Act.2 人を超える
組織からの脱走からもう1日が経った。今日も日差しは遠慮を知らず、滅多に外に出ない私の体に突き刺ささるが、隣を歩く少女は暑さをものともしない表情で楽しそうに歩いている。
「とりあえずこれで私の詳細なオペレートが出来ますよ、マスター!」
「オペレート…、例えば?」
彼女は、クロは説明した。
クロと無線で接続する際は簡易的なクロの状態を確認できる。機能不全や損傷など、肉体に関することやインストールされているModやアプリケーションなどを簡易的に表示する。有線で接続する際はクロのうなじ辺りにあるコネクターポートに専用のコードを繋ぐ。有線での接続はよりクロの重要な部分をも操作できる。クロが自身の意思でシステムを起動できない場合に外部からクロを操作する。メンテナンスなどは有線で繋いだ方がいいらしい。ちなみにオペレートのためのパソコンは新しく買った。20万円ほどしたが、組織の物を質に入れて得たお金だし気にする必要は無い…と思う。
「やっと組織に対抗できる。一時はどうなることかと思ったけどね」
私がため息混じりに呟くと、クロは組織に興味を持ったようで、いつものキラキラとした瞳で聞いてきた。
「そういえば、なんでマスターはあの組織から逃げ出したんですか?あの組織…マルチアークス社は防犯グッズの販売や慈善活動で有名で、悪事を働くようには思えませんけど…」
「それは表の顔。歌姫の所属もマルチアークス社だし国民の心は掴んでると思うよ。ただ、それだけじゃ利益はでないの」
私はあそこで聞いた会話を思い出しながら続けた。
「最近、テロが増えてる。それも日本だけじゃない、世界各国で。マルチアークス社は世界にも武器の販売をしていて、高性能な銃器や兵器はたくさん作ってる。でも、なんで一向にテロが減らないと思う?」
「テロ組織が武器を鹵獲してるから…ですか?」
少し意外な答えだった。あるいは、私とは違う観点でものを見ているからそう思うのか。
「それもあると思う。けど、マルチアークス社の銃器の弾薬は特製で代用が利かない、数が限られるの。つまり鹵獲してもあまり使えないってこと。だからテロ組織や反社会組織は粗製の武器に頼るしかなくなる。でもそんなもので政府軍や正規軍に敵うわけがない。粗製のライフルじゃあ今のアーマーは貫けないし逆に蜂の巣にされるだけだよ。でも政府軍も相当な被害を受けてる。死人だってそう、暴動の度に多くの死傷者が出てる」
私は歩みを止め、クロを真っ直ぐに見る。
「マルチアークス社はテロ組織に武器を売ってる。それも見た目を変えて、いかにも粗製の武器だと思わせて」
「そ、そうなんですか!?」
クロは驚きを隠せないようだった。
「うん」
クロはでもどうして、と言いたそうな顔をしていた。
「仮にテロ組織や反政府、反社会組織が滅びたとしよう。そうなれば軍事需要は下がり収入源にしづらくなる。人々にとっては平和の到来だけど、武器を作る側にとっては売る相手がいなくなるのは死活問題。だからテロ組織との戦争を終わらせないために同レベルの武器を持たせて持ちこたえさせてる」
「じゃあ、そのことを公表すれば…」
私は首を横に振り、それを否定した。
「国が抱える大企業で、人々からの信頼も厚い。そんな会社に証拠なしの話で立ち向かったって名誉毀損になるだけで終わりだよ。というか、聞く耳すら持ってもらえないと思う」
「じゃあどうやって…」
「…言い逃れ出来ない証拠を提示する。それも一つじゃなくたくさんの、テロに加担しているという偽れない証拠をね」
そこまで言って、ようやく私がクロを起こした理由を理解したようだ。
「だからマスターは頼りになる人を探してたんですね…」
「うん。まああとは…」
「え?」
言いかけて、私はやめた。きっとこの話をしてもこの子にはわからないだろう。それはこの子が悪いわけじゃなく、人にしかない文明だから-
「いや、何でもないよ」
「そ、そうですか…」
クロは気になっているようだが、別にそこまで重要なことじゃない。
「で、どこへ行くんですか?」
「そうだね…」
幾つかめぼしい所はある。マルチアークス社の本部はここから少し遠いが、近場でも施設はある。発電所だ。
「発電所に行こう。あそこは人が来ないから悪い誰かとお話するならうってつけだと思うよ。それに不審車両の噂も絶えないしね」
「了解です、マスター!」
そう言って私の左手を握り、走り出す。
「善は急げですよマスター!」
「えっ、まっ、待ってってば~!」
~MA社第3発電所~
電車やバスを使っても人が近づきづらい所に発電所はあり、着く頃には日が傾いていた。
「ここですか?」
「うん。何度か来たことはあるけどこうやって見るのは初めて」
警備も厳重で、付け入る隙はなさそうに見えるが、実は隠し通路がいくつかある。何故あるのか今までわからなかったがおそらく取引のために入る裏口のようなものだろう。フェンスにも抜け道があり、とりあえずはそこに向かっていた。
「確か…」
私が記憶を頼りに抜け道を探していたそのとき、クロがいつもと違う警戒した声で囁いた。
「敵性反応です。人じゃない…アンドロイドです…!」
「えっ…!?」
「地形を無視してる…おそらく飛行してます!」
そのわずか1秒後、辺りに爆撃が降り注いだ。
「きゃあっ!」
激しい振動と爆発音。しかし痛みはない。
ぎゅっと瞑っていた目を開けると、既に戦闘態勢にあるクロが守ってくれていた。
「大丈夫ですかマスター!」
「う、うん!なんとか…」
クロ少しだけ振り向き、
「マスターは隠れてください!敵性反応のデータは常に送るのでオペレートも出来ればお願いします!」
そう言って走り出した。私は言われた通り物陰に隠れ、急いでパソコンを開いた。クロのエネルギー活性率が急上昇しており、同時に各部の損傷が告げられていた。
「っ…!」
歯がゆかった。私に出来ることは何も無い。ただ見ることしか出来ない。ただ…見ることしか。出ていけばすぐに殺されるだろう。人には爪も牙もない。すごく貧弱だ。出来ることは考えることだけ。それもクロのためになるかは分からない。
でも、何もしないわけにはいかない。そう思い、敵性反応のデータに目を通した。
「あんたが目覚めるのをずっと待ってたわ!」
挨拶代わりに爆撃を決めた敵性アンドロイドはクロに向けて機銃を撃ち始めた。亜音速で襲いかかるライフル弾はクロの体を掠め、ときに容赦なく貫く。
「っ!」
各神経系を貫く痛みは、感覚は、クロを鈍らせる。
「なーんだ、逃げてばっかじゃつまんないじゃない。撃ち返すとかしてみなさいよ」
空にいる余裕か、あるいは自信か、少しつまらなさそうに嘲笑する。
目測で衝撃波を放つ。しかし相手は高速で、まるでGなど無視した機動で華麗に避ける。
「ほらほら、当たってないわよ?」
相手は3連ポッドからの誘導ミサイルを放つ。クロは金属粒子を厚く固め盾を作るものの、強力な爆風に盾を散らされる。そんな様子のクロに相手は拍子抜けしたのか、あるいは飽きたのか溜息をついた。
「聞いていた話とだいぶ違うじゃない。それでもあんたは----なの?」
クロは損傷がひどく、膝をつき、上を睨みつけるしかない。赤い修復ナノペーストが血のように滴り、体を染める。
「もういいわ、そこで永遠に…」
「おやすみ」
To Be continued…
O.S Girl @KAIRI11915
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