第5話 BGMは?
「いただきます」
箸を取り三人同時に唱えた。その時にはおかわりの生ビールが届いていた。俺はカツオを、樋口さんはイワシを、大屋さんはマグロを摘まんで食べた。
うまい!臭みもなく、少しの弾力の歯触りが生姜と相まって、よりさっぱりとカツオの赤身を味わえる。当然美味しいので、樋口さんと大屋さんは順々に刺身を口に運んでいる。
俺も負けじと、次にイワシを頬張り旨味の脂がほどよく後味で残った。ここはウーロンハイを流し込むとしよう。
傾けたグラスを戻したら、氷が賑やかに鳴る。すでにウーロンハイは残り1/3だ。
「はい、ハムカツに揚げ出し豆腐二人前、お待ち」
店員が取り皿も置いていってくれた。大屋さんに目を向けると、はふはふ、とすでに揚げ出し豆腐をかじっている。俺は手に取った一枚の取り皿を樋口さんに差し出し、食べますか?と揚げ出し豆腐を進める。
「熱いうちに」
そう言うと、素直に揚げ出し豆腐をもらう樋口さん。「ハムカツも食べな」と言う大屋さんが最後に付け加える、一枚だよ、と。ハムカツは四枚皿に盛られていた。
「あっ、濃い出汁が美味しい」
さっそく樋口さんは揚げ出し豆腐を口にすると、迷わず日本酒を飲み干した。分かります、その味の濃さが喉の渇きを誘うのを。俺も負けてられないと、無意味にウーロンハイを飲み干した。
「イカの丸焼きとキスの天ぷらです」
香ばしい醤油の匂いと共にイカの丸焼きが、そして大振りのキス天プラが五尾も盛られた皿が運ばれてきた。空のグラスに気付き、おかわりは?と店員が聞いてくれる。俺は、同じウーロンハイで、と言ってから目で、樋口さんもどうぞ、と合図すると、
「私も同じこの日本酒下さい」
空のグラスが入った升を少し前に出すようにして言った。同じやつね、と俺と樋口さんに頷いた店員が、運んできた天つゆの器を指差して「人数分欲しい?」と聞く。構わず答えた。
「俺は揚げ出し豆腐の残った出汁つゆで食べるんで」
「そうしよう」
すかさず大屋さんが一番大振りのキス天プラを、自分の出汁つゆにつけて食べた。サクッ、と衣の音でたんぱくながらもクセのない味が想像つく。まったく、大屋さんは真っ先においしいとこ持っていきますね。
すでにおかわりのウーロンハイと日本酒が届いていた。肉入り野菜炒めはまだかなと思っていると、
「何!ウーロンハイ安いね」
メニュー冊子をまた開いていた大屋さんが騒ぐ。いや、隣の席まで聞こえそうな声で喋っている。すでに二杯目の生ビールを飲み干して、別の酒に切り換えようとしているようだ。
「大屋さん・・、酒の値段見てなかったんですか?」
呆れて言う俺に、
「やはり、安いですよね。酒も食べ物のメニューも、この酒場」
気にはなっていた様子で樋口さんも聞いてきた。そうです、この酒場は酒も料理も安いんです。そして、昼から飲めるんです。
「安いなら奢られても安心だね、野子ちゃん」
何でそうなるんですか、大屋さん。話を振られた樋口さんまで頷いて、二杯目の日本酒を口にした。
「鳥の唐揚げ、肉入り野菜炒め、お待ち!」
「ナイスタイミング!店員さん。麦焼酎の水割りで氷なし、ちょうだい」
店員が空の大ジョッキを引き取って去った時には、大屋さんは一つ摘まんだ鳥の唐揚げを頬張っていた。いやぁ、下味染みてそうな揚げた色のその唐揚げには、生ビールが合うんじゃなかったんですかね?横目で大屋さんを見ながらウーロンハイを飲んでいると、麦焼酎の水割りが届いた。
「プハー、唐揚げには麦でしょ!」
あーっ、麦のビールじゃなく焼酎の麦ね。満足げな大屋さんの表情に納得した俺だった。この組み合わせも有りか、と。不意に声がした。
「あの!」
樋口さんの方に顔を向けると、
「肉入り野菜炒め食べてもいいですか?」
湯気が立つ野菜と肉が半々の割合の盛り付けの野菜炒め。人参の赤の彩りに食欲が刺激されたのか、箸でよそう体勢に入っていた。
どうぞ、と進め、続けて肉入り野菜炒めを食べる俺の表情は、まんざらでもない、と見えてもしょうがないだろう。
「いい酒場ですね」
樋口さんの一言に大屋さんが店内を見回して言った。
「なんだい、昼間とはいえあらかたテーブルにお客、座ってるね」
いつの間にか店内には、お客の話し声というBGMが流れていた。もちろん、我々三人も音量に貢献している。
俺はまだ手に持ったままのウーロンハイを目の前に掲げていた。示し合わせるわけでもないのに、大屋さんと樋口さんも同じ動きをする。そして自然と互いにまた言葉が出た、「カンパイ」と。
「今日は私のために、この酒場に連れてきてくれてありがとうございます。このままだと酔いすぎて、悪ふざけしたこと謝れません」
昼飲みだけあって、樋口さんは晴れやかな顔付きになっている。
「就職活動中の学生のふりをしましたが・・」
「はーい!ストップ!」
ここで俺と樋口さんのあいだに、伸ばした片手を振り下ろすように出すと、
「ジャジャン!では野子ちゃんは、何をしている人でしょーか?・・当ててみてよ」
大屋さんが聞いてきた。その美味しい肴をもったいぶる眼差しは、まだ、酔っぱらってはいないようだった。
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