第23話

帰宅すると、自室のしきっぱなしの布団の上に着替えもせず倒れこんだ。

うつぶせ。

昨晩の妙な興奮は見えていなかっただけだと痛感する。現実に飲み込まれた一日だった。なにもかもが簡単ではなかった。ヒーローになれないにしても、事務処理とか現実との折り合いとかいろいろ思い至ってしかるべきだった。

こういうときは。

へこむだけへこむ。その後はできることを探す。行動を変える。

自分をデバッグ、バージョンアップするしかない。次はもっとうまくやれるように。

ただ、今はへこむのが先だ。

古株とのやり取り。

何も考えていない判断。

判断の先。行動への影響。

自分が何をできるのか。

全部、が、全部。誰かが決めるのだと思っていなかったか。

違う。

全部、僕が決めるんだ。僕をコントロールできるのは僕だけだ。

できること。

できないこと。

この2つではない。どれくらいまでできるのか。僕は今、できるとできないの間のどこにいるのか。それを知ること。

わかっていたつもりだった。つもりだった。ぜんぜんわかっていなかった。

開発部に入ってからまず遠藤部長に教えられたことだった。

なにをしたいのか。

いまどれくらいできるのか。

なにがたりないのか。

だからどうするのか。

いつまでにどうするのか。

そしてなにより。

それは一人でできるのか。

僕、算所、安高の3人はこれをまず説明された。そして遠藤部長は2年間ひとりで開発部を続けていた、と聞かされた。だから、一人じゃできないことをやろう。

そういって笑った。

僕はその部長の言葉がなにもわかっていなかった。ずるずると落ち込む。落ち込んでいくのは心地よい。沈めば沈むほど、自分で自分を許せる。

事実としては、部長をはじめ開発部全員を正体不明の事態に巻き込んだ。僕の軽率な判断で、だ。


スマホの待ち受けにLINEが着信を告げた。あの後開発部に宮本さんを入れたLINEグループを作って解散となった。

最後の遠藤部長の質問を思い出す。


「目的は正しいデータの会の壊滅でいいのかな」


それに宮本さんはしっかりとうなづいた。遠藤部長を見ながら。

僕はどこまで考えていただろうか。なにを見ただろうか。そこから結論、推論、この先を考えただろうか。

目標は。目的は。自分はなにがどこまでできるのか。

そこまで見ようとしただろうか。

遠藤部長はその答えに満足したのだろうか。僕を見ていう。

「国枝。僕らより詳しい人がそう判断したんだ」

つづけて軽く言い切る。

「だから、僕らでできることなんだよ」


本当なんだろうか。信じるしかないのか。きけばいいのか。

全部が全部。

明日の話でいいんだろうか。

沈んだ気持ちの底から手を伸ばしてスマホをつかむ。LINEを確認する。

グループあてではなかった。

宮本さんからだった。

それだけで急に浮き上がって、呼吸をしたような気持ちになった。思春期は上手に使おう。ひねくれている。それすら思春期だ。

急いで、見たくない気持ちと見たい気持ちと、操作したくない気持ちと、やっぱり急ぐ気持ちと。反する気持ちが全部混ざってそれでも、やっぱりメッセージを見た。

「今日はありがとうね。」

有名キャラクターのはしゃぐスタンプ。

「明日また。」

同じキャラクタのおやすみなさいのスタンプ。

僕は布団の上に正座した。その後呼吸を50回数えた。スマホはふたたび画面オフになった。

返信を考えるために、僕は呼吸を忘れずに。

今はこれくらいでいいんだと思うんだ。

あと、布団はやさしい。

いまは、これくらいでいいんだと思うんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る