第3話
アクリルドアが砕け散る音。次いで異常事態を告げる警告音。店内照明は赤と白が交互に点滅してますます異常事態を盛り上げた。
短い髪にフルフェイスマスクの大男──めんどくさいので以後フル男──は樽ほどもあるといわれれはうなづけるような力強い両手両足をふるいながら強制入店を果たす。その視線を店内に這わせると、消えたと見えるほどの素早いジャンプで四隅にある監視カメラを破壊した。僕には壊れたカメラだけが見えただけ。そのまま空中で2転3転してレジカウンターに着地した。そして、レジカウンターが衝撃に耐えきれず爆発四散しまった。店内に飛び散る破片とレジとアツアツの肉まんあんまん。その向こうに見えるフル男。
そして、そのフル男の顔面に膝蹴りを決めた彼女の姿。
「え?!」
僕は横を見た。当然彼女はいない。何故ならフル男に膝蹴りを決めたのが彼女だからだ。スカートのままとび膝蹴りを決めたその一瞬を鮮やかに、現代の画像フォーマットでは保存できないほどの高精細で脳に保存した。いやまて、僕の思春期。そうじゃない。いまはそんな時じゃない。しずまれ僕の思春期。
均衡は続かない。フル男はあごの裏を見せるまでのけぞって踏みとどまり、彼女がその反動でトンボを切って着地した。これまた僕の思春期ベスト映像しかも動画なのでああもう、思春期はメモリとの戦いだ、だなんてそうじゃなくて、彼女はその視線をフル男から外さない。
自動ドアを破壊して入店したのだから、奴はデータが汚いのかもしれない。それがなくても、あんな筋肉を見せびらかす大男がフルフェイスマスクをつけたままだったら、安全管理システムはドアを決して開かないだろう。また、もしそのフルフェイスマスクが顔を隠すためだとしても、耳が丸出しなのはまったくもってわかってないと言わざるを得ない。人の顔の個別認識とは、目、鼻、口、頬、頬、輪郭らを組み合わせた相関的、相互補完的情報を処理するのだが、もっと簡単な方法が耳による個人識別だ。耳の形は千差万別、単一構成要素で個人特定を可能とする。したがって個人特定を回避したいのであれば、耳を隠すのは基本のキ、イロハのイだ。僕が読んだ個人識別プログラミング教本にそうあった。はっきりいえば僕程度でも耳の画像データによる個人識別はむつかしくない。画像データを特徴点でだけで叩き込んでも相当数の識別点が抽出可能だ。個人識別可能なほどに。
僕はフル男をにらむ彼女から視線をはがせなかった。当然脳内録画は継続している。ありがとう思春期。
「うわあああああああああああ!」
その絵を破壊したのは、あの男子生徒たちだった。やっと身体制御を取り戻したのか、大声を張り上げると両手で空中をかきながら外へと走って出て行ってしまった。当然だ。僕だって逃げ出したい。面倒からは逃げるに限る。それでも後から事情聴取はあるだろう。現場にいたのは動画で証拠が残っている。
「やい、おまえ!」
静まり返った店内に彼女の声がした。オクターブ4くらいの落ち着いた要素をはらんだ知的な声だった。音声データも残さなくてはならなくなった。これは大変だ。
「聞いているんだろう、アカツキ!」
フル男は知り合いなのか? 名を呼ばれたのに反応したのか、フル男がのけぞった姿勢から背を丸めて両手を構えた。完全な戦闘態勢だ。僕はじっとフル男を見た。とくにそのフルフェイスマスクを。その赤と白の光の照り返しを。
あれはアシストグラスだ。
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