#00-04「いつでもそこに道は拓く」

 ナンキン街の門をくぐると、さきほどの警官ふたりの姿は遠く向こうにまで引き離していた。サボりがちの警官では僕たちを捕らえることなんてできっこない。

「ふふん」

 カレンが鼻を鳴らす。「わたしたちを捕まえようだなんて百年はやいの」

 そうイキっていられたのもつかの間、僕はあたりの町並みを見てふたたび慌てることになる。

「まずいぞ、カレン」

「どしたの」

「キタノとは逆方向だ」

「……え?」

 僕たちの拠点があるキタノ地区は、ナンキン街からみて北の方にある。対して僕たちがいま向かっているのは、コーベの街の南側だ。コーベの南は海である。つまり行き止まり。もう逃げ道はない。

「くそっ、うかつだった」

「とりあえず港まで行くよ」

「了解」

 カレンの言葉どおり、僕たちはコーベ港まで走った。いまさら引き返したところで追っ手と鉢合わせするだけだ。港まで出て小型船を拝借するなりすればいい。

 ビルの合間を縫い、高速道路の高架をくぐると、真っ暗闇の上に浮かぶたくさんの光が目の前に現れた。広いオーサカ海の海と、波止場にならぶ街の灯りだ。そこに天高くそびえる帝都ポートタワーの威容も拝むことができる。

「あった、あれだ」

 港を突き進んだところに、波止場に停泊しているいくつかの小型船の影が見えた。乗り込もうと駆け寄る。しかし、すんでのところで「パンッ」という爆発音が聞こえ、僕たちの足許の地面でするどい火花が散ったのが見えた。

「うわっ!」

「ひぇっ!」

 同時に悲鳴をあげる僕とカレン。顔を向けると、前方に空気銃を構えたヒョーゴ警察の姿があった。

「西宮カレンとその一味、そこで止まれッ! さもなくば容赦無く撃つ!」

「冗談じゃないぞっ」

「飛び道具なんて卑怯だよ!」

 文句を垂れても警察が許してくれるはずもなく、返事の代わりにパン、パン、パンッといくつもの銃声が響いた。地面に華やかな火花が散り、僕たちはその場で軽快なステップを踊らされ、やむなく来た道を引き返す。しかし、その振り返った先にも絶望的な光景が広がっていた。

「これは……!」

 来た道からは追っ手が迫っている。サボっていた警官の無線を受けて人数が何倍にも増えている。

「……」

 僕は思わず天を仰いだ。

 万事休す。僕とカレンの物語はここであえなく閉幕か……そう思ったとき、僕の視界にとあるものが映った。コーベ上空のはるか彼方、きらきらときらめく星々のなかに紛れて、こちらへ向かってくるひとつの光。そして目線をずらすと、そこにあるのは天高くそびえる帝都ポートタワー。それらを見て、僕は気を取りなおす。

「カレン、こっちだ」

「えっ、ちょ、待って」

 僕は彼女の手を引いて、べつの方角へ駆け出した。小型船とも来た道とも違う。それはここ帝都にそびえる、僕らの行く先を示す羅針盤の針だ。

「登るぞ」

 そう言いながら僕が指差す建物を見て、カレンは慌てふためく。

「登るって、帝都ポートタワーに? 梅田、正気なのっ?」

 彼女が慌てるのも無理もない。いくら追っ手に追われて退路が絶たれたからといって、タワーになんて登ったら元も子もない。てっぺんにたどり着いてしまえば行き止まりだ。その先にあるのはコーベの深い夜空だけ。逃げ道として機能するはずもない。

 でも、僕には秘策があった。

「ああ、正気だよ。僕はきみの探偵さ、僕の『観察眼』を信じてくれ。きみが信じれば、いつでもそこに道は拓く」

 カレンは歯を食いしばって「むう〜〜〜」と声にならない声をあげている。僕の歯の浮くような決め台詞を信じるか決めあぐねているみたいだが、とりあえずは従うことにしたようで、僕のあとをついてポートタワーを登りはじめた。

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