#02-13「まともな犯罪者はいないのかい」

 どこかに隠れているのかもしれない、と念には念を入れてトイレのすみずみまで捜したが、女子トイレにみちるの姿はなかった。カレンに便器のふたまで開けてもらったもののさすがにそこにいるわけないだろうし、もしいたとしたらさすがに引く。しかし、ちゃんと便器のなかにみちるはいなかった……いやいや、みちるがトイレにいないのは問題だ。ここはみちるとカレンの交代ポイントだったはずだ。

「梅田」

 カレンが僕を呼びつけた。彼女は手に持っていた紙片を渡す。書き置きかなにかのようだ。窓際に貼り付けてあったらしい。僕がカレンに近づくと、ふわりと風が頰をなでた。気づかなかったが、トイレの窓が開いている。

「これは……」

 メモを見た僕は愕然とする。カレンと目を合わせると、彼女もおなじように焦りの色を隠せない。

「……ちるちるは誘拐されたの」

 誘拐。

 春日野みちるはさらわれた。メモはその犯行声明だった。

「衣装強盗のしわざだ。ステージ衣装を盗むのに、やつらみちるさん本人を丸ごと盗みやがった」

 うかつだった。衣装強盗犯が計画を実行しようとしてくるのは、おそらくコンサート後だろうと勘繰っていた。「未使用」のものよりも「使用済」のほうが、市場では高値で売れるからだ。それなのに、出番直前で衣装を着ているアイドルを本人ごと盗むだなんて、予想外にもほどがある。

「三十重たちと合流しよう。それほど時間はたっていない、強盗犯たちはまだ近くにいるかもしれない。ふたりに犯人を捕縛してもらうしかない」

 合流してふたりに説明すると、三十重はしばし絶句した。

「……あきれた! 衣装を盗むのに本人丸ごと盗むやつがいるもんかっ。それならはじめから誘拐計画と言いたまえ!」

 彼女はぷりぷり怒る。「まったく、帝都にはまともな犯罪者はいないのかい!」僕たちは言える立場じゃないのでは……?

「まあいい。ぼくたちで誘拐犯を捕まえればいいんだな? だいじな春日野みちるのコンサートを邪魔したツケは払ってもらうのだ」

「花熊もみちる殿のためにがんばるでありますよ〜!」

「……それに、ちょうどいいのが来たのだ」

 ぽつりと三十重が言う。「ちょうどいいの?」と僕が首をかしげたとき、向こうから耳障りな笑い声が聞こえてきた。

「おーっほっほっほ!」

 それを聞いて、僕とカレンは顔を見合わせる。

「けーぶ?」

「まじか」

 ヒョーゴ警察の夙川警部が、通路の向こうから御影さんを従えて颯爽と歩いてくる。どうしてこんなところに?

「けーぶ、夙川けーぶ」

 三十重が呼び止めると、警部はゆるふわ巻き髪をふわりと揺らし、ででん!と立ちはだかった。

「そのとおり! 天姿国色てんしこくしょく佳人薄命かじんはくめい、帝都コーベに舞い降りたもうひとりの天使とはまさにわたくし、ヒョーゴ警察の夙川警部ですわわわわわ、うわ、に、西宮カレン怪盗団ッ!」

 僕たちを指差しながら警部が騒ぎ立てる。「どうしてここに!」

「こっちの台詞だよ」

「けーぶ、いまのどういう意味なの?」

「いいところに来たのだ。きみたちも手を貸したまえ」

「けーぶ殿もみちる殿のお手伝いでありますかっ?」

「わたくしはみちるちゃんLOVE勢として……げふん、帝都の平和を守るために巡回中でして」

「ホールの関係者ゾーンを? けーぶ、その手に持ってる光る棒はなんなの?」

UOウルトラオレンジですわ」

「色は訊いてねえよ」

「ヒョーゴ警察ですって言って権力をチラつかせたら入れてくださいましたわ」

「職権濫用じゃねえか!」あの受付のお兄さんたちしっかりしてくれよ!

「そんなことよりっ、西宮カレン、きょうこそお縄を頂戴なさい!」

 ところ構わず手錠を振り回そうとする警部に、僕は春日野みちる誘拐事件の顛末を説明する。はじめは話半分で聞いていた警部も、いま進行している状況の深刻さを理解し、誘拐犯たちの犯行声明を見せられたときから、その目に宿る光の色は僕たちとおなじになる。

「……わかりましたわ。われわれも動きましょう」

「ほんとにっ? けーぶ、ありがと」

「べつにあなたがたに協力するわけではありませんの。わたくしもみちるちゃんのコンサートを楽しみに——げふげふん、春日野みちるの身柄を迅速に保護するためですわ」

 警部が言う。「御影ッ」

「おそばに」

 御影さんが警部のそばにひざまずく。そして警部が声高に言い放った。

「春日野みちるを救出しますわよ!」

「御意」

 これで準備は整った。はやくみちるを誘拐犯の手から救い出し、ステージに立ってもらわなければ。

 そこへ、カレンが不安そうな声色で訊ねる。

「それまでステージはどうするの? もうコンサートはじまっちゃうの」

 その言葉に、カレン以外の全員が目の前のカレイドガールを見つめていた。戸惑う彼女に、僕はそっと彼女の《魔糖菓子マナドルチェ》を差し出す。

「カレン」

 僕は言った。「きみしかいないだろ」

 すべてを理解したカレンの顔は、さっきよりもさらに青ざめて見えた。

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