酒場探偵のカンパイ酔裡

夏梅はも

白日の真実

第1話 カンパイには遠いです

「シャケいるかい?」


 今日も大屋さんは暇なのか、俺の探偵事務所に、正確には俺が借りている探偵事務所にやって来た。・・待てよ?ということは俺が暇なのか?


「何ボーッとしてるんだい!」


「おっと」すかさず半身ひねって、肘掛け椅子から腰をあげた。強烈な大屋さんの腕振りは空振りに終わる。もっとも、強烈なんて言ったら、確実にアウトだ、俺が。


「大屋さん、シャケじゃなく鮭、鮭太郎ですよ。俺の名前!」


「どっちだって意味おんなじでしょ」


 はいはい、いつもの挨拶が終わったところで付け加える。「おはようございます」と。その時、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。


 どうぞ開いてます、そう俺が答える前に大屋さんはドアを開けていた。


「やっぱり野子ちゃんだ!来る頃だと思ってたのよ」


 はたく手の仕草で呼ぶ寄せるのは、おばちゃんっぽいが、なんだ大屋さんの知り合いか。


 就活の大学生かな?リクルートスーツが妙に馴染んでいる女性が一歩進み出て、


「朝早くにお邪魔して申し訳ありません。本日は勝沼さんに無理を頼みまして、こちらに伺いました。樋口野子と申します」


 深々と丁寧なお辞儀をする。


「野子ちゃんごめんね、あたしも今来たばっかしで。あんたのことまだシャケ太郎に言ってなくて」


 それは大屋さんのいつもの絡みが・・、いやいや挨拶が長いからで、それに、


「シャケ太郎じゃなく鮭太郎です」


 だからこれが話を引っ張ってるんだって。


「鮭太郎さん?」


 首をかしげた樋口さんの反応は、初対面の人がするいつもの反応だった。


「初めまして、伏見鮭太郎です。『鮭』とは両親が生まれ故郷に帰る鮭のように、世に出ても必ず無事、生まれ育った家に帰って来るように、と願いを込めて名付けてくれまして」


「まあ素敵。それが今や鮭太郎が『酒』太郎になって、寝床に帰るのもままならない酒飲みに育ったもんだよ」


 大屋さんが答えてどうすんですか!なんて呆れながらも樋口さんと目があって、ははは、と笑うしかない。


「大屋さんと知り合いのようで、今日は何か御用でも・・」


 俺と助手一人の小さな探偵事務所だ。狭い部屋に置かれたソファーに、どうぞ、と進めた。すでに大屋さんが腰掛けて「ここ座りなさい」って、バンバンと隣の席を叩いている。


「今助手が出張で不在で、コーヒーでいいですか?ちょうど淹れたてが」


「探偵のあんたは暇で、助手の恵比須ちゃんは忙しいなんてね」


 聞こえませんよ大屋さん、構わず窓際の棚に近寄ると、カップホルダーに紙コップを差し込みながらコーヒーポットに手を掛ける。


「あたしミルク増し増しに砂糖」と注文をつける大屋さんは無視しといて、樋口さんに視線を向けるとよく通る声で、


「でしたらブラックで」と伝えてくれた。


 しかし、就活のためなのか?言葉の発し方が綺麗だ。俺がジーっと樋口さんを見ていると、


「冷めちゃうじゃない」


 大屋さんの催促で急いでコーヒーを運び、俺もソファーに腰掛けた。


「調査の依頼ですか?」


「いえ、あることで勝沼さんに相談したら、もってこいの方がいるとの事で」


 早速一口コーヒーを啜った後、「要はあんたに謎解きをしてもらいたいんだよ」大屋さんはケロリと答えた。


 ちょっと・・、下を向くと大袈裟に右手を突き出して、「大屋さん」声は震えている。誤解を解かなくては。


「謎解きなんてのは、推理小説に出てくる探偵がするんですよ」


 大屋さんに唾が飛んでってないかの勢いで続けて訂正する。


「うちの探偵事務所は世間一般の調査の依頼を受けるところですよ!」


「それはー、失礼しましたー」


 なぜか樋口さんが答えた。歌うように左手を胸に添え、右手を俺に差し出しながら。一瞬の驚きに、大屋さんは口笛を吹くような、とぼけた表情なので話題を変えた。


「・・ところでお二人は・・どういった知り合いで」


 芝居じみたやりとりに、若干の恥ずかしさを感じつつ、とにかく話を進めないと。


 大屋さん曰く、「あたしの仕事仲間だった同期の後輩なの」


 それは・・友達の友達?ツッコミたいところだが、それより気になる、


「仕事仲間って、大屋さんどこで働いていたんですか?」


「あたしだってこの若さで家業の大屋継ぐまでは働いていたんだよ、そりゃ」


 いや、だからどこで働いていたのかって話ですよ。何より若さを言うなら、その口調をもう少し若返らせたらどうなんですか?声に出したつもりはないのに、


「不満そうだね、口角なんか下げて」


 顔に出ていたようだ・・。気を取り直しわざとらしく咳払いをやってみせて、


「それで、大屋さんに相談した『謎解き』というのを聞かせてください」


 樋口さんへコーヒーを勧めながら聞いてみた。


 大きく息を吸い込んだ、次の瞬間、


「わたしっ、酒場を探してるんです!」


 そう答えた彼女の瞳は熱燗のような熱を帯びていた。

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