第7話 酔いざましです

 酒場から出ると太陽は頭上に輝いたままで、商店街を行き交う人々を昼の空腹へと誘っているようだった。


「さて、もう一軒行くよ!」


 鼻歌も交じりだして、上機嫌の大屋さんがどことなく指差した。


 すみません!と切り出した樋口さんを向いた。


「あの、今日は私これで帰ります。勝沼さん付き合っていただきありがとうございます。鮭太郎さんにはホントにお世話になりました。謝礼は後日伺ったときに」


 そう締めくくって、樋口さんは順に大屋さんと俺にお辞儀をした。


「謝礼なんて、そんな・・」


 全部言い切る前に、くるりと振り返って樋口さんは駅へと去っていった。足取り軽く遠ざかる後ろ姿に向かって「またねー」と大屋さんが手を振って、


「謝礼なんていらないからー」


 俺の気持ちを勝手に代弁してくれた。でも、人の目が沢山ある通りでは叫ばないで下さい。酔っ払いって見られますよ。実際、酔ってますが。


「よし!こっちの裏通りへ抜けるよ」


 駅へと帰る方向の左側の道を大屋さんが先となって進んで行こうとしている。


「どこに行くんですか?」


「二軒目に決まってるじゃない」


 当たり前のように大屋さんが答えた。俺も二軒目付き合うんですね・・。


「こっちに知っている酒場でも?」


「いいや、この先からは何か美味しい匂いがするよ」


 ああぁ、いわゆる大屋さんの酒飲みの嗅覚が働いたようだ。感心なのか諦めなのか、踏ん切りがつかないまま大屋さんに足並みを揃えた。


 いつも訪れる商店街とは違って、裏通りには渋い店が建ち並んでいた。さすがに、酒場は閉まっているみたいだ。


「けっこう店有るんですね、まだ開いてませんけど。どうします?このまま駅に帰って探偵事務所まで戻りますか?」


 あの近くには沢山昼飲みできる酒場あるでしょ?と最後は横目で、大屋さんの表情を確認しながら勧めてみたら、


「電車で移動したら酔いが醒めちゃうじゃない」


 あっさり却下されてしまった。今少し、このまま歩くとしよう。


「しっかし、野子ちゃん良かったね。嬉しそうに帰っていって。お父さんも昼飲み好きだったんだね。酔いすぎるくらい飲むなんて」


 大屋さんが唐突に言った後に続けた。


「まっ、あたしは昼飲みでもほどほどだから、悪酔いするなんてないけどねー」


 まだまだ飲み足りなさを正当化しようと主張しているみたいだ。引き合いに出した話に一瞬、ああ、その事か、と間をおいて、恐れながら、と軽く手を上げて俺の考えを口にした。


「あくまで俺の想像ですけど、樋口さんの父は昼飲みのその時、店内にテレビがあったとして偶然、樋口さんが再現ドラマに出演したっていう番組の再放送が流れたのを見て、気を良くして飲みすぎた、とかあったのかも」


 唇を噛むように結んで、ふむふむ、と相づちを打つ大屋さんが、


「それ有り!絶対にその偶然は起きてたんだよ。あの番組は昼によく再放送するからね」


 力強く俺の鼻先を指さしながら賛成してくれた。なんだか俺も酔いが回ってきたのか、嬉しい気分になる。


「今度、樋口さん父娘が昼飲みするときも、また再放送の番組流れたら、きっと盛り上がるでしょう。俺たちも負けないで飲み直しましょう!」


 二軒目を探して、そろそろ駅に帰り着きそうで、線路沿いの網越しに電車が通り過ぎて行くのが見える。その時、


「そりゃ盛り上がるだろうよ。でも、あたしなら気恥ずかしくて見てられないよ」


 大屋さんが寒がるように肩を縮めて言った。


「・・。・・あれっ?」


 俺は大屋さんを二度見した。気恥ずかしく見られない、って相変わらず解釈に悩む言葉を言う。不思議な人だ、と改めて思ったところで「そういえば」と思い出した。


「大屋さんって樋口さんとはどういう知り合いなんですか、実のところは?」


「えっ?だから言ったじゃない。野子ちゃんの紹介の時に。仕事仲間だった同期の後輩だって」


 けろりと答える大屋さん。・・でも待ってください、と俺は顔が熱くなってきた。


「仕事仲間の同期の後輩っていうことは、もしかして・・、大屋さんも女優だったんですか」


「そうよ。あら、言ってなかったかい?」


「ひぇーっ!」


 驚きのあまり叫び声を出しながら、俺は一気に酔いが冷めていったのだった。

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