#02-05「みちるちゃんを助けに来たの」

 訝しげな表情を向ける春日野かすがのみちるに、僕たちはうやうやしく礼をした。女SP姿のカレンは、右手を胸に添えて右足を引き、左腕を真横にあげて頭を下げた。西洋の貴族のような、なかなか決まった所作だ。

 春日野みちるは控室の隅に置かれたソファに座っていた。彼女の目の前のテーブルには、小皿に色とりどりのお菓子が山のように盛られている。どうやらマカロンのようだ。あれが彼女のプロフィールにあった、魔術の呪文みたいな名前のマカロンだろうか。

「春日野みちるさん」

 僕が呼ぶと、みちるはぴくん、と肩を震わせた。

「……はい」

「まあまあ、そうかたくならずに」

 カレンが言う。「わたしたちはみちるちゃんを助けに来たの。これ、おみやげのコーベプリン」

「助けに……?」

 ずいっとプリンを差し出すカレンのその言葉に、みちるの瞳の光が揺らいだ気がした。彼女はそのまま目を伏せて、警戒の色のにじむ声色で言う。

「どういうことですか」

 それもそうだろう、見知らぬ人間がいきなり控室に来て「助けに来た」なんて言おうものなら、彼女のように訝しげな態度をむき出しにするのも無理はない。

 そこで僕たちは、みちるへ正直に打ち明ける。

「みちるさんの衣装が、悪いやつらに狙われているんです。七月七日のきょう、このコンサートホールで、あなたの衣装は盗まれる」

「……っ」

 みちるは息を飲んだ。僕たちの言うことを信じたのかどうかはわからないが、話を聞くつもりにはなったらしい。

「あ、あなたたちは……」

「わたしたちは、ちるちるの衣装を守るためにやってきたSPなの。事務所とはもう契約してあるから、きょうはちるちるの一日専属SPなの」

 「ちるちる」ってなにかと思ったらみちるのあだ名か。

「SP……」

「そう。この冴えない男は会場スタッフのしたっぱ」

 カレンが僕を指差して言った。したっぱとか余計な設定付け足すんじゃねえよ。

「そしてこのふたりが、今回協力してくれる《魔糖少女ドルチアリア》」

「《ドルチアリア》……?」

「三十重だ。ぼくが来たからにはもう安心したまえ。べ、べつにきみのために来たわけじゃないぞ、ただ……ただぼくが、きみのことを守りたかっただけだっ」かっこいいなその台詞! ツンデレのツンの部分ぶれすぎじゃねえか!

「花熊であります! みちる殿のセンゾクSPとしてがんばるであります! みちる殿もいっしょにがんばりましょう!」

「え、あ、はい……」

 急にすっとんきょうな話の矛先を向けられて戸惑うみちる。彼女が花熊の正体(=馬鹿)に気づくのも時間の問題と思われる。

「ちなみにおハナ、SPってなんの略か知ってる?」

 カレンがそんな問題を花熊に与えた。意外にも花熊は、自信満々といったようすで答えた。

「もちろんであります! 花熊はみちる殿のセンタクSPであります!」洗濯SPってなんだよ専属だよ。

「えと、えと……洗濯、センタク……SP……」

 花熊は言った。「……すごいパンティ?」

 んなわけあるか。アイドルのすごいパンティってパワーワードすぎんだろ。

「あ、ちょっといまのなし……えと、ええと……すけべパンティ!」

「んなわけあるか」

「わかった、スケスケパンティであります!」

「パンティから離れるのだっ」「おハナ、正解!」「よしきた!」「んなわけあるか!」

 すると、カレンが右手で虚空を指差しながら宣言する。

「じゃあ、わたしたち『春日野みちるちゃんのスケスケえっちパンティの匂いをくんかくんかし隊』、略して『ちるちるSP隊』は——」

「最低だな」

「ぼくを入れないでくれたまえ……」

「す、すす、すばらしいっ。カレン殿はネーミングセンスが壊滅的であります!」

「——いまから護衛任務に入ります。おっけー?」

 パンティパンティ連呼されたみちるは、顔を真っ赤にしながら「ううぅ……」とうなっている。なにこの背徳感。

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