#03-03「……とあるもの、とは」

「……麻薬」

「はい。華式綿花糖は、私たち《魔糖少女ドルチアリア》にとっては一種の麻薬なんです」

 頭の理解が追いついていない僕に対して、御影さんは手を休めずに話を続ける。

「《ドルチアリア》にとって、と言ったのは、一般人に対してはなんの効力もないからです。華式綿花糖は《ドルチアリア》の持つ魔法力に重大な影響を及ぼすもの」

 僕も湯せんにかけたチョコレートを見守りながら、彼女の話に耳を傾ける。湯せんの鍋のなかで、チョコレートはどろどろと溶けはじめている。

「……影響ですか」

「重大な影響、です」

 御影さんが言う。「《オーバースペル》」

「……《オーバースペル》?」

「はい。《ドルチアリア》がひとりひとり固有の魔法を持つことは、もちろんご存知ですよね?」

 もちろん先刻ご承知だ。カレンなら万華鏡のように変幻自在に姿を変える変装の魔法《万華変装カレイドフォーム》、三十重はあらゆるものを文字通り開いた状態にする《森羅解鍵デシフェル》、花熊であれば馬鹿力の魔法《八極獅鷹オクタレオン》。御影さんはべつの場所で起こっている出来事を相手の五感に映す《現想幻実テレリアル》だ。大世界アイランドホールでマカロンを食べたカレンが、ステージで春日野みちるの魔法《香色御符チャーミングチャーム》を使えなかったように、《魔糖少女ドルチアリア》が使える魔法は決まっている。

「その魔法の効力以上のことは、いくら《ドルチアリア》でもできません。たとえば西宮カレンの《カレイドフォーム》は変装術の魔法ですが……彼女が人間以外のものに形を変えているところは、いままで見たことはありますか?」

「……」

 思い返してみれば、カレンが動物やらなにやらに姿を変えているところは、これまで見たことがなかった。ウエディングドレスの花嫁、饅頭屋の老店主、女マフィア、帝都の人気アイドル……それらはぜんぶ「別人への変装」だ。僕がコスプレとからかっているとおり、彼女の魔法はあくまで変装であり、「変身」ではない。みちるの事件のときみたいに、いくら「帝都に舞い降りた天使になる」と言ったところで、実際に天使に変身して空を飛び回ったりはできないのだ。

「じゃあ」

 僕は言葉を繋げる。「その華式綿花糖とやらを食べれば、本来の魔法以上の力を持った魔法を発現できるということですか」

 御影さんがうなずいた。

「そうです、それが《オーバースペル》。マフィアたちの密造している華式綿花糖というお菓子は、その《オーバースペル》を強制的に発生させる、一種の麻薬なんです」

 御影さんの説明で、だいたいの事情は飲み込めた。《ドルチアリア》たちの魔法力を増幅させる綿飴の麻薬を量産して、傘下の《ドルチアリア》に食べさせるつもりだろう。つくづくしょうもないことを考えつくやつらだ。

 チョコレートの湯せんが終わるころには、御影さんのおろした魚はでかい船にきれいに盛られて刺身の舟盛りになっていた。どうやら夙川警部はコーベ近海で獲れる魚の刺身が好物らしい。できたての舟盛りを警部のところへ持って行こうとする。屋台料理っつってんのにこんなもん真顔でつくる御影さんもつくづくかわったひとだが、まあ最初から審査員長のカレンに喰わせる気なんてなかったんだろう。

 チョコの湯せんもそろそろいい具合になってきたかな、と思ったところで、御影さんが僕にまた声をかけた。

「そうだ、梅田くん」

「なんですか?」

「そきほどの《オーバースペル》の話ですが」

 彼女は声を落として言う。

「華式綿花糖は、あくまで強制的に《オーバースペル》を起こさせるものです。本来であれば、それはとあるもので自然に発生させることができるんですが」

「……とあるもの、とは?」

 僕の問いかけに、彼女はこう答えた。

「たいせつなひとのつくった、手づくりの媒菓、です」

「……」

 僕の目の前では、湯せんの終わったチョコレートがバナナに塗られるのを待っている。言葉を失った僕は、去っていく御影さんの背中をただ見つめるしかなかった。

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