#03-02「おもしろくなりそうですね」
まずは食材選びからだ。
どこからくすねてきたのかはわからないが、拠点のキッチンにはたくさんの食材が並んでいた。野菜や果物、鶏肉や豚肉、鮭や海老などの魚介類など、料理をするには文句のつけようがない種類の食材が揃っている。それに加えて調味料なども豊富で、なかには《
花熊ははりきって食材をかき集め、ものすごいスピードと手際で調理をはじめていた。一方の三十重は、青ざめた顔でなんだかよくわからん見たこともない珍食材を手に取っては眺め、戻しては手に取り……を繰り返している。
夙川警部は製菓用調味料のコーナーからいくつかの材料を運んでいた。こちらは意外と慣れた手つきだ。
僕はどうしよう、と食材の前で悩む。屋台といえば焼きそばだ、とカレンの前では言ったものの、焼きそばってどうやってつくるんだったっけ。
……それに。
これは僕のつくったものをカレンに食べさせるチャンスだ。
ふいに訪れたこのまたとないチャンスを、僕はむだにしたくないと思っていた。いったいなんのチャンスか……それは、カレンに甘いものを克服させる、ということだ。
——甘いもの苦手をいいかげん克服したまえ、《ドルチアリア》なんだから!
春日野みちる救出作戦のときに三十重が言った言葉。あれは僕にとっても念願だった。甘いお菓子を魔法力の源とする《ドルチアリア》でありながら《
そこで、僕は謀略をめぐらす。
屋台料理として有名なものは、なにも焼きそばだけではない。カレンに《マナドルチェ》を食べさせる訓練になる、ぴったりのものがあるじゃないか。
「……よし」
食材の山からお目当てのものを探し出すと、僕はさっそく作業に取り掛かった。
「……おや、梅田くん」
下ごしらえをはじめた僕のとなりでは、ヒョーゴ警察の御影さんが調理をしていた。彼女は魔法の固有色とおなじ真紅のエプロンを身につけて、なんとも手際よく調理をしている。手許をのぞき込んでみると、どうやら魚をさばいているようだ。
「御影さんのはずいぶん手が込んでいるようですね」
「ええ。警部においしく召し上がっていただければ、私はそれでけっこうですので」
対決とは言いながらも、御影さんは警部のことしか眼中にないようだ。彼女は僕の手に持っているものを見てつぶやく。
「チョコバナナ、ですか?」
僕の持っているのは、右手にチョコ、左手にバナナ。彼女の読みどおり、まさしくチョコバナナだ。
「はい。カレンに喰わせようと思いまして」
僕がそう言うと、御影さんは「ふふ」と笑みを漏らした。
「……おもしろくなりそうですね」
そんなことをつぶやく御影さんを、僕は眉を寄せて見つめた。おもしろくなる? なにが?
「なんでもありません」
御影さんは調理に戻ってしまった。御影さんの言葉は気になるけれど、僕も対決に臨まなければならない。僕は鍋をコンロにかけ、湯せんの準備をする。
「そうだ、御影さん」
「なんでしょう」
「この前はありがとうございました。僕たちに協力してくれて」
春日野みちる救出作戦のときの話だ。偶然コンサートに居合わせた(というか仕事そっちのけで観に来ていた)夙川警部たちに、みちる救出の協力をしてもらったのだ。彼女たちの大活躍により、誘拐犯とコーベ・マフィアは一網打尽、無事にみちるもコンサートに復帰でき、大成功に終わったのだった。
御影さんはきれいに魚をおろしながら答えてくれる。
「協力したわけではありません。コーベ市民の安全を守るのがわれわれ警察の仕事ですから」
涼しい顔をしながら御影さんは言う。
「それに、関係していたマフィアをあぶり出せたのは、われわれにとっても大きな収穫でした。ここのところ、コーベ・マフィアの動向は目に余るものがありましたので」
「そうなんですね」
近年ここ帝都で勢力を伸ばすコーベ・マフィアを、ヒョーゴ警察も看過することはできないんだろう。
御影さんはひとつ声のトーンを落として言った。
「カシキメンカトウ、というものをご存知ですか?」
「かし、き……?」
彼女が口にした耳慣れない言葉を聞いて、僕は首をかしげる。
「
御影さん曰く、帝都にある遊園地で、近年コーベ・マフィアによる華式綿花糖の「密造」が行われているのだという。白く丸いふつうの綿飴とはちがって、青や赤、黄色のカラフルな綿を使い、大きな花のように見えるのが特徴らしい。
それがマフィアにとってなんになるのか、どうして密造になるのか訊くと、彼女は驚くべき言葉を口にする。
「麻薬です」
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