太陽

 夕暮れ時にはまだ少し日が高い時間帯に、レイは黄色く丸い花を模した髪飾りを持って酒場に訪れた。今日の夕暮れからここで、知る人ぞ知る著名な吟遊詩人のマリーンが歌を披露するという情報を手に入れたためだ。

 マリーンは世界中を旅する吟遊詩人で、立ち寄った町の酒場で歌を披露して旅費を稼いでいる。

 レイはこれまで何度かマリーンと話したことがあり、いつからか、内密に話がしたいときは貢物を用意するようになった。もっとも、貢物を用意したからといって、話が出来ると決まったわけではないが。


 レイは軽く腹を満たせる物を購入し、マリーンの歌声がよく聞こえる席を見つけて腰を下ろす。

 ちなみに、旅の仲間である他の三人は、リリーベルが主導となってカジノで遊んでいる最中だ。

 リリーベルやサクラはまだ良いとして、聖職者であるルピアが一緒に遊びにいくのはいかがなものか、とレイは呆れた。

 彼の憂いを悟ったルピア曰く、信仰心と欲は完全に切り離しているから大丈夫なのだとか。言っている意味がよくわからないが、信仰心がさほどないことは理解出来るようだった。


「ん……」


 日が暮れ始めた頃、酒場の客入りが増えてきたのか、遠くに聞こえていたざわめきがレイの近くまで押し寄せてきた。

 レイは瞼を軽く閉じ、ざわめきに耳を澄ます。

 それらは中身のない会話だったり、明日の計画を立てる独り言だったり。大半は耳に届くまでに意味を持たない音へ変わってしまうが、それもまた趣きがあるような気がして、レイは好きだった。


「…………」

「…………!」

「…………?」

「…………」

「…………!」

「…………ッ!」


 ざわめきが最高潮まで達そうとしたその時。


「空を駆ける鳥は星々を見上げず――」


 鈴の音を思わせる歌声が、波を鎮めた。

 レイは瞼を開き、酒場の中央に設置されたステージの上で歌うマリーンを見やる。


 昼間しか活動しない鳥は太陽の光のために星を見上げられないのではなく、太陽の光を言い訳に空を見上げようとしないだけなのだ、と。マリーンは涼やかな声で歌う。


「太陽、か」


 少年が勇者となった日。

 魔王を名乗る少女が現れた日。


 あの暗雲が現れるまでは。

 王城が瓦礫と化すまでは。


 今にも落ちてくるのではないかと心配になるほど、遠近感に欠ける単青色の空が頭上にあった。


 地を這う人々はあの時、太陽の光が無くなったために、その重い頭を持ち上げて真っ黒な空を見上げたのだろうか。

 瓦礫の下に埋まっていた少年は、あの日奪われた太陽を未だに探し続けているのだろうか。


「さて」


 レイは包帯が巻かれた右手越しにマリーンを見つめる。


「答えはどこにあるのかな?」

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