第5話

「と、その前に! スクバ拾ってね!」

彼女は僕の手を引いたまま店内を一周する。途中の棚の前の彼女と僕のスクバを拾い上げた。

「拾った!」

「よし、外に出るよ!」

破壊されたドアの破片をとびぬけて着地。そのまま走り出す。どこに向かっているのかさっぱりわからない。フル男がおってきてるのかわからないので、振り返ると、今まさに店を駆け出てきたところだった。なぜかもういちどコンビニの出口を破壊しながら。

彼女の足は速く、僕は引かれるがままで空中を駆けるように引きずられる。さっきの攻撃からもわかるのだけれど、細身からは想像できない筋力の持ち主のようだった。前を見ると、風にたなびく彼女の髪に光の波が滑っていく。びっくりするくらいどきどきする光景だった。女の子の髪って、なんか、すごい力持ちだ。

「こっち!」

左に曲がった。細い道路。

「で、こっち!」また右に。「ついてきてる?!」ついで左に曲がる。手をつないだままなので、ついていけてます。はい。

「しゃがんで!」

その彼女の声でその場にしゃがんだ。直後に真上を暴風が過ぎ去った。フル男のパンチが空を切ったのだろう。怖くて上は見えない。そして彼女は前を向いたまま走り続ける。

振り返ると、攻撃をしたぶん足が鈍ったのか距離が空いた。

「とんで!」

2人でハードル走の要領で飛び上がる。フル男がスライディングキックをすんでのところで躱した。大技だったのか、これで大きく間が開いた。

その後もなんどか道を曲がり、しゃがみ、跳び、振り回されながらなんとか攻撃をかわし続けた。

「そぉりゃあ!!」

その道のりの最後で僕は、2回振り回されると手を離された。浮遊感。めぐる視界。もう夕暮れの空、周りを囲むビルたち、雑草が見える地面。僕はスクバを抱え込むと着地の衝撃に備える。

「ぐは!」

背中から落ちた。勢いは止まらず何度か転がって止まった。きれいな夕暮れだった。うすなでしこ色の雲が広がっていた。こんな広場があるなんて知らなかった。今度あの子に教えてあげよう。記憶が混乱している。その「あの子」は広場の真ん中に立ち、フル男に相対していた。

第2ラウンド開始だ。

フル男の攻撃が続く。連続パンチ。彼女は両手を交差してガード。キック。ジャンプして躱す。着地を狙ったパンチは、これは肩でガード。続くパンチは手ではじいてパリィ。彼女の動作に合わせて、長い髪が動く。僕はやっぱりその髪の美しさから目が離せない。

振りぬきのパンチをしゃがんで躱す。その動作に遅れて髪がうねって動く。それを夕暮れの西日が照らす。

第2ラウンドはにらみ合いではなく、フル男の一方的なラッシュを彼女が受けきる作戦のようだった。もう一度自作アプリで動きを止められないかやってみたいが、まだ着地のダメージが鎮まらない。くそう。スマホを手にするのもつらい。

フル男の攻撃をガードしているとはいえ、受けているのだからダメージをもらっているはずだ。その残り時間はわからない。また僕が攻撃に転進するチャンスを作れるかもしれないのに。

くそう。

意地で両手をつき、身を起こす。

フル男が両手を振りかぶるのが見えた。両手を開いている。

打撃が通らないと見たのか、つかみにきた、のだろう。これはガードできない。

フル男の両手が彼女をつかんだ。

ように見えた。

その両手は空をつかんだ。

彼女は投げを抜け、フル男の両肩を使って跳躍すると背後を取った。

夕日をうけた彼女の顔が見えた。笑っていた。歯が光った。ように見えた。

ここから彼女のターン。ガードできない背後から、必殺の連撃が撃ち込まれる。受けるしかないフル男は次第にのけぞってゆく。肉が肉を穿つ固い音が連続して聞こえる。

まただ。

夕日のにぶい赤に交じって見える、彼女の両手両足からたなびく青白い光。

連続技の最後。2連続のキックが頭部を蹴りぬいた。

フル男が動きを止めた。あの時と同じように手から光の粒になって散ってゆく。今度は戻らない。手、足、腕、腿、肩、腰と順に砕け散ってゆく。薄くなる姿。その向こうにまだ戦う姿勢のままの彼女が見える。


彼女が勝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る