第9話

そして次の日。水曜日。なんだか昨日の宮本さんとの出会い以来生きている実感が乏しい。あっというまに放課後になった。

昨晩は登録しあったLINEで、宮本さんのメインキャンバスを見つめて、第一声はどうすればいいのか悩んで過ごした。事実としては、悩んでいるうちに宮本さんから「ありがとう。おやすみ」と送信があった。それにすぐ既読がついてしまったわけで、うわー、これって、ソッコー既読ついちゃうのって超気まずくね? いや、キモくね? とのたうち回っているうちに夜は終わった。正確には、ソッコー既読を怪しまれないうちに「おやすみなさい」と返信するのが精いっぱいの冷静な判断だった。と今は信じたい。信じれば伝わるし、事実とか、世界線とかは書き換わるのだ。信じれば。

そんなそぞろな気分のまま、放課後の動作を覚えた体が鞄を手にし、部活のため文化部部室棟へを足を進めた。

県立石橋南高校は運動場と校舎2棟で構成されている。各学年はA~D組まで。大体1学年160人前後、合計480人くらいの珍しくもない男女共学校だ。大体石橋「南」なんて名称は、もともと石橋高校があるか、西があるわけで、大した規模ではない。

学校の周りは住宅街だ。それも数は多くない。地方って感じがにじみ出ている。地方というか、通過点とでもいえばいいのか。普通科高校なのだから、みな、ここから離れていく運命なのだ。

そう、魔法つかいを目指す道だってあるのだと、昨日知ったばかりじゃないか。高校卒業後からでも進路として選べるのかな?

などと思考を発散させていると、部室の前に着いた。

開発部、と引き戸の上に札がかかっている。プラスティックに掘られたその文字は非常に古さを感じる、丸みを持った字体だ。

この開発部は他の学校ではコンピュータ部と呼ばれているであろうクラブなのだが、設立当時はまだ「コンピュータ」が一般的でなかったらしい。だから日本語表記なのだけれど、いまとなっては開発部と名乗るとコンピュータでできることの範囲としては狭いようにも思う。

「おつかれさまでーす」

いつものように部室に入る。ここまでは体が覚えている。

「おいすー」

これまたいつものように、いるのは算所さんじょだけだ。PC教室とは別に構築されたパソコンが12台並べれらた部室は、とても狭い。

「部長と安高やすたかは?」

「部長はおもしろいことをかんがえた、とグループLINEがあった。安高は……まぁ、なんだ」

そういわれてスマホを確認すると、部長の遠藤えんどう先輩からポストがあった。移動中だったので気づかなかった。いや、宮本さんのポストなら気づいたはずだ。待ってるから! こっちからなにか書きこむべきか、いや……。

「なに固まってんの?」

算所に言われて我に返った。そうだ、宮本さんは寮の中でしかスマホが使えないから、今はポストしても仕方がない。仕方がないんだ。

算所はガッチガチのプログラマーだ。僕はJavaスクリプトとC++しか書けないが、こいつは違う。8言語くらいかける。知らない言語でも、リファレンスを見ながらだいたい書いてしまう。遠藤部長も驚いていた。だが、その後すぐに遠藤部長はもっともっと書けるとわかった。その時の算所の嬉しそうな顔が忘れられない。

そして、僕はいまこいつにパイソン バージョン4を習っている。深層学習のプログラミングにはパイソンがうってつけだからだ。

「国枝のテストモジュール、今見たら終わってたぞ」

「マジか!?!?」

「ああ。だけど40日分のNORADのTLEを処理して40日後の予測するのに40日かかったらだめだろ。ネタかと思ったぞ」

「うーん、とりあえず仮組で流してみたんだけど、やっぱりおっそいなぁ」

「マシンパワーを考えて3日くらいにすりゃいいのに」

「40日分なら夏休みの課題にちょうどいいじゃん」

「なるほど、そりゃそうだ」

と算所はまた笑った。

さて、いったん流しきったから短期間に変更して高速化するかな……。

そんな時だった。

「1年A組国枝美樹助。まだ校内にいるなら学年職員室平針のところにくるように」

校内放送で僕が呼び出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る