第10話

僕は算所と顔を見合わせた。

「なんかやったか?」

こっちを見てる算所に聞いた。

「いやいや、それ、こっちのセリフでしょ」

「いっつもお前じゃん」

「いっつも、とはなんじゃそれは」

確かにいっつもはないか。呼び出されるなんて初めてだ。

「まぁ、校内にいるからいってくるか」

「おう、帰ってくるまでまってるわ」

算所はプログラミングに戻っていった。僕は鞄を置くときたばかりの部室を後にした。平針先生は怖い先生ではないので、それだけに心もちの作りようもないのは困る。心のショック耐性はとっておくかー。

学年職員室は教室と同じ棟の同じ階だ。したがってさっき来た道を戻る。その途中でつらつら思い出すに、呼び出しに思い当たるふしはやはり記憶に見つからなかった。つまりは考えても無駄だということだ。

「しつれいします、国枝です」

職員室に着いた。まずショック耐性として余計な衝撃を引き起こさないように静かに入室する。雑多な職員室には数人の先生がパソコンに向かっている。視線を巡らし平針先生を探す。平針先生は細い細い体格だ。それで名前が平針なのだから現実とは思えない。

「あー、国枝くん。平針先生は応接室だから、そっちで待ってます」

そう、植木先生が声をかけてくれた。植木先生はまだ先生なりたての若い女性だ。体育担当なのでショートカットで赤いジャージ姿だ。

「ありがとうございます」

軽くあまたを下げて返事を返すと、職員室を後にした。応接室はこの下の1階の校長室の隣だ。廊下の端の階段を下って移動する。

ますます呼び出された意味が判らなくなった。しかし、嫌な予感が芽吹いた。すこしだけ。目をそらしていた嫌な予感。たぶん。昨日のコンビニ事件だ。当然だ。目をそらしていた。そんな展開を想像したくなかった。特にニュースとなっていないのはネット上を確認済だったが、当事者になにもないなんてのはありえないだろう。当然ながらコンビニ側からは被害届は出されるだろうし、警察沙汰になるのはしたがって当然だ。

まぁ、呼び出しはそれだろう。わずかな希望のために目をそらしていたが、これで対ショック姿勢を具体的にとれる。

歩数を数えながら階段を下り、廊下をすぎ、校長室の木目のドアを過ぎ、応接室の前についた。

乳白色のドアを4回ノックしてから応接室に入る。

「しつれいします。国枝です」

一礼してから見まわすと、ソファーで向かい合う平針先生と校長、2人のおっさんがいた。そのうち1人は警察の制服姿で、自分の予想の正しさと対ショック姿勢が機能したと感じた。もう1人は背広姿だった。いわゆる、刑事、なのだろうか。現実に刑事をみる機会ができるとは。現実は面倒でしかたがない。

「国枝。こちらに来てくれ」

「はい」

平針先生の呼び掛けにこたえると、その後ろに移動した。

「こちらは石橋署のかたで、国枝にききたいことがあるそうだが、なにか思い当たるか?」

ひとつだけ。ええ、ひとつだけありますとも。

などとは口にせず、沈黙をもって答えた。まずは、なにもわからない、としておくのが無難だ。いや、こっちから言うべきなのか。この一瞬の2択はむつかしい。

「国枝君、だね?」

僕を見たのは、制服姿じゃないおっさん、刑事っぽいおっさんだった。いずれにしてもここにいるのは僕以外は全員おっさんなのだから、僕を見るのはおっさんしかいない。悲しい現実だ。つくづく現実は面倒だ。そしておっさんばっかりだ。植木先生はおっさんばかりの現実を拒否した僕が生み出した幻だったのだ。

対ショック姿勢とは、このように余計なことがらにリソースを割く動作で達成される。

「昨日管内で発生した暴行事件について、捜査に協力をお願いしたい」

対ショック姿勢に予想通りの着弾があった。

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