの胴体めがけて叩き込んだ。


 ......。


 ...叩き込んだ、はずだ。



「馬鹿なっ...」



 あの体勢から避けきっただと!?


 振り抜いた剣からはなんの衝撃も伝わってこない。そして、目の前の事実が現実だと突きつけてくる。紙一重では避けきれないほど深く切り込んだはずなのに、レムの体はその切っ先の外側へと移動していた。


 いったいどうやって避けきったんだ。


 確かに俺の盾は相手の剣を弾き飛ばした、なら、俺が剣を振り抜くまでの一瞬であそこまで下がったのか。そんな事ありえねえだろ。

 盾で弾いたから体勢は崩れていたはずだ、回避なんてする余裕なんて絶対ないぞ。 

 

  --どうなってやがる


 盾で視線が途切れる一瞬以外は目で動きを追ってたはずだ、なのに動きが見えなかった。


  --ハッ


 くそっ、空振ったせいでこっちが隙だらけになってるじゃねえか。はやく体勢を戻さねえとまずい。

 考えすぎて次への対応が遅れてしまった、追撃される前にこっちから動くぞ。


  --ブンッ

     --ザッ


 慌てて剣で牽制すると、距離を取るために後ろへ向かって大きく飛び退く。しかし追撃してくる気配は感じられず、レムは最初に構えた自然体のままで立っていた。


  --マジかよ...


 追撃を予想して動ていたのに、完全に読みがはずれちまった。これじゃあ次の攻撃に続けられず、同じ攻め方をしても末路は変わらん。

 こりゃ手加減なんてしてらんねえぞ。



「っふぅ...」



 息を吐きだして睨みつけるが、くそっ、隙が全く見当たらねぇ...。どう攻めようか考えても、あんな動きをされたら避けられる未来しか予想出来ん。


 どうやらさっきのは『まぐれ』じゃねえな。



「ははっ...」



 冒険者が『まぐれ』とか言い出しちまったら終わりだな。俺が力を読み間違えたんだ。目の前のあいつは強い、そう言う事だ。


 動かねえか。


 下手に攻められねえから動き出すのを待ってたんだが、レムは構えたまま微動だにしない。

 そりゃ当たり前だよな。俺が『耐えればいい』って言ったんだ、このまま睨み合うとあいつの勝ちだ。


 あーったく、これじゃあどっちが試験官かわかんねぇじゃねえか。


 兎に角、一旦気持ちを落ち着けろ。


 いくら強い相手でも、ギルドの試験官がそう簡単に負けてやるわけにはいかないんだ。


 しかし久しぶりの緊張感で、無意識に口角がつり上がってしまうのを感じる。



「ふふ...」



 待ってくれるなら好都合じゃねえか。こっちはいくらでも攻撃に集中することが出来る。

 呼吸を浅くし集中力を徐々に高めていく。


  --よし


「次は外さんぞ」




 

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