第24話
入力が億劫になったので、アシストグラスをかけた。寝落ちしても顔にスマホが落ちてくる危険はない。そのまま寝てしまえるのが難点だけれど。
目の前の短焦点モニタ上に天井越しのグラス用デスクトップが表示される。視線を動かしLINEを起動する。部長から解散前に作ったグループ参加のインビテーションが届いていたのでアプライを返す。グループ名は「対策室」。部長のセンスだ。
グループメンバーを確認すると、僕たち開発部のメンバーと宮本さん、それに知らないアカウントが4つ。アカウント名はAdele、ника、Tarra、Niuとある。
「うーん」
日本語名じゃないアカウントをはじめてみた。たぶん、これは宮本さん側のメンバーなのだろう。最初はアデーレでいいのかな。さすが界立。日本語じゃないのが当然だ。その後はうーん。
いやまて。
そこまで思考を進めて気づいた。のだが。明日みんなして向こう側に行くとして、会話ができるのだろうか。宮本さんは日本語だったけど、彼女が通訳なんだろうか。古株さん……は期待できるのだろうか。大人だしなぁ。
自分で解決するのはあきらめていた。
ぽこん。
と、通知音がしてメッセージが表示された。
「ようやくか、国枝」
算所だった。アカウント名は「シカケタ」。由来は知らない。アカウント名を実名から変えると、まず第一に名乗らないとだめだろ、その手間がどうにも億劫で僕は「国枝」としている。個人情報保護とは、と思わないでもないが、LINEだからなー、と適当に考えている。これはどうにも算所には気に入らないらしい。そこは以前算所にすごいしかめ面で注意された。しかし、こうなってみるとアカウント名がカタカナだろうが漢字だろうが、日本語圏外の人には等しく無意味なのではないだろうか。
「あー、すまん。」
口にしていた。
グラス上に透過キーボードを表示させる。これを使うと空中で手を使ってエディットができるのだ。
「あー、すまん。」
と返す。
うーん。日本語だ。大丈夫なんだろうか。さっきまでの宮本さんとのやり取りは当然日本語だったのだけれど、ふたりでのやり取りだから「問題」なかった。と思う。
となると、彼女が普段は何語を使っているんだろうか。英語が無難なんだろう、とは思うけれど。
算所のアカウントのトークルームに移動して、それを聞く。
「あのグループで日本語でいいのかな?」
「俺は日本語以外は使えない」
「なるほど。」
そっけないやり取りで終わった。算所はすごい。同じ考えにいたって、その上で日本語を堂堂ポストしている。
「日本語がわからなければ宮本さんがなんとかするだろうさ」
「それもなー。」
「遠藤部長だって、日本語で書き込んでいたぞ」
「え? そうなの?」
「ただ、宮本さん以外のアカウントからポストがないので通じているのかはわからないな」
「そうかー。とっとと入っておけばよかった。」
「あと、LINEは日本でだけしか使われていない」
「みたいだね。よかったのかな。」」
そこでまたLINEの着信音がした。対策室に新規ポストがあった。
「はじめましてー」
アカウント名は「Adele」。「え?」日本語だった。「え?」
「アデーレと申します。ヤエから聞きました。明日が楽しみです。」
「んあ?」
また声に出た。日本語だった。なんで? 宮本さんが入力代行している? いや文章からしてその雰囲気はない。
それについて宮本さんに聞いてみるのも、いいのかな。
「むつかしいな、LINE」
ぽぽぽぽぽん。
連続して通知音。
「はじめまして」とника。「ニカと申します。読めますか?」 すみません。読めませんでした。
続いて同様にTarra、Niu。タラとニウと読むらしい。なるほど、これは読める。
「こちらは夕方です。日本との時差は8時間ですね」とアデーレ。
そうか、むこうの学校はドイツにあるんだったか。裏で検索する。日本よりマイナス8時間。今こちらが23:42分だからむこうは15:42。学校が終わった直後くらいだろうか。学校の時間だって日本と異なるだろうけど。ただ、これまでまったくむこうからメッセージがなかった理由はわかった。おそらく学校だったのだろう。寮内でしかスマホが使えないと聞いたからだ。
だとすると、今日の放課後だから15時くらいだとむこうは朝か。宮本さんは登校前だったのだろうか。
今、僕の送ったメッセージがまったく知らない人のスマホに表示されている。知らない場所で。その不思議さ。
「はじめまして。こちらのメッセージは読めますか?」
遠藤部長のメッセージが表示された。
「読めます」とニカから返信。
「え? そうなの?」
日本語が書けるんだから当然読めるんだな。えー。日本語でいいの?
「そちらのデバイスで化けてなくて安心しました」
「こちらも安心しました。」
「では、明日を楽しみにしています。こちらは深夜ですのでこれにて失礼します。」
「では」
ログアウトはなんですけどねLINE。しかし、僕もなんとなく、LINEを閉じた。
ぽいん。
また着信。しかたなくLINEを戻すと算所からだった。
「日本語でいいんだな。不思議だ」
「わかる」
簡単に返した。わかる。このやりとりの感覚も、わかるんだろうか。
口語はシュガーシンタックスだ。前提として文化の共有があるからだろうか。理由を言葉に変換して、具体化するには高校生程度の知識では手に余るとだけは想像がつく。
だから、わかる、とだけ返した。僕らはこれで意思の疎通が成り立つ。シュガーシンタックスがすぎる。どんどんとそぎ落とされていく。それでも言語として機能する。
「まぁ、トランスレータ入れれば問題ないだろ」
「そりゃそうだけど」
翻訳ソフトを通すのは想像がつくが、それでも、さっきのやり取りは速過ぎないだろうか。
「もしくは」
「?」
「魔法だな」
「!」
「文章で返せ」
「すまん。」
そこまででグラスをはずした。何が起こっているのか、もはや僕のスキルでは把握しきれなかった。
だから、たぶん、魔法なんだと思うことにした。
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