第21話

「全部偶然なんですけど……」

僕はぼつぼつと昨日の事件を説明し始めた。フル男の突然の襲撃、宮本さんが立ち向かったこと、僕がそこに割り込んだこと。

「割り込んだ?」

算所が眉をひそめた。

「前に作ったブルートゥースの脆弱性を突いてこっちの画像を送り込むツールを使った」

「そんなの入れてるのか」

聞いた遠藤部長があきれている。悪用しないにしても持ち歩くようなツールではない。ツールでもないくらいのつまらないソフトだが、脆弱性を突く仕様である以上後ろ暗くはあるからだ。明るいプログラミングが身上の遠藤部長としては好みではないだろう。脆弱性を探したり、突くのは大好きな人ではあるが、それはスキルアップと好奇心ゆえであるし、必要であればしかるべき機関に報告もする。余談だが日本の機関に通報してもまず無視される。なにかと≪≪都合が悪い≫≫のだろう。したがって英語圏の機関に報告するのだが、遠藤部長は英作文はまったく問題なくこなせる。ヒアリングはさっぱり、とは本人の弁。僕は読むのは不自由しない程度だ。またこの報告には再現用コードを添付すればいいだけの場合も多い。コードは共通言語だ、とつくづく感じる。

「今回はそれが役に立ちまして」

「いまだにあの程度の脆弱性未対応な相手も問題あるなぁ」とは算所。笑っている。ブルートゥースの脆弱性は探せば探すだけ出てくるから仕方がないとは思うけど。

「で、結局店内は破壊しつくされて、そのままふたりで外に逃げ出しまして」

「国枝君に協力してもらって時間をかせげました。そのまま有利な場所まで引き込んで私が魔法でカタをつけました」

最後は宮本さんが説明を引きとった。僕に向かってすこし笑う。それだけでうれしいんだから困るね、どうにも。

「で、その敵というのが」

「正しいデータの会、です」

遠藤部長の質問に宮本さんが答えた。その声は硬い。

「正しいデータの会、ね」

「街中にある監視カメラの動画データ、毎日の移動、買い物、通信記録など、暗黙の同意の下に集められるデータに対して反抗するテロ集団です」

「それがこんな一介の、地方の、小さなコンビニ程度に現れた、と」

「そうです。目的から外れているように思えるのは当然ですが、実際の被害としてはやはり実店舗への干渉が脅迫として機能しやすいのではないかと考えています」

「それは君の考え?」

「……違います。私だけではありません」

「古株さんも所属もそう考えている、のかな?」

「……そうです」

「でも、どうして、昨日はあそこのコンビニだとわかったのかな。君は敵が現れる前に店に入っている」

「それはもう、魔法の力、としか説明できません。魔法を使った未来視に近い占いの結果です。私のほか数人が派遣されました。事実、昨日の被害は4店でした」

「国内だけで?」

「いぜ、全世界で、です」

「すごい的中率だね」

「その魔法に特化した人を用意しています」

「なるほど。こちらも組織として対応しているわけだ」

「はい」

「僕らもその組織に所属する、と」

「そうなると思います。立場がどうなるかは私からは答えられませんが……」

「それについては判ってから、僕が対応するよ。いまから悩んでも仕方がないし、交渉の仕様もない」

そういうと遠藤部長は手のひらを広げて首をふった。にあわないそのしぐさは雰囲気を入れ替えるためだろう。

「とはいえ、僕らにできることって、プログラミング程度なんだけどね」

といってすこし笑った。自虐的な発言だが自身の裏づけは厚く重いと僕らは知っている。

プログラミングと魔法は似ているのだろうか。

この世界でプログラミングができることで得られる自由は増えている。初等教育課程にプログラミングが組み入れいれられて久しいが、やはり向き不向きがある教科だ。

しかし、プログラミング能力は直接的に自由につながる。ほかの教科のように間接的、将来的な自由、選択肢の拡大のためだけではない。身につけたその瞬間から自由を手に入れる。

それこそ魔法のように、だ。

くまなく社会上にコンピュータネットワークが構築され、電文が飛び交う。個人が専用のデバイスを持ち、巨大データベースが利用できる。社会を覆う透明なレイヤーとしてのネットワークは存在を目視できなくても、誰もがその存在を知っている。

もはやネットワーク上での行動は社会でのそれと同義だ。

プログラミングができるものとできないものの自由の差は激しい。

優秀なプログラマはすぐに発見される。プログラマはプログラマを見つける術を知っているからだ。

ある程度の優秀さなら早くに企業にスカウトされる。

では、ある程度以上の優秀なプログラマはどうなるか。これは国家に管理される。国家から国家間の移動も制限される。その人物の力で国家の選択肢、つまりはが影響を受けるからだ。

僕から見れば、それは。

プログラミングのできない人間が、できる人間を縛り付けているように見える。プログラマの自由をうばう。できない人間の自由のために、だ。

たぶん、遠藤部長はすでに企業からアクセスがあるだろうと思っている。それくらいの優秀だ。もしかするとそれ以上の可能性もある。僕は遠藤部長を尊敬している。そのスキルと人格と。なにもかもが僕の憧れだ。

だが、僕にはそれ以上にあこがれている人がいる。実際に会ったことはなく、ネット上でしかその存在は知らない。最初にあこがれたプログラマだ。


ハンドルネームしか知らない。


A_Killer。「あきら」と読む。

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