第4話 肴も頼みましょう
樋口さんは静かに日本酒のグラスを持ち上げ半分飲み干すと、升にあふれた日本酒をグラスに戻しテーブルに置いた。
「バレちゃいました?ごめんなさい」
両手で包んだ升に視線を落とす表情は悲しげだ。
「あちゃー」とおでこを叩いた大屋さんが、シャケは騙されなかったか、とさりげなくヒドイ事を言う。
「残念でした」大袈裟に顔をしかめて見せた。
「責めないでおくれ、野子ちゃんも悪気があって騙したんじゃないよ」
メニューの冊子は手放さずに、樋口さんの事情をやはり知っていた大屋さんが謝った。
空いた腹ではお互い落ち着いて飲めやしない。沈む樋口さんを励まそうと明るく言う。
「別に責めてはいませんよ。事情がありそうなのは解りました。さあさあ、カンパイしたなら食べ物注文しましょう」
「ドンマイ野子ちゃん。まあ、何か食べながら今回のネタばらししていこうか?安心して、この店はシャケの奢りだよ」
どれにする?と珍しく大屋さんが気を利かせて、樋口さんにメニューの冊子を差し出した。
それよりか、大屋さん、この酒場は俺が持つんですね。なんて口が裂けても言えないので、ここは近くにいる店員を呼ぶため、ぴんと片手を伸ばしてみた。
「ちょっと、まだ頼むの決めてないよ」
大屋さんが待ったをかけるように、俺の肩を叩く。その時、
「私、みんなでつまめる料理頼みます」
樋口さんが、これとこれ、と焼き鳥盛合せと刺身盛合せを指差して、「でいいですか?」と聞いてきた。どうやら、気を取り直した様子だ。俺はよかったと安堵して言った。
「いいんですよ。お互い食べたい肴を注文しましょう。もちろんシェアしてもいいですんよ」
樋口さんは口を閉じる。しかし、唇の両端は上がっているので、分かりました、と受け取っていいだろう。
「注文決まった?」
いつの間にか、側にいた店員が聞いてくる。どうやら俺たちのやり取りを待っていてくれたらしい。これは申し訳ない。
「あたし、鳥の唐揚げ大盛りとハムカツ」
・・大屋さんアゲアゲですね。てか、大盛りなんてありません。「ふうー」と、大きくため息を吐いて、樋口さんに、お先にどうぞ、と手を向けて促した。
「じゃあ、私は・・イカの丸焼きとキスの天ぷら、お願いします」
「はいよ」と店員が会計伝票に素早く書き込んで、残った俺を見る。待ってましたと、
「肉入り野菜炒めと揚げ出し豆腐ください」
短冊メニューで気になっていた二品を迷わず注文した。
「揚げ出し豆腐いいね、もう一つちょうだい」
また揚げ物に反応する大屋さんが追加を言うと、店員は「揚げ出し豆腐二人前ね」と確認して、
「鳥の唐揚げは大盛りないから、二人前にする?」
大屋さんの残念な注文にわざわざ反応してくれた。店員さん、まことにありがとう。
「どうしようか?・・ほかになんかオススメある?」
「そうだね、刺身三点盛りなんてどうだい?今朝仕入れたので、いいのあるよ」
それ決まり!と大屋さんが人差し指を店員に向かって立てると、店員が頷いて「じゃあ三点盛りね」そう書き込んで、もう一度頼んだメニューを確認していって、ようやく注文が終わった。
また俺はウーロンハイを一口飲む。「あー」と、染みる喉ごしに、改めて持ったグラスを眺めてみた。氷入りなのにウーロン茶の色は濃く、しっかり焼酎の強さも感じる。すなわち「旨い!」
「鮭太郎さん、あらためて嘘ついてごめんなさい。実は・・」
樋口さんが申し訳なさそうに上目でこちらを見た。すかさず大屋さんが俺の気持ちを代弁してくれる。「気にしない、気にしない」と。でも頼んでいませんよ。すると、
「刺身三点盛り、お待ち!」
運んできた店員が、今日はカツオにイワシにマグロだよ、と付け加えて人数分の醤油皿を置いていってくれた。
その間、しきりに「早っ、注文早いね」と小声でささやく大屋さんと、声には出さないが同じ事を思ったように口を開けている樋口さんが面白い。そうです、この酒場は酒でも料理でも出てくるの早いんですよ。と、ちょっと鼻が伸びた気分の俺。
「すみませーん、生おかわり!」
立ち去った店員の後ろを通る店員に向かって、大屋さんが空の大ジョッキを掲げた。大屋さん、あなたも十分早いですよ、空けるのが。そう思いながら、伸びた鼻は元に戻った。
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