夏の訪れ・仕事場にて

「ここって、子どもの幽霊が出るとか言いますよね~」


「へぇ~、ここもそんな噂あるんですか!?」

「あれ、遊月さん知りませんでした?」

 それは、つい最近のこと。今年の夏前……遅い梅雨明けを待つ時期の、その前後数日の中ではかなり緩慢とも言えた作業の中での会話だった。

 何の拍子だったかについては、つい数週間前のこととは信じがたいほどに思い出せないが、作業中にふとそんな話になったのである。


「……あ。でも、そっか」

 ただ、その噂話を聴いて合点が行ったこともあったため、思わず呟いていた(独り言は私が幼い頃から続く癖である。直す気は、今のところない)。


 それは、私が現在の職場で働き始めた冬の終わり頃。

 前の職場を辞めた経緯や、そもそも人見知りが強く他人と接するのが得意ではない生来の性格もあって、私は職務上必要な会話こそしていたものの、あまり職場には馴染めずにいた。

 その後、年代が近い同僚がいたこともあって少しずつ職場に馴染み、今では毎日をそれなりに楽しく過ごすことができている。

 これは、そんな愛すべき職場での話だ。


 * * * * * *


「ふっ……ふわぁ、……ふ」

 前の職場を辞めてからしばらく自堕落な生活を送っていたこともあってすっかり早起きに対応できなくなった体をどうにか動かしながら、私はその日も朝の仕事に励んでいた。

 その時間帯にするのは、どちらかというともう少ししてから始まる本作業の準備というか、それを円滑に進めるための手配というべきものなのだが、それも何だかんだ言って手間がかかる。

 つまり、面倒くさい。

 正直な話、ようやく社会人の立場から自由になったところを経済的な理由でまた働き始めた……という程度だった当時の私にとって、朝早くからの仕事というのは数週間前までの鬱々とした気持ちを思い出させるものでしかなかった。


 尚、この数日後にはそんな仕事に楽しみを見出すことになるのだが、それはまた別の話である。


 ということで、職場で流れるラジオ音声に耳を傾けながら、眠気と格闘していたときのことである。


 きゃー!


 そんな声が、聞こえたのである。

 悲鳴というよりは、はしゃいだ声。

 そのとき私が咄嗟に思ったのは、「何だろう、小さい子がふざけてるぞ」というものだった。もちろんこれは、頭が完全に起きていなかったこともある。だが、まず芽生えたのはそういう感想だった。

 といっても、考えてみれば職場に子どもが紛れ込む要素などない(と言いたいが、先日猫が迷い込んできたので強くは否定できない……)はずなので、「きっとラジオの音声でも混じったのだろう」ということで片付けたのだが……(そのとき、ラジオでは渋めの声をしたDJが流行りの音楽を紹介していた)。


 * * * * * *


「ちょっと、遊月さん。そういう独り言はやめてくださいよ、怖いから!」

「え、あぁすみません……。そういえば子どもの声聞いたことあるなって」

「そういうことは言うのもやめてください!」

 ……やれやれ、どうすればいいのやら、と謝りながらも思わず笑ってしまう私を見てむくれる先輩の姿は、やれやれ異性だったらどれだけよかっただろうと思う程度には可愛らしいものだった。

 眼福である。

 素晴らしいものを見せてもらった。そのお礼ではないが、多少暇でそのまま話が終わってしまってもつまらなかったので、少し話題を広げる目的で率直な感想を述べてみることにした。


「今の可愛いっすねwww」

「遊月さんが言うとガチっぽいからやめてください」

「へーい」


 その後、他愛ない会話を続けつつ、私が職場から上がる時間になった。

「お先に失礼します!」

「お疲れ様です……、いいなぁ俺も帰りたい」

「あと1時間頑張ってくださいねw」

「笑ってるし」


 そんな会話をして、ふと気付いたことがあったので「あっ」と声を上げ、ある動作をした。


「………………っ!!」

 ポカポカと叩かれてしまった。

「いや、すみませんすみません、今のはネタです、ネタですよwww」

「ほんっとやめてください、そういうの! 怖いから!」

「すみませんww」


 どうやら彼は、怖い話を振ってくる割には怖い話を聞くのは苦手だったらしい。その気持ちはかなりわかるので、そういう彼には言わないでおこうと思う。


 作業していた階。

 入口から見て奥にある物陰から5~7歳くらいの男児がじっとこちらを覗いていて、手を振ったら嬉しそうに笑ってくれたことについては。

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