#04-20「きみのしてきたことのすべて」

「ぎょええええ」

「いやああああ」

 僕たちは重力を受けて落下をはじめた。ふたりの身体は帝都の夜空を切り裂いていく。

「どうしてこうなるの、梅田、なんとかしてっ!」

「僕だって知らねえよ、どうすりゃいいんだこれ!」

 僕たちは手を繋ぎながら、きりもみ状態で墜落していく。見上げると、帝都の上空には満天の星空がきらめいていた。そして眼下には、宝石を散りばめたみたいな夜景が輝いている。

 空に浮かぶ黒い物体が見える。さっきまで僕たちがいた、コーベ・マフィアの飛空船だ。その周りをぐるぐると引っ掻くように、赤い光跡が渦を巻いている。いくつものヒョーゴ警察の航空艇が、飛空船を制圧しようと接近しているのだ。

 帝都の街灯りには、確かな熱を持った光がいくつも揺らめいていた。「西宮カレン解放」を訴える、帝都市民たちだ。

 なあ、カレン。

 この声はきみに届いているかい?

 チョコレートを配った帝都の男子も、春日野みちるや彼女のファンも、神崎依奈も苑生もこも。そして、たったひとりのきみの妹——西宮アリスも、きみのためにこうして声をあげているんだ。「天使なんかにはなれない」と言ったきみへの、帝都からのメッセージだ。

「カレン、これがきみのしてきたことのすべてだ。見ろよ、コーベの街はこんなにも……光り輝いているじゃないか」

 なあ、カレン。

 この光はきみに見えているかい?

 僕の言葉を聞いて、眼下の景色を見て、カレンははっと目を見開いた。彼女のその瞳は、街灯りと星々の輝きを受けて宝石のようにきらめく。

「……梅田」

 カレンがつぶやいた。ごうごうと風を切る音のなかで、彼女は叫ぶ。

「なにのんきなこと言ってるの、わたしたちこのままじゃ、帝都に墜落して死んじゃう!」

「……そうだった!」

 そのあいだにも、ふたりの身体は帝都に迫っていた。西宮カレン怪盗団一世一代のピンチに、僕は頭をフル回転させる。そして、とある方法を思いつく。それは僕のポケットのなかにあった。僕はそれをカレンに渡す。しかし、僕の手渡したものを見て、カレンは大きく首を振った。

「これは《魔糖菓子マナドルチェ》じゃないの」

「わかってるよ」

「ただのチョコレートじゃあ、魔法は使えないのっ」

「やってみなきゃわかんないだろ!」

 わけのわからないことを言う僕を、カレンは恨めしそうににらみつけた。しかし、意を決したようにチョコレートを口に放り込む。

「……っ!」

 カレンは驚愕に震えた。

「うわあああ、めっちゃ甘いの! でろんでろんに溶けてるし! おいしくないのっ!」

「それ、僕の、手づくり!」

「……」

 僕の言葉を聞いたカレンは、しばらく無言でもぐもぐ口を動かしながら僕を見つめた。言葉の意味を理解すると、だんだんと彼女の顔が赤くなっていく。

「……」

 彼女のもぐもぐが止まった。ぽふん、と蒸気でも出るかのように、顔が真っ赤に染まる。

「……え、」

 あたりにふわふわと光が漂い、カレンの身体がオレンジ色に輝いた。僕たちを包む光がカレンの背中に集まり、それはきらきら光り輝く羽根になった。豊かな金髪がきらめく。カレンの羽根が大きくはばたき、僕たちは手を繋いだまま、星空のように輝く帝都の夜空に舞い踊った。

「わ、わ、わっ」

 落ちそうになる僕をカレンが抱きとめる。真っ赤な顔にたまらなく恥ずかしそうな表情を浮かべながら、彼女はこう叫んだ。

「梅田のばかっ!」

 なにがなんだか正直さっぱりわからないし、カレンに罵られた理由もよく理解できなかったけれど、僕たちが手を繋いで夜空を飛んでいるということだけはわかる。見上げればちいさな星たちが夜空を埋め尽くしているし、見下ろせば熱を持った街灯りがゆらゆらと揺らめいている。遠く地平線には山々の稜線がかすむ。その向こうでは、燃え尽きた夕陽の残滓が夜空の藍色に溶けこんで、生まれたての宇宙みたいな色に染まっている。

 そして、きらめく羽根を生やしたカレンの真っ赤な顔には、きらきらと宝石のような光をたたえた瞳が輝いている。

 僕は思った。

 天使みたいだ。

「……なんだよ、その格好」

「うるさいの! いいでしょ、べつに」

「もしかして天使?」

「ううう〜〜、うん……たぶん、そんな感じ」

「天使なんかに『変身』できたのかよ」

「つ、強い魔法力があれば……」

 カレンは《魔糖菓子マナドルチェ》を食べていないはずだ。それでこれだけの魔法力を得られているということは、つまり……。

「ああ、華式綿花糖か」

 合点がいってうなずく僕に、カレンははにかんだように答える。

「ちがうの。わたし、綿飴食べてない」

「え? じゃあ——」

「梅田の手づくりチョコレート」

 僕は開いた口が塞がらなかった。カレンは赤ら顔を背けながら、ちら、ちらとときおり僕を横目に見た。カレンのそんなようすを見て、思わず吹き出してしまう。

「……はははっ」

「なに笑ってるのっ」

「だって……なんだか、おかしくて」

「んもう、ばか梅田〜〜っ。……ふふっ」

 僕のこぼした笑い声に、カレンも笑顔を浮かべる。

 ははは。あははは。ふわふわ夜空を羽ばたきながら、僕たちはただ笑いあった。

 西宮カレンの《オーバースペル》。

 それはまるで夢のようで、まぎれもない奇蹟のようで、彼女の紡ぐ魔法のような、とても綺麗な光景だった。

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