#03-05「うわあああああ」

 残されたのは最後のふたつだ。その次にカレンが手に取ったものは、僕のつくったものではなかった。

「……これ、なんなの?」

 まじまじと眺めながらそうカレンがつぶやいたのも無理もない。彼女の手にしたものは、楕円につぶれた玉の形をした、真っ黒い色のなにかだ。ところどころ焦げ跡やら破裂の痕跡やらが残っていて、そこかしこからへんな色の湯気が立ち上っている。

「どぶ清掃したら出てきた瀕死の野生のスラ○ムかな?」

「ち、が、う、の、だ! 梅田、へんなことを言うのはやめたまえ!」

 三十重が顔を真っ赤にして叫ぶ。

「これ、おミソの?」

「ふん」

 三十重が不満そうに鼻を鳴らす。「悪いかい」

 僕は愕然とした。対決がはじまったときから、たしかに三十重はようすがおかしかったけれど……というか、料理中に爆発音とともに聞こえた悲鳴は明らかに彼女のものだったけれど、人間の手で作り出せるようなシロモノじゃないぞ。新生物だろこれ。

 カレンも開いた口が塞がらないようだ。

「悪くはないけれど……なんなの?」

「蓬莱饅頭なのだ」

「え?」

「カレン、きみは蓬莱饅頭が好きだろう」

 審査員長カレン様の大好物・蓬莱饅頭をつくったと見える。どこからどう見ても瀕死の野生のス○イムにしか見えないが、意外や意外、この不器用少女・三十重奏はあからさまに審査員長に媚を売ってきていた。

「審査員長の好物をつくるとは卑怯なり!」

「だめなんてルールはないのだっ。梅田、悔しかったらこれよりおいしい屋台料理をつくってみたまえ!」

「こんなものどこからどう見てもまずいに決まってるだろ!」

「なにをーっ、食べてみなければわからないだろうっ」

「ああいいよ喰ってやるさ、これで僕が腹を下したら高額慰謝料を請求するからな!」

「望むところなのだ!」

「ちょっと待って、審査はわたしだって言ってるのっ」

「わ〜い、花熊も食べるであります!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、僕たち西宮カレン怪盗団は全員、目の前の新生物を同時に口に頬張った。

 僕はぎゅっと目をつぶり、思い切り新生物を咀嚼する。ぎゅる、ぶりゅる、といままで体験したことのない食感が奥歯を包み、僕は思わずむせ込んだ。それでも意を決して一息に飲み込む。かたまりがぬるぬると喉を下る感覚がして、熱いとも冷たいとも言いようのない温度が胸を灼く。押し寄せる不快感に思わず目を開くと、視界が紅く染まった。ふしぎな紅い光が目の前で明滅して、ぐらぐらと世界が揺れたかと思うと、僕はなぜかとつぜん、だだっ広い灰色の荒野に、ひとり取り残されていた。

「……え?」

 あたりを見渡しても、カレンたちの姿は見えない。死んだ灰色の荒野だけが、見渡す限り一面に広がっている。見上げると、頭上の空も灰色をしていた。死んだ世界のなかに、僕はひとりぼっちだった。

「うそだろ……」

 僕は思わずひとりごちる。すると灰色だった空の一部が深い黒に変色し、大きな渦を巻きはじめた。その渦はどんどん大きくなって、竜巻みたいに下に伸びてきた。ぐるぐるの大きな竜巻の奥からは、金属を引っ掻くような不気味な音が響いている。その竜巻が枝分かれするようにいくつもの渦になって、その渦が僕のほうに伸びてきて、よく見てみると、それらは死んだ漆黒の手だった。

「うわあああああ」

 僕は思わず叫んで駆け出した。するととたんに灰色の地面がぐにゃりと歪み、どろどろに溶け出した。どれだけ地面を蹴っても、僕の両足は沼のような灰色に沈んで絡め取られ、前に進むことすらできない。冷や汗が頰を伝って足許の灰色に落ちた。その雫は灰色と混ざり合い、不気味なまだら模様になった。僕の意識はそのまだら模様に吸い込まれていくようだった。

「ああ……、あ……」

 後ろを振り返ると、真っ黒な手がびっしりと空を埋め尽くしていた。そこらじゅうで、ぎゅる、ぶりゅる、といやな音を立ててうごめいている。身動きの取れなくなった僕はついに、右脚を、左脚を、両腕を、そしてついに頭をその手に掴まれ、引っ張り上げられ、漆黒の渦のなかに引きずり込まれていった。

「や、やめてくれええええ」

 僕の叫び声と意識は、死んだ灰色と黒のまだら模様のなかに吸い込まれて消えた。

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