もうひとりの
左腰に長剣を携えた勇者は、羊皮紙と黒鉛とコンパスを片手に洞窟を歩いていた。
彼は情報屋ギルドに所属しており、主に自作した地図を売って稼いでいる。地図は情報屋ギルドを介して様々な方面に売られるため、世界の情勢を観測するよりもずっと安定した稼ぎになる。
魔王について調べる旅のついでのはずだったが、今では勇者にとって欠かせない収入源となっていた。
「あれ、これまた中央の広間に向かってるのか」
ただひとつ、問題があるとすれば、未解明のダンジョンは危険、ということである。勇者が今現在探索している洞穴は、かつて竜が住むと言われていた洞穴で、過去に多くの行方不明者を吞み込んでいた。それを裏付けるかのように、上方に尖った石柱の傍で白く細長い物々がヒトを形作って横たわっているのがちらほらと見受けられる。
勇者は狭い通路を通り抜けて地図中央にある苔生した広間に出た。天頂に穴が開けられた半球状の広間には常に弱い風が渦巻いており、竜が住むなどと言われていることを除けば、ダンジョンにしては比較的快適な、ともすれば快適すぎる環境となっていた。
「さて、と」
勇者は広間の中央に積み上がる白い小山を一瞥し、その向こうにある一目見ただけでは気付かない横穴に視線をやった。影を見せないその構造は、洞窟の出入り口に続く横穴と同じである。
「結局、あれが当たりなのかな」
勇者は背負っていた革袋をおろしてそれに羊皮紙などを仕舞う。そして両手にガントレットを装着した彼は右手で長剣を抜き放ち、鞘を足下に捨てて狭い横穴にその身を進み入れた。
「あー……。失敗」
今までの通路よりも一層複雑そうな構造に、勇者は少し後悔する。罠なんて警戒せずに、素直に道に迷わないように気を付ければ良かった。勇者は左手を壁に当てて歩き出す。
長い道のりの末、彼を出迎えたのは錆だらけの鉄扉だった。
「……人工物?」
勇者は鉄扉を警戒してしばらく開け方を模索するが、結局蹴り倒して開ける。
「っ! そんな……どうして……?」
錆びた扉の向こうには、白い空間が広がっていた。
そこには金属光沢を持つ見慣れない塊や、ガラス張りの大きな容器が並んでいて、どれもこれも破壊されていたが、奇跡的にひとつだけガラス張りの容器が破壊されずに残っていた。
そして。
魔王とよく似た少女が、無色透明の液体とともに一糸纏わぬ姿でその中に収まっていた。
勇者は慌ててその左手の甲を確認するが、そこに黒い印はない。代わりに、少女の右手の甲には勇者のものと全く同じ赤い印が刻まれていた。
勇者は我を忘れ、容器の中で静かに眠る少女を凝視する。
「もうひとりの、魔王……いや、ゆう、しゃ……?」
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