第9話 朝食美味しかった
商店街会長の幡さんとおかみさんの秋江さんから交互にパンとコーヒーのおかわりを勧められる。秋江さんが用意してくれた野菜サラダは大盛りを、お通し代わりに、と出された。ゆで玉子2個付きで。
「ご、ごちそうさまでした」
もう食べれません、を強調したくて腹に両手を当ててみせた。もちろん、喫茶店のモーニングと同じくらい満足だ。
「さて」と腕組みをした会長が切り出した。秋江さんは食器を下げようと立ち上がると、「お前も座って居てくれ、秋江」引き止めるように声をかけ食後のくつろぎにと話始めた。
「昨日の中華飯店による前の会合でのことだ。この金座商店街で『まるごと街飲み酒場』という催しをする最期の打合せの話し合いだった」
まるごと街飲み酒場?・・・・ああ、パン屋の若オーナーが貼っていた紙のことか、そう思い出した。
「八百屋の善さんが言ったことだが、その日に雨が降ったらどうすんだ?っていう話になってな」
「あなた、まずは鮭太郎さんに『まるごと街飲み酒場』のこと説明しないと」
困った人ね、と先に話を進める会長をたしなめる秋江さん。
「ここに来るまえに貼り紙見かけましたよ。聞こうと思ってました。参加する店をハシゴ酒したり、店頭で酒やつまみを販売しながら商店街を歩く企画ですよね」
催しの呼称から連想したことをストレートに口にしてみた。飲みかけのコーヒーカップを叩くように置いた会長が迫るってくる。
「うちは違うんだよ!文字通り、この商店街全体を酒場と見立てて、この通りならどこでも飲んで食べてもいいんだよ。パン屋だって、薬局だってどこでも」
は?、会長の力説は伝わるが・・・・今一つ言いたいことが不明だ。
「つまり、それは商店街の範囲なら通りや店内ところ構わず飲めるっていう感じ・・・・ですか?」
会長を見ると目を閉じて満足そうに頷いている。
「原則18時から21時までの限定で、飲み物食べ物は現金引換払いの、いわゆるキャッシュオンデリバリー方式。その日は全ての飲食店が飲み物食べ物の提供が持ち帰りの容器になる、これが大まかな内容だ」
こう締めくくった会長は、今度は品良くコーヒーカップを持ち上げ、美味しそうに啜ってみせた。畳み掛けるように秋江さんが続けて口を開いた。
「だからうちの工芸店も即興の酒場に変わるのよ。工芸酒場、なんてね。お客さん来てくれたら何だか親戚が集まって飲む感じになるのかしら?それとも酒の肴にと工芸品の魅力を語ったりして、名物女将を真似させてもらったりしたら、最高よ」
「そう、薬局なら薬局酒場ってことで、肝臓に優しい薬なんかを酒の合間にちょいと飲んだりね」
「あんた!」
秋江さんが呆れたように睨む。しかし、会長は薬局にこだわる。でも、そんな酒の飲み方は体に良くないと思いますよ。
「それで、八百屋の善さんが言う、雨が降ったら、どうなるんですか?」
あらためて聞き返す。
「そこよ、鮭太郎!商店街の通りにもテントにテーブルとイスは設置するが、雨が降ったら傘をさしながら移動するだろ」
もっともですね、と頷く俺を確認してから会長は続けて、
「それじゃあ、ダメなんだよ!商店街を酒場に見立てるんだ。なのに酒場の店ん中、傘さして歩くか?」
さらなる同意を得ようと覗きこんでくる。
「それはあくまで例えであってですね・・・・」で、俺は朝早くになんで呼ばれたのか?それを聞きたかったが、「いいじゃないですか、傘さしながら商店街歩いても。結局飲めるなら」一応肯定な意見を述べてみた。けど聞いてはいないようだ。
「ここからが本題よ」
会長は秋江さんを振り向いてそう言ったが、秋江さんも話の先が分かっていないようで、そう、と小さく相槌をするだけだった。
「『まるごと街飲み酒場』の当日、雨は降ってもらいたくない、って考えたとき思い出したんだよ。先週『環福』で飲んだ時のことを」
「うちと一緒に行った時だ!」
秋江さんも思い出すように左上に視線を向けている。なるほど『環福』とは、俺一番の行きつけ酒場がここで出てくるとは。
「なぁ秋江、覚えてないか、お前の隣に座った女性のことを」
ようやく会長が秋江さんを引き止めた理由が分かった。すると、手を叩き「あの女性ね」と秋江さんも思い出したようだ。その様子を確かめてから、そして、会長は不気味な笑みで言ったのだった。
「そうだ、晴れ乞いの女性、のことだ」
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