第4話

顔全体を隠すそれを「メガネ」としていいのか判らないが、とにかくあれがアシストグラスなのだとしたら、時間を稼ぐ手立てはあった。僕は学ランのポケットに入れたスマホを握りしめた。

フル男と彼女のにらみ合いは続いている。よくわからないが、達人同士の「動いたら負け」みたいな雰囲気なのだろうか。フル男は攻撃力が高そうだが、それに見合って行動が遅い、その姿勢制御にコストがかかりそうだ。一方の彼女は正反対のキャラクターに見える。格ゲーのダイアグラムの対極ような関係なのだろう。

「うしっ!」

気合を入れる。

棚の前でスマホをバトンのように構えてスタート姿勢をとる。走り出す前に親指で操作して自作アプリを起動し、起動シーケンス最後のOKプロンプトで表示を止める。

深呼吸。まだふたりは動かない。それを見てダッシュ開始。

「うわあああああああ!」

落ち着いてなんかいられない。勢いだけで駆け抜ける計画。もちろいん途中で彼女の手を引いて。

がれきを踏んだ感触がした。ふたりの世界に入った感触。もう少し。起動時間と射程距離、そして影響開始までのタイムラグを考慮してなるべくフル男に寄らなければならないが彼女より前には出たくない。いや、でてら彼女を連れだせないじゃないか。

「くらええええ!」

フル男がこちらを見た。ような気がした。奴をめがけて最後のOKをタップ。プログレスバーの画面に変わる。今度はスマホを構えた姿勢を維持しないとだめだ。足を固め止まろうとするががれきでフリクションが抜けておもったよりすべる。彼女の背中が近づいてくる。その姿はまったく変わらない。フル男を向いたままだ。

手にしたスマホが震えた。プログレスバーは100%。侵入と配信完了。

僕はフル男を見た。その一瞬、右に顔が動いた。やった、成功だ。僕が起動したのは相手のスマホ本体、もしくはスマホとメガネの間のコネクションに介入して画像を送り付ける自作アプリだ。単に嫌がらせ用。これでフル男がつけたメガネにはかわいい猫か、犬か、青空の海岸か、みそ汁の画像かが表示されてるはずだ。何が表示されるかはランダムだからな。意味ないけど。

そしてフル男は視界を操作されたと気づいたのか、顔を動かしたのだろう。

達人の間において、その一瞬は勝負を決した。

「はあああああああああああああああああああああああああああ!」

もう然とフル男に彼女が踏み込んだ。彼女と逃げるはずだった僕の左手は空を切る。

右肩。

左肩。

左足首。

右足首。

左ひじ。

右ひじ。

右胸。

左胸。

左大腿。

右大腿。

背中。首。頭側部。左右。

左を軸に回転した右ハイキックが前かがみになったフル男に決まる。蹴りぬく。もう一回転した彼女のキックがもう一度フル男に撃ち込まれた。

僕は瞬きもせず、それを見ていた。あまりの連続技。途中から彼女の両手、両足が青白く光りを放ったようにすら見えた。

しかし、それで奴が倒れるとは思えない。大きく左にかしいだ姿勢で止まったフル男を見る。

目を疑った。フル男の手足も青白く光り、そして、そこから粉になって消えてくからだ。

「え? なにこれ?」

かっこいいとおもってスマホを構えた僕だったのだが、その結果にはもはやその動作原理が想像できなかった。

「ほら、走るよ!」

こっちを向いた彼女に手を握られた。その長い髪がモーションを追って動く。赤白に点滅する店内なのに、その髪が黒く、白く輝き、綺麗だった。

「あんなんじゃまだ終わってないから!」

消えていくはずのフル男だったが、逆再生のようにまた粉が集まってきていた。

「続きは外で! 走るよ!」

手を引かれて僕。

「ありがとね」

そう言って彼女が笑った。第2ラウンドに向かう途中には見えないくらいの笑顔だった。

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