ひとくち魔王 魔王

「いやあ、愉快、愉快」


 魔王は砕けた玉座に腰を下ろしながら豪快に笑う。その周りで、魔王によく似た姿の者共が同調して密やかに笑った。魔王の周りにいる者共は皆が皆、割れた床に転がる勇者のものと同じ赤い印が右手の甲に刻まれていた。


「ようやくオレ達も自由の身と言うわけだ」


 魔王は嬉しそうに笑いを噛みしめる。


「長い間眠らされていたが、これでようやく……」


 感極まって魔王は渦巻く暗雲を仰ぎ見る。濃い魔力で出来たそれは、現在進行形で地上に瘴気をもたらしていた。暗雲の下にある土地が死ぬまでそう時間はかからないだろう。

 突然現れた暗雲に人々は逃げ惑っている頃だろう。いや、瘴気に中てられて死んでしまった者が既にいるかもしれない。

 魔王は笑う。そうだ、それで良い。弱い者からさっさと死んでいけ。そして万が一生き残ったのなら、オレを殺しに来てみろ。勇者でない者に殺されてみるのもまた、一興か。

 魔王は玉座から腰を上げ、床に転がる勇者の脇にしゃがみ込んで彼の顔を覗き込む。勇者は右手の甲に印を刻まれた痛みで気絶していた。


「ふむ、しかし、これが人間か。オレ達のモデルになった種族だけに、やはり似ているのか?」


 魔王は興味深そうに勇者の顔や身体を不躾に触りまくる。


「似ているところもあるが、やはり違うところも……むっ」


 魔王はなにか閃いたのか、取り巻きの中から男を一人連れて来させ、彼と勇者を比べ始めた。

 見る見るうちに魔王の眼の中で好奇心の光が輝きが増していく。


「なるほど、そうか、つまりこいつは男だったのだな!」


 それを確認できたことが余程嬉しかったのか、魔王は勇者の頭をしきりに撫でた。


「……しかし、どうしてこいつの頭は茶色いのだ?」


 魔王は勇者を撫でる手を止め、首を傾げる。


「オレ達と比べただけではわからないな……おい、この辺りの死体を可能な限り掻き集めてこい」


 魔王の指示で、瓦礫の上や下に打ち捨てられていた死体が勇者の周りに集められる。魔王はその中でも特に、勇者と似た面影を持つ男女数名と彼を比べ出した。


「んー、駄目だ、見ただけではわからん!」


 魔王は死体を乱雑に放り捨てる。


「おい、書物だ! 確かあれには知識が詰まっていると聞く! 誰か字が読める者はいるか!」


 魔王の呼びかけに答える者はいない。

 やはり、と魔王は悔しそうに唇を噛む。


「ええい、もう! そいつらなど捨てておけ。使えん」


 八つ当たり気味な彼女の言葉に従って、数人の男女が勇者と死体を城の外へと運び出した。

 その様子を眺めながら、魔王はやがて自嘲気味に笑った。

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