第18話

遠藤先輩はいつからいたのだろう。全員が部室の入り口を向いた。古株もだ。彼も遠藤先輩の気配に気づいていなかったように見えた。まさか。

「古株さんでしたか。部長の遠藤といいます」

遠藤部長が軽く礼をした。古株は軽くうなづいて返した。しかしその表情は、やはり驚きを取り繕ったように見えた。

古いデザインを感じさせる金属フレームのめがねをかけた柔和な表情。ややふ太り肉の体格。遠藤先輩の印象は「やわらかい」の一言につきる。実際部長としていつもいつも僕たちをやわらかい言葉と姿勢で助けてくれる。

今だって。

このふたりは対等だ、と思えた。いままで場を支配していた古株と遠藤先輩は対等だと、思えた。

「先輩……」

僕の口から情けない声が出た。先の古株の問いかけの答えで勝手に人数に入れておきながら、その不躾さを自覚しながらも、僕は助けを求めるしかできなかった。

遠藤部長はそのまま部室に入ってくると、僕たちと古株の間に立った。そこがいてほしい座標だった。

「この場の全員が聞いてしまいましたし、いまさら戻れないのもよくわかります。どうでしょう、国枝から始まった話ではありますが、こちらの窓口としては私としてもらえないですかね」

部長で隠されて古株の表情はもう見えない。だから、僕は安心して視線を床におろした。そこが精一杯の逃げ場所に思えた。もう、この先を考えなくてもいい。そう思い込みたかった。

「……国枝君はそれでいいのかい?」

しかいし古株は僕を逃がさない。

いったん思考をとめてしまったために、考えられず、言葉もでてこない。

「国枝」

遠藤先輩の声。

「古株さんとは俺がやりとりをする。だからお前は宮本さんとやりとりをしてほしい」

僕は顔を上げた。顔だけこちらを向けた部長の姿が見えた。目を見た。視線が絡んだ。任せろ、といっている目だった。いつもの目だった。

そうだ。僕の問題点を部長は的確に整理した。宮本さんとやりとりをしたいのだけれど、それは古株とのやりとりを含んでいる。それが重荷だったのだ。だから答えに詰まったんだ。

遠藤部長は僕の身勝手さを知った上で、面倒を引き取ってくれたんだ。

すごい。どこから聞いていたのか判らない。それでもすぐに助けてくれる。

「これから何があるのか想像もつきませんが、おそらく計画は古株さん、実行は宮本さんだと理解していいですよね?」

「……ああ、そうなるだろう」

「だとするなら、計画面は古株さんと私ですすめ、それを受けて実行計画を宮本さんと国枝ですすめる体制が≪≪妥当≫≫でしょう?」

「……ああ」

遠藤部長の声は楽しそうだった。ほんのすこしだけ楽しそうだった。だからほんのすこしだけやわらかく聞こえる。古株の答えのわずかな間は、いやな間だった。大人だけが使う間だと思う。

「とはいえ、僕らのような魔法が使えない人間がなにか実行できるとも思えないですけどね」

算所が悔しそうに口を挟んだ。なんとか参加したい。意地と矜持が混じった声だった。僕にもその気持ちはよくわかる。さっきまでの僕がそんな気持ちだったからだ。遠藤先輩を尊敬しながらも、その関係で終わらせない、あきらめない算所のいつもの気持ちがよくわかった。

そして、算所の言葉で僕にもやっとわかったことがあった。


この魔法の世界で僕たちになにができるんだろう。

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