第2話 目指す先は
酒場を探してる?確かにそう聞こえたが・・。
「それなら、事務所の1階の『大漁海鮮丸』オススメですよ」
たまらず大屋さんに助け船を求めた。が、さほど熱くもないコーヒーを、ふうふう、と冷ましながら俺を見ているだけだった。
「またやっちゃった!言葉足らずで、ご、ごめんなさい」
樋口さんは慌てながら両手を振って、ペコリと頭を下げると続けた。
「私の父を連れて行く酒場を探していまして、こちらの方の、鮭太郎さんが酒場に詳しいというので、教えて下さればと思い伺いました」
また深々と丁寧なお辞儀をする。
ストライプ柄のシャツの襟を正し、ジャケットのしわを伸ばすように畏まった樋口さんが、俺が面接官であるかのような姿勢で語り始めた。
就職活動中の大学生、樋口野子さん。なかなか就職の内定が決まらずに、焦りと共に諦めの気持ちで晴れない日々のなか、田舎の父親から上京の連絡が来たそうだ。
樋口さんは父親が自分を励すつもりだと分かっていたが、あえて父親に美味しいものでもご馳走しようか?と話したところ、酒場に連れて行ってくれるだけでいい、そう言われたそうだ。
ただ酒場といっても曖昧なので、具体的に行きたい酒場や食べたい料理は?と聞いたところ、
「父は言ったんです。『罪悪に打ち勝つところへ』そう言うと電話口で、わはは、って笑っているんです!」
力強く拳を握る樋口さん。そこで意地でもあっと言わせる酒場に連れて行こうと探したが、「罪悪に打ち勝つ」謎が分からずに、大屋さんを経て俺に至った訳だ。
「なるほど」頷いて見せた俺に、
「ね?あんたなら、ズバッとここがオススメ!って酒場あるでしょ?いつも飲み歩いて体に悪い毎日のあんたなら。教えなさいよ」
大屋さんはさりげなく罪なことを言ってくれる。飲み歩いてますけど、俺だって休肝日ありますよ!
「事情はわかりました。ただ・・謎ということでもないですよ。心当たりはあります。が、それよりも疑問に思うことが・・」
「もったいぶらず、言いなさいよ!」
割り込む大屋さんに、ちょっと黙ってくださいと、顔をしかめてみせた。
「お願いします!ぜひ聞かせてください。もちろん、謝礼もいたします!」
樋口さんの言葉に、しかめた顔のまま我に返ってみると、恥ずかしさを飲んで誤魔化したい気持ちになってくる。
「教えるのは簡単ですけど、いかがですか?一度その教える酒場に行ってみませんか?ね、大屋さん」
樋口さんと大屋さんの反応を見る。
みるみる目が見開いていく大屋さんと、大きく目を見開いたまま固まる樋口さんだった。俺はチラッと掛け時計を確認すると、時刻は10時半を示している。・・ちょうどいい。
「樋口さん、今日はこの後予定はありますか?」
「えっ?予定ですか?」
ありません、そう言いながら、ナイナイ、と右手を振ってみせた。
「せっかくなので、これから三人で酒場行きましょう」
「賛成!」
大屋さん、大屋さんだって十分飲んべえの反応ですよ。
「こんな白昼から・・」
そうして、驚く樋口さんは半ば強引に大屋さんに引っ張られる格好で、俺が連れて行く酒場に行くこととなった。
ー電車で移動中ー
A市のA駅に降りた。ここは人口40万の東京のベッドタウン都市。駅の南口から足を運ぶとする。事務所からここまで所要時間25分ほど。
その間、樋口さんは先ほどまでのハキハキとした態度とは変わって、口を結んだまま席に座っていた。大屋さんといえば、久しぶりの昼飲みに、何かにつけ俺に絡んでくる。正直、大屋さん、電車内はお静かに。
「こっちの商店街を行きます」
駅前正面から左前方斜めに伸びる商店街を指し示す。
「けっこう人歩いてるじゃない。冷やかしはゴメンだよ」
大屋さん、冷やかしでふらつくなら確かに自分たちは違います、目指す先がありますから。昼から飲みに行く先が・・。
しかし、確かにこの商店街は、いつも平日の日中も人が行き交っている。個人の営む商店が軒を連ねるというより、チェーン店が立ち並ぶ比較的新しい建物に再開発の面影がちらつく。
「・・」
俺と大屋さんの後ろを付いてくる樋口さんは電車を降りても無言だった。「まだ歩くのかい」と大屋さんの言うように、目指す酒場は駅から商店街をちょっと歩く。大屋さんの我慢はいいとして?樋口さんの沈黙の気まずさが俺は長く感じた。
「ここです」やっと今日の酒場へと辿り着き、入り口を飾るように両手を広げ紹介してみせる。
「へぇー」
二人揃えたように俺に向かって答えてくれたが、声のトーンは相変わらず真逆だった。
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