第14話 お風呂準備とお祭り
秋も深まり、どんどん寒くなって、夜にふと起きるとブルリと震えれる時が増えて来た。もう季節は初冬になり、もう少しすれば雪がちらつく日も出て来るだろう。
「ふっふっふ。今日もとれましたねー、ダリルさん。これならまだ掘れそうですね。これで造れますかね!」
「はっはっは!そうなだ、リザじょうちゃん!炉も完成させたし、これで製鉄にかかれるぜっ!あとは建物を建てちまえば鍛冶場の完成だぜ!」
「はい!鉱石はこっちで掘りますから、設備の方はお願いしますね!石も切り出しておきますから!早速公衆浴場の建物も建てないとっ!」
「おうともよっ!はっはっは!これで冬は思う存分鍛冶が出来るってものよっ!」
「最初はお風呂ですからね!それを忘れないでくださいよ!」
「まかせておけっ!!」
ふっふっふ。はっはっは。とハイテンションのまま森の中で笑い合うリザとダリルに、少し離れた場所からシルバーとピュラの呆れた視線が突き刺さる。
移住が終わったら祭りをすることを皆に告知して準備を指示して、リザとダリルはお風呂と鍛冶場の為に念願の発掘作業を開始していた。まだ建物の建築が全部終わっていない為、リザとダリルさんの二人とシルバーだけでの作業だったけれど。
里から集落へと移住して来た時に、ダリルさんが石炭の層を見つけていたから後は鉄鉱石だけだったけれど、それもダリルさんが作業の合間に周辺を探索していて、大体の場所の検討は終わっていたから、あとはシルバーの機動力に頼って探索したところ、あっさりと鉱床も見つけることが出来た。石灰石は小川の傍で前から見つけていたから、後はもう掘って作業をするだけ、というところまで来た。石灰石を窯で焼ければ、コンクリートを造ることが出来るから、これで風呂場も造れる!
今までは石炭がなければどうせ温度が上がらないし、窯を造れる技術もなかったから指をくわえて石灰石だけ見てたから、これで利用することが出来るのだ!
掘るのはリザが魔法でやればすむ。運ぶのだけは人手がいるけれど、とりあえずはシルバーに何度か運んで貰えばお風呂用くらいは間に合うだろうし。後はおいおい運べばいい。
ダリルはまごうことなきドワーフのイメージ通りの職人で、物造り以外には興味も示さない。だからリザもすっかりダリルのことは信用していたし誓約もあるから、魔法のことを説明して掘って見せた。
まあ予想の通りにダリルさんは掘る作業に手がかからないことを喜んだだけだったけどね。
しかもダリルは建築作業が終わった後に、こっそりと毎日こつこつ作業していて鍛冶場の土台や窯や炉の設置まで終わらせてあったのだ。これで一気に話が進んだのである。
「ねえリザー。いい加減戻って来なさい。さっさと村に戻って祭りの準備もしないと、明日には最後の移住してくる人が到着するんでしょー?」
「ガウガウ」
「あっ!ごめんごめん。じゃあさっさと今回の分を詰めちゃいましょ、ダリルさん」
「おうよっ!」
集落の中央の広場には、賑やかな声が満ちていた。エルフに伝わっているという琵琶に似た弦楽器が奏でられ、それに合わせて流麗な声で歌が歌われている。
「リザー!何やってるの、こっちの料理美味しいよー!」
「ララ!ハンナちゃん!ちょっと待ってね、これ運んじゃうから!」
「えー、お祭りは楽しむものって自分が言ったのに、またリザってば手伝ってたの?」
「あはははは。たまたま通りかかっただけよ。ちょっと待っててね!あ、料理、とっておいてね!!」
今日は予告したお祭りが行われている。
ダリルさんと掘りに行った次の日。予定通り移住する予定の最後の人達が全員無事に集落に到着した。
すっかりキレイに整えられた集落の入り口で出迎え、全員揃ったところで改めて里の長老であるサジスティさんから挨拶を受けた。そしてエーデルドさんに移住の条件として言ったことを守ることの宣言と、誓約を交わした。
もう里の人達が自分達で言うように『森の民』として森や精霊を害するとは思ってはいなかったけれど、けじめとして最初の約束通りにすることにした。
この『誓約』が、もし迷うことがあったとしたら、誓約があるから、とその人が踏みとどまる足掛かりになるだろうという思惑もある。里の人達はもう血が薄まっているとはいえ、長命な人も多い。これからの時間も長いからだ。いくら血が薄まったとしても人の血が入っている訳ではない里の人は、人の社会に下りて行くことは悲劇にしかならないと向こうの世界の歴史が証明している。いずれはバルティモア山脈を人間か、人間ではない人達が越えることを選択するまでは、圧倒的な少数である里の人達は人間の前には出ない方が平穏に過ごせると確信出来る。
後は集落への移住自体はスムーズに終わった。アパートに住むことになった人達からも、不満の声はなく、快適だという言葉を貰った。
冬の寒さの対策も、木炭を作って火鉢を設置したことで凍えることなく室内でも過ごせる、とお礼を言われた。
だから移住が終わって三日後の今日、予告通りにお祭りを開催することにしたのだ。
お祭りはアランナさんを始め里のおばちゃん達や、酒を飲めると聞いて張り切った男たちが準備を進めていた。里から移住してきたばかりの人達も、お祭りがあると聞いて歓声をあげていた。
そしていよいよお祭りが開かれる今日、朝から準備に追われていたけれど、お昼にいよいよお祭りの開始となった。
「はーい、追加の料理お待ちー!どんどん食べてねー!」
「おー、ありがとうな、リザちゃん。こんな楽しいの初めてだ」
「本当にな。料理もうまいし酒もうまい。こんなにうまいとめしを食ったのは久々だぜ」
「なー、これもリザちゃんのおかげだよ。リザちゃんも手伝ってないで楽しまないと!」
「そうそう。お祭りは楽しむものよ!って言ったのリザちゃんじゃよ。ほらほら、ここに座りな。ほら、飲んで飲んで」
「いやいやいや。私はお酒まだ飲めませんから!ララとハンナちゃんが美味しい料理とっておいてくれているので!」
でわ!と酔っ払いの集団を後にして戻る。
どこを見回しても楽しそうに酔って話すおっちゃんと、笑いながら料理を食べて笑って遊ぶ女性と子供たち。のんびり酒を飲みつつそれを眺めるお年より達。そこには賑やかな声で溢れていた。
それを見ていると、小さな頃の収穫後やロムさんが来た時の歓迎会を思い出す。あの頃も広場に全員で集まって、皆で楽しい笑い声だけが溢れていた。また、この集落にも笑顔が戻って来た。そう考えると、心の穴が塞がって温もりに満たされて行く気がした。
「リザー!遅いよっ!何一人で笑っているの?早く食べないと冷めちゃうよ!」
「あっ!そうだった!温かい方が美味しいよね。あっ!本当にこれ美味しいね!凄いね、ちゃんと調味料を使いこなしてるし」
渡された燻製肉と野菜の炒めものは、絶妙にハーブを組み合わせて使ってあって、とっても美味しかった。
「ね、美味しいよね!ここに来たら里になかった調味料がいっぱいあったし、リザが燻製のやり方教えてくれたでしょう?もう里の人達も新しい味に興奮しちゃって、生肉もあるけど燻製肉の料理とか新しいのを作りたかったみたいだよ。でも冬を考えれば今から色々試した方がいいのかな?」
「そうだね。この冬は食べ物が多分ギリギリだからこのまま集会所で全員でご飯だしね。まあ朝ご飯くらいは各家でもいいのかもだけどね」
毎食全員で食べるから、作る料理も全員一緒なのでおばちゃん達の全員が腕を振るって献立を決める、ということをしずらい。いつもは採れた材料を見て、最初に来た人が大体の献立を決めて作っている。
「ええー。みんなでご飯食べると美味しいよ?皆で支度して、わいわい話しながら食べて、皆で片付けて。私達もお手伝い出来るのもうれしいし。ねー、ハンナ」
「うん。手伝って作ったご飯、皆が喜んで食べてくれるの見るとうれしい」
えへへ。と照れながら笑ったハンナちゃんがかわいくて、つい手を伸ばして頭をなでなでしてしまう。
「そう言ってくれるとうれしいな。ハンナちゃん達がそれで楽しんでくれてるなら良かった」
「なーに言ってるのよ、リザ!もう、リザはいっつも私達里のことばかり気にしてる!リザは私達のことをそんなに気にすることなんてないのよ!私達が、じゃなくて、こうやって私達を受け入れてくれたリザが笑ってなきゃダメなんだよ!もっともっとリザは好きにしていいんだよ!」
「…みんなが笑ってくれてうれしいよ?私も」
「うん、リザがそう思ってくれているのはちゃんと分かってるし、すっごくありがたいって皆が言ってるよ。でも、今日はリザが皆が揃ったからお祭りしよう、って開いたお祭りだよ?そしたらリザが一番楽しまなきゃ!里と集落じゃなくて、今日から集落にまとまったお祭りでしょ?もうリザはお手伝いなんて十分なんだから一緒に見て回ろう?ほら、あそこにちび達も集まって遊んでるし。今なら多分念願の触り放題だよ?」
「さ、触り放題っっ!ケモミミ、尻尾っ!分かった、ちびちゃん達のところに行きたい!行こう、ララ、ハンナちゃん!」
「「うんっ」」
それからはララとハンナちゃんと一緒に、獣人のちびちゃんのとこに突撃してケモミミと尻尾をもふりながら撫でまわし、演奏を聴き、里での面白い話を聞きながら皆で話をしたり、楽しく時を過ごした。
祭りは夕暮れになっても続き、陽が沈んだ今もまだ広場の中央の焚火に酒に酔って騒ぐ人達を照らしている。今は夕食の片付けをし終わって、うとうとするちびちゃん達をお母さんたちが家に寝かせに帰ったところだ。リザはそんな風景をぼんやりと一人、広場の隅で見ていた。
「グルゥ」
ピクっと寄りかかったシルバーが反応して声を上げた。
「楽しい時は過ぎるのも早いものですね」
「サジスティさん」
シルバーに寄りかかりながらピクピク反応しているシルバーの喉元を撫で、声の方に向き直る。
「こんなに皆が笑っていたのを見ることは、もう出来ないものと思っていた自分を笑うことが出来ましたよ。皆の為に冬の食料を気にせずに祭りを開いてくれてありがとうございました。これで皆も、結界があるということの安心を実感出来たことでしょう」
ああ、サジスティは結界があった時代を、もう結界が無くなるという恐怖を、そして結界が無くなってからのことを、全てを知っている人なんだと気づく。その年月という重みは、自分の前世と足しても全然足りるものではないんだろう。
「…皆が笑ってお礼を言ってくれました。ここに受け入れてくれた私のおかげだって。でも私は笑っている皆さんを見て、ホッとしたんです。…集落の皆を見送ってから自分でここにシルバーと一緒に一人でも残る、と選択したんです。外の世界よりもここにいることを選んだ。なのに。やっぱり一人では寂しかったんですよね。今日それを実感しました。だからエーデルドさんの言葉に頷いて、皆さんを受け入れたのは自分の為だったんですよ。だからお礼を言われても、私が、誓約で縛ってまで条件をつけた私がお礼を言われることではないのに」
「それは違いますよリザさん。私達が里からここに来て、得られたものはたくさんあります。里には十分な農地も、水路も、暖を取る手段も、十分な食料さえなかった。そしてこうやって里の中を自由に笑い合って歩くことさえ難しかったんです。それを全て与えてくれたのはリザさん、貴方ですよ。貴方が笑顔で結界という安全圏の中に向かい入れてくれて、そして暮らしやすいように全てを整えてくれた。だからこそ皆が今笑顔で貴方にお礼を言っているのですよ」
「でも、造ったのは私一人じゃなくて、皆さんです」
私一人の手は小さすぎる。いつもシルバーが助けてくれていた。私一人ではここまで出来なかった。
「ええ。貴方が皆準備して、私達にどうぞと言ってくれましたから。貴方が予定図を見せてくれた時、とても心が躍りました。そしてその通りになるといいなって思って、皆で造ったからこその今です。だから私も貴方にお礼を言いに来たのです。ありがとうございます」
そう笑って頭を下げられても、その重さを感じてしまったから直視できずに寝そべったシルバーのお腹に背を持たれて座った姿勢から、ぎゅっとシルバーの顔に抱き着いた。そこにはいつもと変わらないぬくもりともふもふな感触がある。
「…クウゥ」
「うん、シルバー。…今日ララに言われたんです。『里と集落じゃなくて、今日から集落にまとまったお祭りでしょ?』って。言われてみてやっと気づいたんです。確かにここは私が結界を張っている場所です。だけど皆さんを『受け入れる』って思ってた私は上から皆さんを見てたんですよね…。私自身はララと同じ、ただの少女なのに。皆さんのことなんて会ったばかりだし、何も知りもしないのに。今のサジスティさんの言葉を聞いて決めましたた。これからは里と同じく長老であるサジスティさんがまとめて下さい。私はその中に入ります。あ、お風呂は造りますが!」
「ダメです。私達はエーデルドの言葉を守ると約束してここに来たんです。それでは前提が違ってしまいます」
「でも」
「ダメです。知らないならこれから知って下さい。何も私達のことを全部背負わそうなんて思いません。一緒にやって行きましょう。その為に私達のことを知らない、と言うなら知って下さい。そして貴方はただこの集落の完成図を描いて見せてくれたように、ただ示してくれればいいんです。それも話し合って皆で決めるというならそれでもいいのです。ふふふっ。考えたらまだ年若い少女に寄りかかろうなんて、私達の方がよっぽどヒドイことをしていると思いませんか?」
「そんなことはっ!」
「ね?貴方が望んでくれたのは私達がここで笑っていられることだった。今日、皆笑っていたでしょう?ほら、これでいいんですよ。迷って重いと思うなら、話し合いをしましょう。皆が笑って暮らしていく為に」
「…サジスティさん」
「グウウ」
「シルバー」
すりすりとすり寄るシルバーの心地よい毛並みに、少しずつ心が浮上する。そのまま自分からもすり寄り、両手で首筋の柔らかい毛並みを存分にもふもふする。
もふもふ。もふもふもふ。
シルバーのぬくもりが冷え込んできた夜風に冷やされた肌に染み入るようだ。
エリザナおばあちゃん達がいて。一人ずついなくなって。シルバーが来て。そして一人きりとシルバーだけになって。
エーデルドさんが来て、その提案を受け入れて。ただ最初は一人じゃなくなることに夢中になって準備してたんだと思う。
そしてエーデルドさんが戻って来て、サジスティさんに会って。ダリルさん達と造り始まって。ララと友達になって、ハンナちゃん、リンちゃん、そしてアランナさん達と同性の人達と料理などすることが出来て。
ああ。そうだ。今までは『里の人達』の受け入れだったけれど、『里の人達』じゃなくてエーデルドさんやサジスティさん、ララ達との生活がこれから始まるんだ。
「…そうですね。お互いに知り合いながら、これから身を寄せ合って暮らしていくんですよね。この集落で」
「そうです。リザさんや里の皆、一緒にここで暮らしていくんです。笑いながら、ね」
「バウっ!」
「分かりました。私も皆さんのことが知りたいです」
「はい。これからよろしくお願いします」
「バウっ!」
ペロっと顔をシルバーになめられて、そのくすぐったさに声がこぼれた。
「きゃっ!ちょっとシルバー!シルバーに顔なめられたら涎でぐしょぐしょになっちゃうからダメだって言ったでしょっ」
「バウバウっ!」
「んもうっ!シルバーは私の家族だから、一番なのはシルバーだっていつも言ってるのにっ!」
「ハハハハハ」
『現代日本知識チートで内政』を始めたのはたった一人ぼっちだったから。
一人じゃなくなる時にも多分、暮らしやすければここを気に入ってくれて住んでくれる。その想いから。
それがあまりにお上手くいってしまった今、一人じゃなくなって、皆は一人一人の個人の集まりだって気づいた。一人ぼっちでも、集まれば皆になる。ずっと一人一人居なくなってしまうばかりだったから、やっとそのことを思い出せた気がする。でもララのおかげで今気づくことが出来て、サジスティさんに背を押して貰った。だから。
一人一人、皆を知ろう。そして皆が暮らしやすいように、皆の中で『現代日本知識チートで内政』を受け入れて貰えるように話し合いながらやって行こう。
「まあのんびりやればいいですよ。風呂を造るんですよね?」
「そうですね!お風呂を造ることからです!」
とりあえずはお風呂を!ドリルさんや皆に助けて貰って造りましょう!
****************************
お待たせしてすみませんでした!バタバタして体調が微妙で書けませんでした…>< 更新再開出来たら、と思います!
更新できない中、★♥フォロー、ありがとうございます。書く力になります。
これで次はやっと前を向いて内政になるかと!(?)思います!
お付き合いいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
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