第12話 目指す居場所


 人では踏破出来ないとされる厳しいバルティモア山脈に連なる小高い山の麓に、長年利用している集落の石切場があった。集落の結界から一刻森の奥に入る場所にある。歩いて集落から二刻はかかる場所だった。

 まあシルバーだと四半刻で着いちゃうんだけどねー。

 朝の夜明けと共に集落を出て、シルバーと背中に籠を括り付けてシルバーに乗って飛ばして着いた。早朝の秋の森の空気は澄んでいてちょっと肌寒いけれど、シルバーのもふもふがあれば温かいくらいだ。

「さあーて。ザラボンの実と苗木も欲しいし。木の実の採集もしたいし。一気に石を切り出しちゃいますかーっ!シルバーは危ないからちょっと下がったところに居てね」

 おー!っと一人気合を入れてあちこち切り出された岩崖に向かい合う。そのままゆっくりと息を吐きながら体内魔力を意識する。

 思い浮かべるのは、封をした袋に穴を空けて一気に空気が出てくる光景。それを規模を大きくイメージして、大きな袋に空気を入れて、更に空気をどんどん入れて圧縮して閉じ込める。そしてそれを一気に前へと解き放つ。

 ブオンっ!

 音と共に解き放たれた風圧が石崖を切り出し、切った部分が倒れて行くのを、シルバーが体に受け止めてそっと倒してくれる。

「ありがとう、シルバー。これは結構大きく切れたね。じゃあ縦に切って水路の蓋と水場用の石を作ろうかな」

 シルバーに後ろに下がって貰って、今度は水圧で切るイメージで魔力を解き放つ。そのまま一気に適度な厚さで切って行く。

「よーし、いい感じ!次もやっちゃおうか!」

 そのまま繰り返してどんどん石を切って行く。本当は石の目とかもあるんだけれど、今回必要なのは大きいものではないから気にしないでいいよね。


 この世界では今はもう攻撃魔法を使える人はほとんどいない。集落でもエリザナおばあちゃんでも使えなかった。だから攻撃魔法として教わったことはない。けれど。

 せっかく魔法がある異世界に来たなら使いたいよね!魔法!憧れの魔法使いだよ!

 というのりで。まだエリザナおばあちゃんが元気だった子供の頃に、体内魔力を使って生活魔法を教わった後、こっそり一人で魔法の練習をしていた。だから私が使えるのは、自分で勝手に使っている魔法。基本は生活魔法の延長だ。

 生活魔法は誰もが体内に持っている体内魔力を使って、空気中の魔力に現象の発現を促すものだ。使う力は体内魔力で、体内魔力を外に放出し、その魔力で種火用の小さな火や両手いっぱいの水、そよ風などを発現する媒体が空気中魔力だ。

 空気中魔力はこの集落には薄い濃度でも存在している。どこでも同じだと思っていたけれど、村に行ってそのことは間違いだったと気づかされた。今は辺境以外に空気中魔力はほとんどないという。なら、数少なくても今もいるという少数の攻撃魔法使いは、多分遺伝的に体内魔力量が多いか、空気中魔力の収集能力があるかだろうと今なら予測することが出来る。

 でも小さい頃の私は勿論そんなことは知らなくて。体内魔力を教わって、体内に魔力を感じてただ本当にここはファンタジー世界だ!って夢中になって。で、色々実験してみたんだよね。結論から言うと、体内魔力を体外に放出し、その魔力と空気中魔力を混ぜ合わせることによって種火の生活魔法と教わった火は大きくなり、両手いっぱいの水は甕いっぱいになった。

 まあ、体外にだした魔力をコントロールすることは、凄く難しくて実現するのは結構かかったんだけれどねー。あの時は魔法に夢中だったし。でもその結果が出たことで、私は考えたんだよね。何作品も読んでいた異世界転生物のラノベの法則として、魔法はイメージ力によって変化するんじゃないかって。まさかねー、と思いながら検証してみたら。

 出来ちゃったのだ。イメージする魔法が。そこから考えたのは、生活魔法の時でも現象を発現するのは空気中の魔力だから、空気中の魔力に体内魔力を使ってイメージを上手く伝えることが出来れば、そのイメージ通りに現象が発現する、ということ。実際に私がイメージした魔法が発動した時に、そのことが実証された。

 でもそのことはエリザナおばあちゃんにも言ってない。勿論他の集落の人達にも言わなかった。理由は単純で、体内魔力は人それぞれ個人にあるけれどその量は人それぞれで、体内魔力を使いすぎれば疲弊して倒れることもある、と生活魔法を教わる時に最初にエリザナおばあちゃんには忠告されていたから。体内魔力が枯渇して昏倒して、そのまま目覚めなかった人もいる、と。そして今では体内魔力量が多い人はほとんどいない、と。

 私は自分が何なのか知らない。だから自分が魔力が特別多いのか、それとも空気中魔力を集めることに特化しているのかは分からない。分からないから秘密にすることにした。だから私が魔法をある程度自在に(といっても一面火の海ーとか大嵐ーとかは出来るかは森の中だから実験する場所もないし、する必要もないからやってないからどの程度威力があるかは不明だけど)使えることを知っているのは、ピュラ達精霊達とシルバーだけだ。それに狩りには教わった技術があるから、魔法は使う必要もないから使ったりしたことはないし、何かを攻撃するのに使ったこともない。別に攻撃魔法が使いたくて検証していたわけではなかったしね。

 まあ多分ラノベでのありがち設定で、現代知識がある分現象をイメージする力はあるから、そんなに魔力を使うこともなく効率的に石切くらいなら簡単に出来る。木材を加工するのも魔力を使えば簡単だった。

 まあエーデルドさん達にも言うつもりはないから、こっそり知られないように使うのが面倒なんだけどね。でも、石切は私がやらないと、他の人だと時間かかるからなー。

 今回みたいに一人で朝先に石切場で石を切って、切った石を取りに来て貰った時、最初は驚かれたけれどどうやって石を切ったかとかは追及されることはなかった。多分エーデルドさんが色々里での会議で言ってくれたんだろうけど。えっ、ツッコまないの!とは思ったけど、私的に都合がいいから、そこはもう開き直った!


「さて。とりあえずはこれでいいかな。運び出すにも限界があるしね。あ、でもさっき採った果実は置いて行こうっと。またこれから採るしね!」

 自分の周り一面切り出して適当に切った石ばかりになって、やっと崖から石を切り出すのをやめる。多分水路と水場と配水水槽に使うことを考えればまだ足りないだろうけれど、どうせ一度には運べないし、都合よく石を並べる魔法なんてないから、もう置き場所もないから仕方がない。そこに結界から出て見つけた木の実の詰まった袋を置いて、シルバーにまたがった。

「よし、シルバー。エーデルドさん達の里の方に向かってね。ザラボンの実と苗木と若木優先で、でも貯蔵出来る木の実があったら出来るだけ採りながら行こう!」

「ガウウッ!」

 了解!という吠え声と共に走り出したシルバーの背にしっかり掴まりつつもふもふする。

 シルバーは多分森の中でも最速六十キロは出てるんじゃないかな?とリザは思っている。そのシルバーにしがみ付いてるだけで何故振り落とされないのか?それも勿論リザが風の魔法を使って空気抵抗を減らしているからだったりする。

「ごめんね、シルバー。いつも甘えてばっかりで。出来るだけ夜には帰りたいのよ。お願いね」

「ガウっ!!」

 森の中をシルバーは最高速で目的地へ向かって走り出した。



 秋の森は豊かだ。寒い冬を迎える前に、たわわに実りをもたらす。その恩恵を、少しずつ分けて貰いながら森を行く。木の実に気が付いた時に採るだけでも、結構な量になった。

「あっ!あったわ、ザラボンの木っ!シルバー、お願い、あそこよ」

 集落の周辺にない木がどんどん進むにつれて増えて来て、ついにザラボンの実がなる木を見つけた。このザラボンの木は集落より徒歩で五日以上の距離を南に下ると見かけるようになった。集落とは気温の差があるのだろうけれど、そこはピュラが保証してくれたから甘えることにして、今日は実を採集して若木を探した。

 エーデルドさんに聞くと、ザラボンの実は初夏から初秋にかけて実って行くらしいから、集落の外延部に沿って植える予定で若木を集めている。だって石鹸は重要だ!いつでも手に入るようにしておかないと、おばちゃん達が…!ブルブル。落ち着いたらシャンプーとリンスとかも研究したい!しね!

 あとエーデルドさん達が持って来てくれた木の中には、お茶の木があった。日本で飲んでいた風味とは違うけれど、紅茶に似た風味があって美味しかった。この木についてはバルティモア山脈の向こうから持ち込んだらしいので、ゆっくりと増やして行く予定だ。当面は里から何本も移植して貰ったので、お茶が普通に飲める日々もそのうち夢じゃないかもしれない!今までは森に自生していたハーブを厳選してオリジナルのハーブ茶を飲んでいたけれど、ハーブ茶より紅茶の方が個人的に好きだったからうれしい。ちなみにハーブ茶は里のおばちゃん達にはそれなりに好評だった。

 他には野菜では芋があった!里では全員分の小麦畑を確保は出来ずに主食はどちらかというとその芋だったらしく、集落の小麦畑は凄く喜ばれたけれど、私としては芋の発見に大喜びした。

 実はずっと食用に足りる芋を探していたんだけれど、集落の周りでは自然薯みたいなものは発見出来たけれど、芋はなかったのだ。芋は貯蔵が出来るから、ずっと欲しかったものだ。

 味も日本の馬鈴薯と里いもを足して二で割ったような感じで、歯ごたえがちょっと固くてがりがりとした食感があるけれど、料理次第では十分美味しく食べられる。なので来年の春は畑も四つに割って芋も加えることに決めている。


「よし、ここはこれくらいだね。次行こう、シルバー」

「ガウっ!」

 ザラボンの実を袋に、若木を根を傷つけないように掘って一本籠に入れてシルバーの背に積む。

 今回は採集が目当てなので、シルバーには我慢して貰って蔦で造ったロープでハーネスのようにくくり付け、あとは私が魔法で風を押さえて背に括り付けた。

「ありがとうね、シルバー。シルバーがいてくれなかったら、私はこんなに自分で思うとうりに出来てなかったよ。いつも付き合ってくれてありがとうね、シルバー」

「グルゥウ。ガウガウッ」

「フフフフ。そう言ってくれたらうれしいわ。シルバーも私にして欲しいことがあったら言ってね?シルバーの為なら、私は何をおいても頑張るから」

「ガッ!ガウ…ガッ!」

 ん?なんでどもるの?えっ、って驚いてどもって、速度も落ちて視線もうろうろしてるし?

「シルバー?どうしたの?私に何かして欲しいことあるの?なら遠慮なく言ってくれていいのよ?」

「ウガっ!」

 ビクンっとシルバーの体が飛び跳ね、慌てて片手で籠を押さえながら片手でシルバーに抱き着く。ええっ!な、なにっ?

「シルバー?どうしたの?」

 抱き着いた手をもふもふと動かしながら顔を上げると、シルバーの耳がピクピクせわしなく動いていたので、思わずつられて手をのばして耳を触る。大きくても体よりも柔らかいふにゃんとした感触に夢中になる。わしわし、なでなで、もふもふ。

「ギャフっ!ガ、ガァアアっ!」


「って何こんなとこでやってるんじゃーっ!どこのバカップルかーーっっ!こらシルバーっ!あんたは何やってんのよっっ!」

 ブオンっという風音の後には、シルバーの鼻先を抓るピュラの姿があった。

「ピュラ?どうしたの、こんなところで?」

「どうしたの?じゃ、ないでしょーーーー!あなたもっ!集落から出る時は呼びなさいって何度も何度も言っているでしょー!もう、他の精霊に知らされて心配して来てみたらっ!」

「ええーと。だって毎回ピュラについて来て貰ったら悪いし。それに危ないことはないわよ?シルバーもいるから、危なければ本気で走って貰えれば逃げられるし。今回はザラボンの実が目当てでほぼ移動時間だし」

「はーーーーー…。私に気をつかうなら呼びなさい。呼ばれない方が疲れるからっ!それに私は別に予定なんてないって何度言っても聞き分けないんだらっ!もう、心配させないでよ」

 ピュラは優しい。いつもいつも種族の違いなんて関係ないって優しくしてくれる。本当にお姉ちゃんみたいだ。だから甘えっぱなしになりたくないのに。でも、こうやって心配してくれるのは、凄くうれしくて。

「ごめんなさい、ピュラ。…じゃあピュラにせっかくだからお願いしてもいいかな?ザラボンの実と若木が欲しいの。この辺りにある場所を教えてくれる?里に向かう途中がいいんだけれど」

「…もう良いわよリザは。言ってもちっとも聞かないし!分かったわよ。元々そのつもりなんだから、遠慮なく言いなさいよ。で、シルバー。分かっているでしょうね?帰ったらOHANASIがあるからね?」

 フフフフフ。とピュラが黒い笑みでシルバーの鼻をまた抓っている。シルバーもブルブルとちょっと震えていたり。

「??ピュラとシルバーって仲いいわよね。いつも二人でこそこそしてて。なんか嫉妬しちゃいそう?」

 ピュラもシルバーも、もう家族みたいなものだから、内緒にされると仲間外れにされた気分?ちゃんと今言えないだけで、その時が来たらこれも教えてくれるって分かってはいるんだけど。

「…本当にあんたは呑気だわよね。。まあ、そうしていられるのも今のうちだけだと思うけどね。ねえ、シルバー?」

「……グルゥ」

「??」

「もういいわよ。ほらシルバー。向こうにあるからあんたはさっさと走りなさい。今日中に戻りたいんでしょう?ほら、行って!」

 その後はピュラに鼻をペシペシ叩かれ、抓られながらシルバーがピュラの指示の元ザラボンの実と若木を採取して行った。




「うん。大丈夫みたい。…良かった」

 ザラボンの実と若木を採取しながら南へと走り、里を遠目に見える位置にまで来ていた。

 以前にザラボンの実を採集に来た時に、こっそり里の周囲に結界を張った。自己満足だと分かっている。ここに結界を張っても、私がここに居なければ結界の中が安全だとは言えないから。だからエーデルドさんとサジスティさんにだけそっと告げただけで、今も里に残る人には話すつもりはない。警戒していれば、もしもの時に助かる可能性が高いのだから。

 里は集落よりもバルティモア山脈に近いところにひっそりとあった。森の中に最低限に木を伐り開いて畑を作ってあり、木々の間に隠れるように家々があった。里の周囲も腰くらいに簡単に柵で囲ってあるだけで、遠目に見ると森と一体化して見える。

 結界が無ければ、森の中で目立つことは良いことではない。いくら高い塀で囲っても、空から襲われてしまえば関係ない。だから木も最低限しか切り拓かなかったんだろう。周囲の森に溶け込むように里はひっそりとあった。森の民と称したサジスティさんの言葉もあるのだろうけれど、この里からは森の中で自分達が決して強者ではないことを自覚して、そして必死に自分達の身を守って生活して来た姿がうかがえる。

「…まだどうにもならないことを気に病んでいるの?リザ。ここが結界で守られて安全でないことは決してリザのせいじゃあないのよ」

「うん。分かってるよ。これが私の感傷でしかないって。ここに最初に来た時にちゃんと分かったもの。ここは私が居る場所じゃないって。それに集落に移住してきた皆が、涙を流しながら笑って『これで安心して暮らせる。ありがとう』って言ってくれた。集落に来たら不安な気持ちが無くなった、って」

 集落の入り口で到着した人達を向かい入れる度に、集落を見てみんながほっとした顔になった。

 多分あの場所は特別なんだ。理由は今でも分からないけれど、多分エリザナおばあちゃん達があそこに住んでいた理由も多分同じだったんだろうと今では思う。

「…あそこは確かにピュラ達が私が子供の頃から遊びに来てくれてたりしてたから確かに精霊は多いよね」

 この里を見ても、精霊に縁のある森の民の末裔が長年住んでいたというのに、精霊の気配をあまり感じられない。

「そうね。確かに集落にはリザがいるから。私達を見て、会話もしてくれるリザの存在は確かに私達の間でも特別なのよ」

 そう特別。私自身なんで特別なのかもどうして特別なのかもわからないけれど、やっぱり特別なんだろう。あそこで私がエリザナおばあちゃんに拾われて育てられたことも。

「…うん。今はまだそんな気分じゃないけれど。そのうち。そのうち自分がどうして特別なのか。その意味を私は知らないといけないのかもしれないね」

 特別であることの意味。知らないでも生きては行けると思ったし、今更知りたくもないとも思った。でも知らないといけないことがあるのだと、この里を見た時に感じた。

「…リザ」

「…クォン」

「フフフ。そんなに気にしないで。私が他の人と違うのは最初から私が一番分かっているんだから。さあ!ちょっと一回りして結界を確認したら帰りましょ!集落に。あそこが私の帰る場所だもの!」

「ガウガウっ!!」

「そうね、帰りましょ、リザ。さあ!シルバー。キビキビ走らないと夜になるわよ!帰りも木の実を集めるんでしょ?」

「うん!ありがとう、ピュラ、シルバー!さあ、行こう!」


 優しい場所は寂しい場所になって。今、やっと笑顔がまた溢れる優しい場所になった。あそこは私が帰るべき居場所。

 だから帰ろう。今は皆で笑い合って暮らすことだけ考えよう。


「冬が来る前に移住が終わったら、収穫祭が出来たらいいね!」

 




 

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