ふたつの影
ルピアの手から銀の光が生まれた。直後、紅の軌跡を残して奴隷商人が板目張りの床に倒れ伏す。人の好さそうな奴隷商人の身体から脈拍と共に溢れる紅は、やがて床に四角を描き出した。
「ここから地下室へ行けるのね」
ルピアは闇色に輝く前髪を掻き上げ、奴隷商人を一瞥した後蹴り転がす。
「あなたが大人しく吐いてれば、面倒なことにならずに済んだのに……」
奴隷商人は立派な職業であり、きちんと奴隷商ギルドが存在する。それはつまり、ギルド構成員を不当に殺めたルピアに報復の未来が待っているということである。それを思うと、今からもう憂鬱であった。
ことの発端は、娘を奴隷商人から助け出してほしい、という無茶な依頼だった。無茶で無謀で、呆れを通り越して賞賛したくなるような依頼だった。
ルピアは赤黒く染まり始めてきた扉を開き、地下室への階段を下りる。奴隷とは言え売り物なのだから丁寧に扱え、とルピアはふと考える。こんな家畜以下の扱いをしていては、売れ残りが早々にダメになるのは目に見えているはずだ。
やはりこの国で奴隷は腫れ物扱いなのだろうか、と余所者のルピアは首を傾げる。だからこそ地下に隠し、だからこそ娘を助け出したいなどと言い出したのだろう。
「いやはや、まったく……」
ルピアは似顔絵で見知った依頼主の娘を見つけ、彼女が入った牢の前で立ち止まる。
「あなたがリリーベルね?」
「はぇ?」
牢の中のリリーベルはルピアの登場に戸惑い、首を傾げる。
「えっと、上のオジサンのご家族ですか?」
不名誉極まりない認識をされたルピアはあからさまに顔を顰め、片脚に体重を乗せて返りそうになる踵を押さえつける。
「私はあなたを助けに来たのよ」
「どうしてですか?」
リリーベルは不思議そうに首を傾げる。
「あたしはもう売り物なんですよ? 誰かに助けられるとか、ちょっとよくわからないです」
予想外の言葉にルピアは言葉を詰まらせる。
「……あなた、奴隷が嫌ではないの?」
ルピアは周囲のh死んでいるのか生きているのかも曖昧な少年少女達を見やり、再びリリーベルに視線を戻す。
「人ではないのよ?」
「そうですけど……」
リリーベルは言葉を探すように小さく首を傾げる。
「それ以前に、お父様とお母様はご自身の意思で私をお売りになったのですよ?」
初めから自分は物なのだから今更どう扱われようが関係ない、と。
ルピアは呆れて息を吐いた。あの親にして、この子あり、と。
「いえ……あなたが物だと言うのなら、それを盗み出すのは私の得意分野ね」
ルピアはリリーベルの牢の鍵を短剣の柄で砕く。
「ついてきなさい。今からあなたは私の物よ」
「盗みは良くないですよ」
「私は義賊だから良いのよ」
――その夜、月明かりに照らされたふたつの影は闇を裂く風となった。
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