第5話 妾は異常ではない、普通なのだ!




 

 ◇ ◆ レムリア視点 ◆ ◇




「次は外さんぞ!」


   --ガッ


 急にグラディスがそう叫ぶと勢い良く飛びかかってきた。



「む...?」



 なぜ急に熱くなりだしたのだ?


  --ブォン


 取り敢えず『外さん』とか言って放ってきた攻撃は避けてしまったが。


  --ええと


 先程とは違って急に攻撃的に...。


  --ブンッ


 よっ。


   --ブンッ


 ほいっと。


 あー。攻撃的になったのだが。


 もしかして最初の攻撃を避けられたのが悔しかったのだろうか。

 先程のにらみ合いとはうって変わって、休む間もなく盾と剣の連撃が繰り出されてくる。


 しかし、試験というから身構えておったが、相手はそれほど強くないぞ。これは、このまま倒してしまってもいいのだろうか。

 でも試験だと言っておったしな。実力を見せる間もなく倒してしまうと、今度は一瞬すぎて良くわからなかったとかで問題になってしまいそうなのだ。


 かといえ試験で手加減をするのも何か違う気がするし。そうだ、暫く回避技術を見てもらってから、次に攻撃を見てもらってそれから倒せば完璧なのだ。

 よし、その方法でいくぞ。


  --ブンッ  


 っと。


   --ブォンッ


 っとと。



 連続して繰り出される斬撃を、目で追いながら紙一重で避けていく。こうやってギリギリで避けていれば、きっと妾の見切りが完璧だとわかるはずなのだ。

 しかしそうやって避けていると、時折攻撃にフェイントも混ぜ込まれるようになって、次第には足を踏みつけようと狙ってくるようにもなってきた。  


 そんな攻撃が妾が当たるはずもないのだが、やられ続けると言うのは思っていたよりもずっと鬱陶しいのだ。


  --そろそろ良いか?


   --良いよな?



 さてと、回避技術を見せつけた後は、いよいよ妾の攻撃ターンなのだっ。やっと攻撃ができるのだっ!


 確か背中を斬ればいいはずなのだ。試験前にそんな事を言っていたような気がするぞ。


  --それなら


 グラディスの攻撃を避けながら、少しずつ後ろへ下がっていく。

 ところどころ避けそこないそうな危うい感じで、相手の油断を誘うように。


  --1発


    --2発


   --3発


 目の前を掠めていく斬撃を数えながら、ギリギリの部分を見極めていく。


 そして4発目で攻撃を見極めると、わざと攻撃が掠めたようにみせかける。

 完全に剣があたった状態で、しかし振り抜かれる速度と同じ速さで体をねじる。うまく蹌踉めいたようにみせかけると、グラディスは剣を深く溜めるように構えてきた。


 次の一撃で終わらせてくるようだ。


  --よしっ


 狙い通りなのだっ!


 頭上から振り下ろされた一撃を避けてから、強く踏み込みグラディスの脇を通り過ぎると、そのまま背中を斬りつける。


  --スパァン!

「うぐっ......」



 思ったよりも大きな音が訓練場に響き渡り、振り返ってみてみるとグラディスが着ている皮鎧の背中の部分が裂けてしまっていた。


  --や、やりすぎちゃったのだっ


 試験用の刃の潰してある武器で、まさか斬れるとは思ってなかったぞ。

 だがしかし、音にびっくりしてしまっていたが、どうやら鎧が壊れただけで怪我はないようだな。グラディスも膝をついて肩で息をしているだけで、意識もちゃんとあるようなのだ。


 よし、無事なら試験は続けられるな。やっと今から妾の攻撃が始まるというのに、中断なんて嫌なのだ。

 以前にドラゴンテイルズで前衛の人がやっていた、斬り上げて空中で10連撃してから地面に叩きつけるヤツを1回やってみたかったしな。


 暫く待っていると、グラディスが立ち上がりゆっくりと此方に振り返る。すぐにそこに飛び込もうと思ったが、何故か相手に戦意が感じられずに足を止めてしまった。


 んー、どうしたのだ?

 妾はまだ続けられるのだが、もう続きはやらんのだろうか?


   --うず


  --うず


「......ん?」



 しかし待っていても続きは始まらず、何故かグラディスと扉の所で見ていたリィナまで、どうしてか引き攣った顔を此方の方へ向けて黙っている。な、何でそんな視線で妾を見るのだっ!?



「まさか、1発も当てられんまま背中を取られるとはな...」


「背中? あっ...」



 そう言えば試験前に『背後から攻撃を受けたら試験は終わり』とか言っておったが、妾が試験官の背中を攻撃しても終了だったのか。

 てっきり妾が背中に攻撃を受けるまでやるものだと思っていたぞ。



「おいおい、なんだよ『あっ』ってのは」


「いっ、いや、なんでもないのだ」



 ......。


 ちょっと忘れてただけなのだ、だからそんなに睨まなくても良いのではないか?



「はぁ、まぁいい。何ていうか...驚いた、どうやって身につけたんだ?あんな技術(スキル)」


「む? ただ普通に攻撃を避けて背中を叩いただけなのだが?」


「おいおい、どんな普通だよそりゃあ」


「むぅ...」



 普通だと思うのだが、もしかして妾はやりすぎたのか。グラディスの様子を見るからに冗談ではなさそうだしな。この世界の人間はもしかして弱いのか?


 むぅ、それだと戦闘をすれば目立ってしまうではないか。詮索されるのは面倒そうだし出来れば目立ちたくないのだが、どうにか誤魔化せたりはせんものか...。



「......」


「......ったく、世の中は広いな。

 まさかこんな女の子に負けちまうとは、これでも二つ名持ちのAランク冒険者だったんだが」


「いっ、いや、なかなかに良い勝負だったと思うぞっ」


「あー...。詮索されないようにしようとしてんのは何となく分かったから、その謙遜はやめろ、傷つく」


「うっ」



 誤魔化すのはダメだったのだ...。



「まぁ、面倒が嫌なら詳しくは聞かんさ。冒険者に隠し事は良くあるしな。

 だが困ったな...。こんなのをDランクにすると問題になっちまうぞ」


「こ、こんなのではなくレムリアだぞ」


「あー。わかったわかった」



 むぅ、人をこれ扱いした上に抗議を軽く流された。それにDランクにするのが問題だというのはどういう事だ。言われた通りの勝ち方をしたのだから、試験合格で終わりだろう。

 もしや、言われたとおりの勝ち方は出来たが、前衛としての見込みが無いとかの話だろうか。それなら確かに妾の本職は魔導師だからな、見込みが無くてもおかしくないのだ。




「妾はDランクになれんのか?」


  --うぅ...


 

 内心、試験に受かってくれと祈りながら恐る恐る聞いてみる。もし試験に落とされてFランクになってしまったら、何年も小間使いをすることになってしまうぞ。

 そんな事、考えるだけで憂鬱な気分になってくる...。



「あぁ、いや、そうじゃなくてな。

 レムみたいな強さのヤツをDランクには置いとけねぇって話だ」


「ん? どういう事なのだ?」


「いや、だってよ。Dランクになったら狩り場やら依頼(クエスト)やらを一人でどんどん進めて行くだろ?」


「うむ、確かにそのつもりだが」



 稼ぐためにギルドへ来たのだからな。魔物の依頼さえ受けられれば、後は御金をがっぽがっぽするだけなのだ。いったい何が問題なのだ?



「普通、ギルドの依頼(クエスト)は複数人で組んで仕事するように出来てんだわ。

 勿論、依頼料も組むであろう予測人数で割って、1つ下のランクよりも少し儲かる程度に調整してある」


「そうなのか?」


「ああ...。

 だからな、5人で受ける依頼(クエスト)を嬢ちゃんなら一人で受けれてしまう

 そうなると、残り4人分の仕事が無くなってしまうわけだ」


「あ......」



 つまり、稼げない冒険者が出てくる......そう言う事か。



「気づいたか...。

 仕事がなくなれば冒険者は別の街に拠点を移す。

 だから組合職員はある程度の冒険者が確保できるように仕事を出してるんだ」


「...うむ」


「特に戦力を持ったDランク以上の冒険者が居なくなるのは困るからな。

 一人が稼ぎすぎて依頼がなくならないように、強すぎるやつはとっととランクを上げて難易度の高い依頼に行ってもらってる」



 ...ん?



「なら、妾のランクを上げれば良いのではないか?」


「確かにランクを上げれば沢山依頼をこなす事は出来なくなるが、俺だけの権限で上げれるのはCランクまでなんだ」


「なっ、ならCランクで良いのではないか?」


「はぁ......」



 なっ、なんでそんなに深い溜息を漏らす。

 やっ、やめろっ、そんな残念そうな目で妾を見るなっ!



「Cに上げた所でお前の実力だったら、今度はCランクの依頼を一人で大量にやっちまうだろ」


「ぬぅ。確かにそうだが...」


「それにな、Cランク以上の依頼は護衛なんかのパーティ組んでやる依頼が多いんだよ。

 Sランクまで行ければ完全にソロの依頼ばっかりなんだが、そもそもSランクなんて化物じゃねぇとなれねえしな」


「むぅ、それならどうすれば良いのだ?」


「それを俺も悩んでんだよ...

 そもそもレムが自重して、最低限の稼ぎに抑えてくれれば問題ないんだが?」


「うむ、それはちょっと困るのだ」



 美味しいものをいっぱい食べたり、欲しいものをたくさん買ったり、家とか宝物庫とか欲しいからな。



「それなら、やっぱり対策を取らねぇとだめだな」


「そ、そうか...」


「レムは冒険者になるのも初めてなんだろ?」


「うむ」



 確かに、この世界では街中しかまだ冒険しとらんしな。



「だったら冒険者の礼儀やら、暗黙の了解やら、客への対応。

 他にも護衛任務とか緊急依頼、そういった経験をつまなきゃならねえ」


「そ、そんなに沢山覚える事があるのか?」



 『ドラゴンテイルズ』では護衛や緊急依頼なんてものはなかったし、客への対応なんてものもなかったから、うまく出来る自信が無いのだが。



「普通は少しずつランクを上げながら、他の冒険者と繋がりを築いて覚えて行くんもんなんだが。

 ソロだと教えてくれるヤツが居ないし、そんな状態だといくら強くてもランクを上げる事ができん」


「ぬぅ...」



 完全に想定外なのだ、Dランクになれば魔物を倒してお金を稼げると思っておったし。依頼をしてればポイントが貯まれば勝手にランクが上がっていくと思っとったぞ。


 『ドラゴンテイルズ』の横殴り禁止やら、魔物(モンスター)のトレインはマナー違反だとか、そう言った知識なら豊富なのだが。おそらくこの世界では役立にたたんのだろうな。



「それならいったい、妾にどうしろと言うのだ?」


 


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