第16話

ゆっくりと部室のドアが開けられていく。

そのむこうにこっそりとこちらを見ている彼女の姿があった。そのままヒントクイズみたいにすこしづつドアがあけられていく。

「紹介は終わったから」

古株が振り返らず言う。僕を見て笑っている。本当に多機能な人だった。思った以上に。

「失礼しますー」

彼女が部室に入ってきた。算所と安高が彼女を見る。無表情だった。女の子耐性もなければ、体勢をとってもいないから仕方がなかった。

古株は算所、安高と視線をめぐらした。宮本さんは昨日と同じ制服姿で現れると一礼した。

「紹介するよ、彼女は宮本八重さん。あのコンビニを壊した1人だよ」

「そんな紹介やめてください!」

ずいぶんと親しい間柄だと見えた。僕の中の思春期スイッチが入る音がした。でも、今それを見せるのもできない。思春期スイッチの力だ。やっかいなり。

「国枝君、昨日はありがとね」

そういって笑って、手を振る。突然の出来事。全身が熱くなったと同時に耳だけが冷たくなったような感覚がした。その変化をもてあまして固まった。動ける算所と安高はゆっくりと僕に顔を向けた。無表情だった。見たことがない表情とも思えた。たぶん。僕たちの関係性の距離感からは生まれない表情だろう。

「どういうこと?」

安高の声。たぶん。たぶんばかりだ。僕が一番混乱している。さっきのアレで、今のコレ。とてもではないが同じ時間軸上の世界で起こっているとは感じられない。説明したってわかってもらえるのか。


彼女が魔法使いだって。


でも、当然だけれど古株は知ってる。知っていて応接室ではあんな口ぶりだったんだ。

たぶん。たぶんだけれど、古株は僕を試した。そして、たぶん、合格したんだろう。そう判った瞬間にまた違った熱さが体をめぐった。

「さて、やり直しだ。国枝君には悪いことをした」

古株も頭を下げた。判っている。ここで頭を下げてもそんなのはコストのうちに入らない。しかし、僕たちのネットワークに介入するプロトコルシーケンスとしては十分に機能する。侵入者なのだが、行儀がよい侵入者。礼儀正しい、プロトコルを知っている侵入者は正しいログインユーザと見分けがつかない。新規ユーザ認証はサーバではなく、全ノードが分担する。P2Pの暗黙の投票制度。それが僕たちのネットワークアーキテクチャだと知っている。

「……わかりました。次はどうすればいいんですか」

算所と安高には申し訳なかったが、古株を認証するしかなかった。そして。たぶん。古株をノードとした新しいネットワークのほうが僕たちのそれより広大だ。その意味では僕たちが認証されたと理解したほうが事実だろう。

「いろいろ助かるね」

古株は横に立った宮本さんを見た。宮本さんはいやそうな顔をしていた。

「古株さんのこういうやり方はいつものことですけれど、楽しいものじゃないですからね」

「持ち味だから仕方ないよね」

そういうと彼は部室の主のように、宮本さんに近くの椅子を指し示した。しかし彼女はそれを無視して僕の横まで来て、そこに座った。また違う熱が体をめぐる。このままでは排熱制御がどうにかなりそうだ。

「簡単に。国枝君に見せた彼女の写真は本当に防犯カメラの映像だよ。僕が加工したのではない」

「え? そうなんですか?」

「所轄のほうが手早いからね。僕の工作が及ぶ隙もない」

「隙があれば工作するみたいなものいいですね」

「そりゃあ、ねぇ。できること、したほうがコスト総計が下がる行動には積極的なんだよ、僕は」

「人が悪いだけです」

宮本さんが不機嫌そうにそう口にした。

「ま、細かいところの説明は国枝君に任せるので、算所くんと安高くんは後から彼に聞いといて」

「おまけに手抜きの面倒くさがり」

また宮本さんがむくれている。ああ、彼女も思春期なんだなぁ。

「というわけで、国枝君にだけ通じる言葉で説明しておくよ。あれは彼女があの活動時に使っている魔法で個人情報保護魔法、個人情報保護法とでもいえば面白いのかな。あらゆる電磁記録に任意の内容を誤認させる魔法だ。肉眼への光学作用にまで影響させるほどの魔力は要らないから、長時間使えるところが利点。いかにも今風だよね」

彼は、笑った。「今風。魔法が今風なんだよ」と付け加える。

「魔法?」

算所の怪訝な声。そりゃそうだ。僕だって同じ気持ちだ。思っていた魔法とぜんぜん違う。でも、それならあの写真の意味がわかる。まったく彼女のを連想させないその姿。どこかにある監視カメラの映像すべてを細工できる。まさに魔法でしかなしえない。

「で、次。そんな魔法を使うのを許していいのかって思わない?」

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