冬の夜話・アルバイト帰りに見た夢

 考えてみれば、夢とは不思議なものである。 

 いくら人間に想像力が備わっているとはいえ、まったく体験しえないような世界にすら夢の中では行ってしまうことができる。

 同名のテレビゲームを原作とするゾンビ・アクションの名作にも似た世界を追体験することもできるし(私がこの夢を見たときは、ゾンビに頭から食べられて目を覚ますことになった)、未知の寄生虫に取り憑かれた友人たちから逃げ回る夢を見ることだってある(夢の中とは思えないほどに息切れの実感がある)。


 こうした夢は、人の脳がその日に得た情報を体が眠っているときの短時間に整理しようとすることで発生するものであり、たとえ荒唐無稽なものであっても、それは起きている間に得た情報を繋ぎ合わせてストーリー化したものというのが一般的な定説である。

 夢。

 目を覚ましたあと、恐怖のあまり辺りの物音に反応せずにいられなかったような夢も見たし、安堵のあまり涙を零したこともあった。


 これは、そんな夢と、ある夜の話。


 * * * * * * *


 学生時代、私は自宅から程近い場所にあるコンビニでアルバイトをしていた。

 そして、ある事情でどうにか体重を落としたかった私は、荷物を抱えて自宅まで歩いていた。

 大学へ通う通学電車でいつも着けている、お気に入りの曲をたくさん詰めた音楽プレイヤーを携えて、その日にあったことを反芻して創作のネタなどを考えながら(この当時はまだWebサイトでの掲載はしていなかったが、小説そのものは個人的に書いていたのである)。


 聴いている曲中の物語がクライマックスを迎え、聴いている私の気分も最高潮を迎えたときのこと。

 青白い夜空の下、月明かりに照らされて作られた影絵ばかりの畦道を、弾んだ気分で見下ろした時、ふと思い出したのだ。


  = = = = = = = = = =


 それは、その1,2年前。

 私がその音楽プレイヤーを使い始めたくらいの頃に見た夢。


 その中で『私』は、大学からの帰り道を、イヤホンを両耳に意気揚々と歩いていた。気に入った曲が常に流れているという状態が新鮮だった私は、下手なハミングをしながらスキップでもしそうな足取りだった。

 そんな気分だからだろうか、『私』はいつも歩いている人通りの多い道から少し外れて、大学の周辺を探索してみようと思ったのである。

 軽い気持ちで、見覚えのない坂を上がっていく。

 住宅の明かりが漏れて、その中にある物語を感じさせる……としみじみと歩いているうちに、『私』は人通りもなく、まるで絵画のように固定された夜の田園地帯にたどり着いた。


(へぇ、こんな道もあったんだ! 大学、面白おもしれぇ)


 ……知らない道があるから大学が面白い、とはさすがに当時の私も思うまい。そんな支離滅裂な思考をしながら、また更に歩いていたときだった。

 ふと、見下ろした月明かりに照らされた田んぼに、人影ができていた。


 1つはどうしようもないほどに見慣れた、通学カバンをぶら下げている小太りの青年の影。つまり『私』だ。

 もう1つは『私』の少し後ろにいる、妙に頼りない足取りの、細めの影。

 それを見た瞬間、『私』の酔いは醒めた。浮かれている場合ではないのではないか? 早まる足取り、それに応じて速度を上げる後ろの影。早まる鼓動、もつれる足、いつの間にか外れていたイヤホン、聞こえてくる足音、一定の歩調で迫る何か。

 耐え切れずに振り返った『私』の眼前には。


 包丁を手にして、土気色の顔にニタニタと下卑た笑みを張り付かせた、病的なまでに細い中年男性の姿があった。


  = = = = = = = = = =


 その夢を、思い出した理由。

 見下ろした冬の田園は、夢に見たその田園と瓜二つで。

 私の後ろにいる影は、一定の歩調で私に近づいていて。


「………………っ!!」


 振り返ることすらできずに、私はとにかく走った。一目散に、必死に。


 自宅に着いてから、土産として買っていたコンビニスイーツを1つ落としてきたことに気付いたが取りに戻る気にはなれず、怒り心頭に発した父に陳謝したのは、苦い思い出だ……。


 * * * * * * *


「いま思うと、わりと失礼だったよなぁ、あれ……」

 あの日私の後ろを歩いていた人物からすれば、急に自分を意識したらしき前の人物が早足で遠ざかっていったのだ。

 まぁ、いい気はするまい。


「気を付けよ……」


 そう言いながら通りかかった、あの日の田園。

 季節は夏、涼しい我が家へ向かって脇目も振らずにペダルを回す私は、未だにその道を通るとき……通ることがわかっているときは音楽プレイヤーを着けられないでいる。

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