季節不明・母からの伝聞
さて、この話では母から聞いた話を語ろうと思う。
母というのは、もちろん生物学上の母である。この『memorandum』でも、第1話で私の体験の陰で恐ろしいことを言ってのけた母である。
その発言以外にも、母は家族でしている小旅行の際などに幾度となく私たちの背筋を凍らせることを言っている。
『今、後ろから家族連れ来てたっぽかったから挨拶しようと思ったんだけど、誰もいないね(登山中の出来事である)』
『びっくりした~、何か変な声聞こえたけど、奈喩多だったの?(このとき私は無言で作品に使うメモを書いていた)』
『あれ、今子どもがふざけてる声したよね? ん~、いなくない?(周りには誰もいない樹海にて。この声は私も聴いていた)』
などなど、何ということのないような口調によって却って恐怖を煽るのが母の語り方なのだが、そんな母が如何にも怖い体験だというように語り、尚且つ私も鳥肌が立ってしまった体験(母曰く)を、これから語ろうと思う。
* * * * * * *
当時、私はまだ大学生であり、弟も既に働いていたため、その時間自宅には母以外誰もいなかった。そしてその日は昼過ぎからの仕事も休みだったため、居間で横になっていたのだという。
この母、当時は昼近い時間から寝始めて何も用事がなければ夕方までそのまま眠っているという昼夜逆転のいい例のような生活をしていたのだが、その日はさほど眠らないうちに目が覚めたのだという。
そのときにまず感じたのは、全身が固まった感覚。
いわゆる金縛りである。
金縛り。これは睡眠障害の一種であり、「睡眠麻痺」という呼称もあるものである。疲れやストレスによって起こりうるものであり、いわゆるレム睡眠中に、体が眠ったままにも関わらず脳が覚醒してしまったことによって起こる現象である。
それについては私たち家族も知っていたし、母自身何度も金縛りになった経験があったため、「あぁ、またか」程度に思っていたのだという。
だから、動けるようになったらあれをしよう、これをしよう、と考えを巡らせていたらしい。
しかし。
周りを見回しても何の変哲もないいつもの居間。
そこで、母は気付いてしまった。
横になっている真上のテーブルの上で、音がする。
そういえばいつからかしなくなっているが、当時の母は自宅では髪を整える手間を嫌って大きめのヘアピンを着けていた。昼寝の際は腕に当たって痛いという理由でそれを外していたそうなのだが。
『何かさ、ヘアピンがこう、カァーって音立てて回ってたんだよね。すっごい怖かった』
『うわぁ……、そうだよね』
そんなことを、実際にヘアピンを同じテーブルの上でスライドさせながら言われてしまった私にはもはや、そう返す以外の選択肢など残されてはいなかった。
* * * * * * *
「なるほど……」
金縛りのことについて書くにあたって色々なWebサイトを当たって情報を集めながら、私は呟く。
結局のところ、金縛りというのは睡眠障害の1つであり、その状態で感じる恐怖という心理に対する辻褄合わせで幻覚や幻聴を体験するという事例は少なくないらしい。
「もしかしたら母さんのもそういうことだったのかしら……」
そうは言いつつも、つい思ってしまう。
母は金縛りには慣れていて、「またか」と思う程度であったという。
そして、動けるようになったら、ということを思う余裕もあったらしい。
そんな状態で、情報を得る過程で見たような状態に陥るだろうか……、と。
そして、私も思い出してしまった。
今この瞬間も執筆用のPCを動かしているその居間で夜中起きていたとき、襖の向こうから大きな音がして、恐る恐る覗き込んだ廊下が無人だったことを。
「…………」
少し身震いしたのは、きっと冷房のせいだ、と自分に言い聞かせることにする。
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