#03-06「せっかくつくったのに」

「はっ」

 気づくと、元いた怪盗団の拠点にいつのまにか倒れていた。あたりを見回すと、カレン、三十重、花熊もおなじように床に突っ伏し、ひくひくと頰を痙攣させている。僕が声をかけると、彼女たちはみなうつろな表情で現実に戻ってきた。

「あれは、なんだったの……?」

 カレンがぽつりとつぶやく。訊くと、彼女たちもまた、死んだ灰色の世界をさまよっていたらしい。痛む頭を撫でながら、僕はうめいた。

「集団幻覚だ……」

 三十重の生み出した新生物を食べた怪盗団が、みな地獄のような幻覚を見た。つくった本人もその悪夢を体験していたようで、僕がにらみつけるとばつが悪そうにうつむいた。

「あなたたち、なにをしているんですか。食事中にお昼寝なんて、行儀が悪いですよ」

 警部謹製のクッキーを食べ終わったらしい御影さんが、手を拭き拭きしながら言った。「すみません……」と僕たちはあわてて居住まいを正す。

 腹を下すだけではとどまらない、地獄の集団幻覚を引き起こした三十重の料理(というより黒魔術)は、もちろん怪盗団の総意により失格となった。

 ふと目をやると、なぜか夙川警部も気分が悪そうにうずくまっているのが見えた。どうしたんだろう、御影さんの料理の食べ過ぎだろうか……。

 そう思っていると、カレンが声高に言う。

「今回の勝者は、なんと大穴、花熊みなとちゃんでしたっ。おいしい屋台料理頂上決戦、第一回優勝者に拍手!」

「よしきたあああああ!」

 花熊が快哉を叫び、カレンは「それでは以上で……」と料理対決を締めくくろうとしている。僕はあわてて彼女を制止し、僕のつくったそれを手渡そうとした。

「ちょっと待てよカレン、僕の料理がまだだろ」

 差し出されたチョコバナナを見て、彼女は戸惑った表情をする。

「ごめん、でもほら、へんな夢みちゃって食欲わかないから……」

 そんなことを言うカレンに、僕は思わず詰め寄った。

「なんだよ、せっかくつくったのに食べてくれないのか? きみが審査員長だろ、ちゃんと公平に審査しろよ」

「で、でも……」

 歯切れの悪い反応をするカレン。僕はこのせっかくのチャンスをむだにしたくなかった。《魔糖菓子マナドルチェ》や市販のものではなく、僕のつくったチョコレートなら、カレンはちゃんと食べてくれるかもしれないと思ったからだ。ここで甘いものを克服してくれれば、彼女は無敵の《魔糖少女ドルチアリア》になれる……そう思っていた。

 それに。

 ——たいせつなひとのつくった、手づくりの媒菓、です。

 御影さんの放った言葉が、僕の頭にこびりついて離れないのだ。

 僕のつくったチョコを食べたら、彼女はどうなるんだろう?

「もう終わりましたの? わたくしは暇ではないので、そろそろおいとまいたしますわ」

 しかし、僕の健闘むなしく、復活した夙川警部の起きしなの一言によって、屋台料理頂上決戦は幕引きとなってしまった。

「そうなのっ、けーぶたち、きょうはどうもありがとなの」

「まあいいですわ、御影の料理が食べられただけでも満足ですわ」

「私も警部のクッキーをいただけて至極恐悦にございます」

「それならよそで勝手にやりたまえ」

「けっきょくふたりはなにしに来たでありますか?」

 僕たちは颯爽と去っていく警部たちを見送り、その流れで対決の後片付けをした。食材や調理器具を棚に戻しながら、僕は食器を洗うカレンを見つめる。でも、片付けのあいだじゅう、彼女は僕のほうを一瞥もしなかった。

 なんだよ。

 せっかくカレンのためにつくったのに。

 ちょっとくらい食べてくれてもいいじゃないか。

 僕はそう思いながら、自分でチョコバナナをかじった。湯せんで余ったチョコレートがあったので、小さく整形して袋詰めにした。今回は叶わなかったけれど、いつかぜったい喰わせてやる……僕はそう心に秘めて、手づくりチョコレートをポケットにしまった。

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