#04-05「いつもより多く回っております」
ジェットコースターは迫力満点で、僕は非常に大満足であった。
「ほおおあああ、楽しかったであります!」
「だな」
花熊の気にも召したようだ。彼女はキャラのイメージどおり絶叫系が好きらしい。
「こんどはコースターと追いかけっこであります!」
「いや、轢かれるからやめとけ」
「もし轢かれそうになったら投げ飛ばしてやります!」
「それならだいじょうぶ……え、追いかけっこじゃないの? それなんの遊び?」
三十重がふう、と深呼吸をしながら「気分爽快なのだ」と言った。彼女もコースターを気に入ったらしい。
もこはというと、いつもどおりの涼しい無表情で新しい綿飴をほおばっている。飲食しながらの搭乗は厳禁ということで、乗り込む直前に綿飴をぜんぶ食べきっていた。みごとな食べっぷりであった。あれで乗って気持ち悪くならないんだろうか。降りたあと、手持ち無沙汰な彼女に「次なに食べる?」と訊くと、やや間を置いて「……わたあめ」と言うのだ。いや考える必要ねえだろ。訊く必要もなかったけど。
さて、もうひとりのようすは、というと……。
「ううう……」
「だいじょうぶか、カレン」
「前後不覚なの……うえっぷ」
気持ち悪そうに道端の柵に寄りかかりながら、ひたすらえずいている。
「酔ったのかい」
「うん……そうみたい」
「カレン殿はまた酔っ払いさんでありますな」いや意味がちがうけど……。
「そこで座って待ってろ。水かなんか買ってきてやる」
「すこし休憩にしよう。ぼくは軽食を探してくるのだ」
「カレン殿、花熊がゆっくりできるとこを見つけたでありますっ。もこ殿も行きましょう!」
「ん」
そうして、僕は水や飲み物を買いに、三十重は軽食を探しに、そして花熊はカレンともこを連れてゆっくり座れる場所を取りに向かった。
近くに自販機を見つけて、水やスポーツドリンク、そのほかそれぞれが好きそうなジュースなどを買う。もこはなにを好んで飲むのかはわからなかったけれど、オレンジジュースあたりが無難だろうか。
お金を入れて自販機のボタンを押して、出てきたボトルを取り出してボタンを押して、を繰り返しながら、僕はぼおっと考え事をした。
やっぱり僕たちが集まると、意図せずともこんなに騒がしくなってしまうんだな。
「マフィアの悪事を暴く、西宮カレン怪盗団の命運をかけた戦い」と銘打っておきながら、こうやってぎゃあぎゃあ騒ぎあってしまう。四人がいる時間を楽しんでしまう。これはもう、僕たちの宿命であるように思えた。
だからこそ、この「命運をかけた戦い」の向こうに、なにが僕たちを待っているんだろう、と思ってしまう。この事件が終焉を迎えたとして、その終焉がハッピーエンドである保証はどこにもない。どうしようもないすれ違いが待っているかもしれない。それはだれにもわからない。
三十重が言った「だいじな話」。
カレンの心のやわらかくもろい部分。
そして、カレンが抱えているはずの秘密。
僕たちがたどりつく先にある物語の結末は、いったい——。
軽食を買った三十重を途中で見かけて合流し、僕たちは花熊たちの許へ戻ろうとした。しかし、どれだけ探してもあたりのベンチに彼女たち三人の姿が見えない。
「どこ行ったのだ?」
「さあ」
すると園内に聞き覚えのあるお知らせ音が園内放送を通して響く。
『ピンポンパンポーン……迷子のお呼び出しを申し上げます』
「また迷子かい」
「ああ」
やけに多いな、と思った。子どもの多い遊園地とはいえ、こんな短時間に頻繁に迷子が発生するものなんだろうか?
放送の内容を聞いても、その尋ね人はもこと似ても似つかない特徴の女の子だった。もこの呼び出しではない。
「これはなにか、華式綿花糖の事件と関係があるんだろうか……」
「わからないね。もうすこし調査を続けるしかあるまい」
僕たちが訝しんでいると、近くから不気味な叫び声が聞こえてきた。
「——ああああああ——」
「……なんだい、あれは」
「さあ」
「——ああああ、おハナあああああ——ああああ——」
「……カレンじゃないか、いったいどこでなにをしてるんだい」
「さあ……」
僕は叫び声のするほうに目を凝らした。するとそこに、優雅なコーヒーカップがたくさんならんでいる場所を見つけた。コーヒーカップをかたむけながら熱い珈琲を飲んだのなら、たしかにゆっくりできるかもしれない。馬鹿な花熊でも考えつきそうなものだ。でも、あれはちがう。あれはそういうやつじゃない。
「ジーザス……」
僕は思わずひとりごちる。
ぐるぐる回るたくさんのコーヒーカップのなかに、ひときわ異常な挙動を見せるカップがあった。あろうことか、そのなかに乗っていたのは、げらげら笑いながらカップをぶん回す花熊と、無表情で風になぶられているもこと、マネキンみたいな顔色になって泣き叫ぶカレンの姿があった。
「——とめてええええええ」
「いつもより多く回っております!」
僕たちはあわててアトラクションに駆け寄って叫んだ。
「ちょ、花熊、ストップストップ!」
「カレンが! 死んでるのだ!」
しかし時はすでに遅し。ぐるぐる回るコーヒーカップアトラクションは、最高潮の盛り上がりを迎えていた。
「——限界」
そうして、ここではあまりお話できない結末をもって、コーヒーカップはそのお役目を終えた。カレンがその後どうなったかは、あえて言うまでもないだろう。ていうかよく生きてたなあいつ……。
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