第12話
「知らない、と」
古株の声が短く、低く僕の答えを確認した。
「しかし」
もう一度、視線が絡んだ。罠にかける猟師の目だと思ったのは、僕が獲物だと自覚しているからか、この場に大人じゃないのは一人だからか。はっきり言うと現実感がなかった。笑いをこらえるのに必死だった。緊張しすぎだと自覚できるくらいに。
僕は何かを守ろうとしていたのだ。
たぶん、ラインのアドレスとか。彼女の。いや、そういう意味の彼女じゃなくて。また笑いをこらえた。
「国枝君、君はこの事件の後、いや最中か、彼女に手をひかれて店を出ている」
「そうですね、意図はよくわかりませんが、逃げられてよかったです」
「その後、犯人は君たちを追って店を出ている。それから逃げ回る姿がいろんな監視カメラに残り、目撃者も大勢いる」
なんという監視社会だ。知っていたけど。
「でしたらおわかりでしょう。僕はあの後彼女に引っ張られるままでしたし、後ろからは大男が迫ってくるしどうしようもなかったですよ」
「うーん。そうなんだけどね、その後なんだよ」
「その後?」
古株がすこし息をすったのがわかった。超必殺技を放つ前のようだ。こちらがガード不能だとわかっている、確定時の雰囲気に見えた。
「ある十字路を曲がったのを最後に君たちと犯人の姿が一切の監視カメラに残っていない。目撃者もいない。1時間後に同じ十字路のでもう一度現れたときは、歩いていた」
「逃げ切れましたから」
「どうして、逃げ切れたと判ったのかな。歩いて出てきたということは確実に逃げ切れた、もしくはあの大男が確実に追ってこないと判っているからじゃないかな?」
なるほど、そっちから──心理的足跡とでもいえばいいのか──から不審点をついてきたか。
「彼女がもう安心といって手を離してくれたので、歩いていましたね」
妥当な答えを返す。次は何が出るか。薄氷だか綱渡りだか。この場合、まず勝利ラインの設定を行い、そこまでは攻め込まれても反撃しないと決める。そうならないのが最良だが、相手の攻め手がわからないので、まずしばらくは時間稼ぎが正攻法。
「そこまで信頼しておきながら、彼女と面識はない、と?」
「ないです。むしろ教えてほしいです。正直言うと、もう一度会いたいくらいです」
「国枝!」
平針先生が声を荒げた。この場には味方はいない。いつ終わるのか。こちらが敗北するまで続くとしたら、時間稼ぎは下策だが……。
「こちらで調べた結果、この制服を採用している学校は存在しない」
「え? そうなんですか?」
これは本心。さすがにオレンジ色のセーラー服を採用している学校は存在しないとは思うけれども。
「だとすると、私服か、なにかほかの制服なのか。それも該当はなかった」
該当なし、と言い切るほどの裏づけがあるのだとわかった。警察でのデータ照合こそ電算化の最先端だ。昨日の今日でそれを終わらせ、言い切る。個人的には県警の人とは思えない水準の言い切りのよさと口の軽さだ。
「該当なしですか。残念です」
これも本心。だとすると僕が見た姿はいったい何なのだろうか。彼女は存在しない? 妖精? 思春期の妖精なのか?
「で、君は特定できたからこうして僕たちの出番となったわけだ」
当然の流れだ。僕の情報はコンビニ業界のブラックリストデータベースにまだ残っている。それと照合したのだろう。警察と私企業のデータベースがリンクしていると認めたわけだが、それは本題ではないし、誰もが当然だと思うだろう。万引きなんてするもんじゃないね。
「もう一度だけ聞くよ。彼女を知ってるかな?」
「答えは変わりません。この画像の女の子、昨日僕を引きずりまわしたこの子は初対面で、僕は逃げるように別れましたから」
「なるほど」
さて、これで終わりか、なんて甘い期待をしておこう。平針先生と校長先生の視線がきつい。しかし、本当にあの写真の彼女は知らないのだから仕方がない。
「わかりました。ありがとう」
本当に終わった。
のか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます