第16話 冬の到来と新年準備



 公衆浴場がすったもんだの末にオープンした次の週に、とうとう雪が舞った。厚い雲から舞い降りる雪と白い息に、すっかり冬になったことを思い知る。

 エーデルドさんと出会った時が初夏だったから、それでもまだ半年も経ってないなんて信じられないくらいだ。去年の冬は、いつ一人この集落に取り残されるのかとビクビクしながら看病をしていたから…。

「…グルゥ」

「うん、大丈夫だよ、シルバー。ごめんね。ちょっと雪見てたら思い出しちゃっただけだよ。さあ、あと一息だから片付けよう」


 今日は工房用の小屋が順次出来てきたから、集落の家々を片付けた時に一時的に引き取って物置小屋に置いておいた荷物を使う分を検分して出す作業をしていたのだ。

 もふっと寄りそって来たシルバーに、そっと抱き着くと冬毛の柔らかなもふもふにもふっと顔が埋まった。

「…シルバーは温かいね。この集落もまた賑やかになって皆喜んでくれているよね」

「ガァウ」

 寄り添ったぬくもりに、ほっとしながら無意識に毛並みをもふもふする。

 もふもふもふもふ。もふもふもふもふ。いつでもシルバーは私の隣にいてくれた。私の家族はまだここにいるんだ。

 雪の見て思い出してしまった去年の今頃の身を焦がすような焦燥感を振り払うようにガシガシとシルバーの毛並みをかき回した。


「そうだよね。皆一人残して行く私のことを本当に心配していてくれたもの。よーしっ!しんみりするの、もう終わりっ!さっさと片付けてお風呂場作るんだからね!」

「バウバウっ!」

 最後にぎゅーっと抱きしめてからよしっ!と立ち上がり、物置の扉を開けた。


 元々エリザナおばあちゃんの家は集落の外れにあるけれど、家と小さな物置、そして薬草を煎じる為の作業小屋もある。

 エルフ系のイリアスさんが薬草と薬に詳しく、里では薬師役をしていたそうで、一緒に落ち着いたらお互いの知識をすり合わせつつ研究しようと話している。他にも薬師に興味がある子がいたので、見習いとして来てもらうつもりだ。

 その薬師工房として、エリザナおばあちゃんの作業小屋を提供することにしたのだ。道具も一通りはあるし、荷物を片付ければ三人くらいなら作業出来るスペースもあるから、新しい作業小屋を作って荷物を入れるよりもその方が面倒がないし、それに落ち着いたら呪術も素質があるような人に教えたいので、エリザナおばあちゃんの荷物も整理したいから、それも兼ねて作業小屋と家と物置も片付けていた。

 ついでにこれを機にエリザナおばあちゃんの残したものを全部見直してみようと思っている。多分呪術についてだって、私が知らないことがまだまだあるに違いないのだ。

 エリザナおばあちゃんが私に教えなかった理由はあるんだろうけれど、そこはここに皆を受け入れた時にエリザナおばあちゃんの意思よりも皆の為になるなら自分で確かめてから判断しようと決めたのだから。


「リザー!どうしたの?何かあった?」

「ピュラ!どうしたのってそれは私のセリフだよ。どうしたの?そんなに慌てて」

「…大丈夫そうね。まあ、いいわ。大丈夫なら」

 ほっと息を吐くピュラの姿に、私のことを他の精霊に見ていてくれと頼んでまで気にしてくれていたことを知る。

 そんなに不安定に見えたのかな?今の私が。

「もう、ピュラったら本当に心配性だよね。そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ?もう一人じゃなくなったし、シルバーもいるんだし」

「そうよねー。あんなに小さくてピーピー泣いていたリザが、もう成人する年になったのよねー」

「ああっ!そっかー。ここでは年始で一斉に年を取って十六で成人だったよね。すっかり忘れてたわ!皆にも里のやり方とかも確認しておかなきゃね!」


 本当にそんなことすっかり忘れていたのだ。つい前世?込みで考えてしまうから、自分の年齢のことなんてすっかり意識もしてなかったのだ。

 去年までは集落の人にリザの成人はちゃんと祝いたいって言われていたのに…。そのことも気残りにさせてしまったかな…。

 大丈夫だよ、皆。こうやって気にしてくれるピュラもいるし、シルバーもいる。今は集落も人が増えたよ。好き勝手楽しくやっているからね。

「あんたねー…。なんでそんな他人事なのよ。自分のことじゃないの。あっ、そうか。前は違かったのね?」

「うん、そうなのよ。十六なんて向こうじゃあただの高校生、うんとただの学生なんだよ。まだ自分だけじゃなーんにも出来なくて、親に甘えっぱなしだね。向こうの成人は二十歳なんだよ。まあ大学っていう学校が二十二歳まであったから、二十歳で大人って言われても、大人になり切れてない感じだったかなー」

 久しぶりに向こうのことを思い出して、ピュラの言葉に答える。

「そうなんだー。なんか全然違うのねー。まあ、聞いた話だとこっちより全然平和な世界みたいだものね」

「うん、そう。命のやり取りなんて普通にしてたらまったく無かったからね」


 日本の十五歳の頃の自分を思い出しても、高校受験が終わって遊ぶことばかり考えてただけで、将来の自分の仕事なんて全然ピンともなかなった。

 それなのにこっちの十五歳なんて、十六歳の成人で独り立ちして家を出て結婚する人もいるって話だものねー。

 まあ、物心ついた頃には家の仕事を手伝うんだから、こっちの子たちは子供でいられる時間って少ないから、そういう感じなんだろうなー。


 私自身のことはまだそんな実感はない。というか自分的には記憶があるから、最初から子供だとは自分であまり意識してなかったってのはあるけれど。

「そっちの方が想像できないわ、私には。人間なんていつでも勝手に争って勝手に死んだり生きたりしてるもの」

「うん、まあそうだよねー」

 まあ、地球でもまだまだ紛争地帯なんてものもあったからそれも分かるけど。日本が平和ボケしていただけだったのかもね。

 ピュラには赤ん坊の頃から知られているから、子供の頃にこの世界のことを質問したことが何度もある。それで前世?だかの異世界で暮らしていた記憶があるってことは伝えてあるし、その時に向こうのことを色々聞かれて答えてもいた。それを思い返しているんだろう。


「グルルル…」

「んー?シルバー。どうしたの?ああ、向こうの方が良かったって思ってないかって心配してるの?今ではこっちの方が好きよ。生きてるって感じがすごく実感出来て、毎日が楽しいもの。それにシルバーもいるしね!もうシルバーをもふもふしない生活なんて想像できないよ!」

 ほーらもふもふもふもふー。せっかく手放したのに、ついまたシルバーをもふもふする。本当にいいもふもふです(まる)。

「…あんたねー。あ、成人が二十歳なら、向こうでは結婚もそうだったの?」

「んー?ああ、一応法律、住んでた国の決まりでは十八歳からだったかな。まあ親の許可もいるし、普通に十八歳で自分で生活出来る人なんてほとんどいなかったから、結婚なんて普通は二十歳を過ぎて働き出してからね。私も二十五歳で働いていたけど結婚はしてなかったし。まだするつもりもなかったし」


「ふーん、そう。良かったのか良くないのか微妙だけど。聞けて良かったわね?シルバー」

「…バウ」

「??どうしたの?ピュラ。シルバーも」

 元気ないシルバーの声に顔を見ようとすると避けられた。ちょっと耳が垂れ気味でピクピクしているから、思わず耳に手をのばしてもふもふしてしまった。それでもシルバーはこっちを見なかったけれど。

「いいのよ、リザは気にしなくて。ちゃんとそのうち分かるから。ああ、そうそう。向こうではどうだか知らないけど、こちらでは成人はちゃんと祝うわよ。というかお祝いは五歳と成人くらいしかしないから、ちゃんと聞いておいた方がいいわよ?あと結婚も成人すれば出来るようになるんだからね!」

 精霊であるピュラがそんな人間のことなんて細かいとこまで知っている必要なんてないから、私の為に色々人間のことを調べていてくれたということだろう。もう、本当にピュラはいいお姉ちゃんだよね。

「うん、分かった!ありがとう、ピュラ。本当にうっかりそんなことさっぱり忘れていたもの」

「ふーーん(本当に全然意識もないわね、これは)。ま、いいわ。リザだしね。じゃあもう行くわね」

「うん、ありがとう、ピュラ。そのうち森へも行くから!またね!」

 ララが同じ年なんだから、成人する人がいるなら、お祝いしないとね!忘れない内に聞きにいかなきゃ!



 今日は休みだったけれど、片付けが一段落したところで集会所に顔を出すことにした。夕飯までにはまだ時間はあるけれど、何だったら当番ではないけれど、手伝ってもいいしね。

「あれ?リザ、今日は当番じゃなかったわよね?どうしたの?」

「こんにちわ、ララ。予定してた倉庫の片付けが一段落したから、ちょっと来てみただけよ。ララは今日は夕食当番?」

「そうなのよ。あ、エーデルドさんがそういえばリザは今日はいないの?って聞いてたから、どうせなら会ってみたら?」

「そうなの?ありがとう。ちょっと話をしてみるね」


 せっかくここで同じ年のララに会ったのだから、さりげなく『今度成人だけど里ではどうやっていたの?』って聞けば良かったんだけど、さっきまですっかり忘れていたバツの悪さからつい聞けずに集会所の二階にある自分用の部屋に向かう。

「リザ!丁度良かった。探していたところだったんだ」

「エーデルドさん。今ララに丁度探していたって聞いたところでした。どうされたんですか?何か問題でもありましたか?」

 リザは今、一応仕事として薬師、そして呪術の教師をしながら、分担である村の作業(農地、狩り、他)の当番などをやりつつ、作業分担の表作りや目安箱を置いて意見なんかがあったら取りまとめる役をやっていた。

 まあ意見と言ってもそんなにある訳でもなく、相談とかが多かったけれど。一応会議室の隣に小さな小部屋を作って貰ってはいた。


「いや、問題ってもんでもないんだけれど。今度リザが会議を開いて欲しいって言っていただろう?それが新年を迎える行事とかについてだったら先に里でのことを説明でもしておこうかとか思ったんだけれどね」

「それは聞きたかったところだったので、丁度良かったです。私の方はほら、老人しかいない少数集落だったので。新年とか別に何もしなかったんですよね。なんで新年のことなんてすっかり忘れていたくらいで…」

「…ああ、そうか。新年は冬で雪に閉ざされていたから、お祭りというか食事会もするのは大変だったとか、かな?」

「多分そういうことだったんだと思います。シルバーが来てからはお肉に困ることはなかったし、もうその頃には私が皆を看病していましたし、そんなにお肉もいらなかったんですけどね。まあ、雪は降っても森には食べる物はあるし、畑も一人で出来るだけはやってましたから、食べ物には余裕があったんですけどね」

「…成程。では、リザはこれから何かしたいことはあるのかな?今はまあ、そんなに食料に余裕があるという訳ではないけれど、ね」


 これから。

 そう、今年がこうやってまた集落に人の笑顔が戻って来て、新しい年を迎える。こうやってこれからは皆で迎えられる、その最初の年。

「あっ!成人のお祝いのことも忘れてたんですよ!子供なんか私だけだったので、全然関係なかったから今までどうやってたかとか、どうやって祝うのだとか、全然私は実は知らなかったりするので、それも聞かなきゃと思って早めに来たとこだったんです」

 うっかりまた忘れるところだった、と正直に切り出す。こちらでは日本の成人式みたいなものがあるのかは分からないけれど、しきたりとかはあるかもしれないしね。

 そう私が切り出すと、エーデルドさんは一瞬目を見開いてから、ちょっと考えこむと頷いて答えてくれた。


「おお、成程。…そうか、初めて、なんだね。成人も。成人のお祝いは多分国とか種族によっても違うものだと聞いているよ。里では皆同じだったけれどね。…リザはお祝いをどんな風にしたい、とか考えはあるのかな?」

「うーん。忘れてたくらいなので。お祭りくらいしか思い浮かばないですね」

 晴れ着を着てお参りって、晴れ着もないしお参りする場所もないし。っていうかこの世界の信仰がどうなっているのかも、そういえば確認してなかったわ…。まあ日本の成人式だって、自覚を促す節目のようなものだし。お祝いなんてお祭りくらいしか思いつかないわよね…。

「では、今回は私達でやってもみてもいいかな?いや、里でのやり方がしたいって訳ではないんだけれ、この間の秋祭りが楽しかったので、色々やりたいねって皆言ってたので、やりたい人に任せてみれば、楽しいものが出来そうな気がしないかい?」

「ああ、いいですね、それ!全部私が決めなきゃって訳ではまったく、全然ないので!今晩の夕食の時でも声だけかけてみますか」


 調味料を色々揃えてちょこっと日本の調理方とか教えたら、どんどん新しい味が出て来て凄い美味しい食事になってるのよね。食事が美味しいだけで、人は幸せを感じられるもの。

「ええ、そうしましょう。食料もとりあえず春までの見通しが立つ分を残せばなんとか豪華になるでしょうしね」

「そうですね!みんな最近色々作ってくれるから、新しい美味しい料理もたくさん出来るかもしれませんね!お肉とか野草は冬にも採れるのがあるので、小麦の在庫だけ気にしてくれれば無礼講にしてしまいましょうか」

「いいですね。そうしますね。ではアランナさんに声を先に声を掛けて来ます」

「分かりました。この件はエーデルドさんにお任せしちゃいますね。せっかくなので夕食までちょっと意見箱見てきます」

「はい。では、また」

「はい」


 その後はエーデルドさんに言った通り、いつものように目安箱を覗いてから、建築作業の進行状況を見て仕事当番表を見直したり夕食の声がかかるまで作業をしていた。

 里での成人のお祝いは今までどうやっていたのかを聞こうと思っていたのに、そんなことすっかり忘れてしかもエーデルドさんに頼んだことでもう終わったものだとさっぱりしていた。


 だからエーデルドさんがアランナさん達に、そして食事に集まった人達に声を掛けて相談していたことなど、全然知りもしなかった。



 ましてやピュラがシルバーにこんなことを言っていたなんて。

「シルバー!もうリザも成人だからね!これ以上いくらシルバーが納得しなくても、もう待たないでリザに説明しちゃうからねっ!それがイヤだったらちゃんとなんとかしなさいよっ!」

「…グルグルグルルルル。バウ…」



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お久しぶりです!長々と更新できないですみませんでした<(_ _)>

私生活がバタバタしていたら、すっかりスランプに陥ってしまいました(涙)お待たせしてすみません。

年末で仕事も忙しいので、またのんびり更新を再開出来たらと思います。またのんびりお待ちいただけたら嬉しいです。

内政?というか日常生活話を何話か書いた後は、リザやシルバーのお話に突入予定です!宜しくお願いします!


あと読みやすいように改行を増やしました。今までの話も折を見て改行の改稿する予定です。 


こっそり追記(12/15)衝動のままアルファポリスに新作を投稿しましたー

『もふもふと生産しながらスローライフ目指します!』

一応今のところアルファポリスのみです。

こちらと両立連載しますので良かったら覗いてみて下さいです。

(作風毛並みはちょい違いますが)


 

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