第7話 招かざる初訪問者は人じゃなかった



 この集落は大陸を横断するバルティモア山脈の麓の深い森、通称魔森の中に張った結界の中にある。

 結界自体は呪術師であるエリザナおばあちゃんから受け継いだ。だから私にも結界を張ることは出来るし、今も定期的に見回りしては補修や張り直しなどは行っている。ただ結界を張ることを教えて貰った時に、結界がないとこの森では暮らしていけず、害意があるものは何であれ絶対越えられないのが結界だ、と教わった。それ以上は実はエリザナおばあちゃんからは説明されてなかったから、色々効果がある、と言われて初めて効果があることが分かったくらいで、結界が何なのかを自分が知らないことにやっと気づいた。

 だから村から戻って来てから、私が結界も、この森のことさえも知らないと気づいておばあちゃんの遺産である家の荷物を見直して、見つけたおばあちゃんの研究の書置きから本なども、ざっと眺めてみた。それで気づいてしまったことがある。

 この世界には昔は空気中に魔力が満ちていた。その時代は魔法が誰でも使え、今でも一部の人だけが使える。本で認識されている力はここまでだったのだ。

 エリザナおばあちゃんが言っていた通り精霊については『人では認識できない力』とあり、人ではないエルフには精霊を認識出来る能力があったと古代の遺跡には記されてあったとある。まあ、これはいい。私がこの世界にとってどういう存在なのか、私でさえ知らないけれど前世?の姿と一緒なことからもこの世界にとってはイレギュラーな存在なのは間違いないだろうから。でも、それよりも重要なのは、である。

 エリザナおばあちゃんは自分のことを『呪術師』と言い、呪術を使えたしそれを私は受け継いでもいる。でも、『呪術師』の存在も、『呪術』の存在も記されていた本は一冊もなかったのだ。

 もしかしたらエリザナおばあちゃんが『呪術』に関する本を持っていないだけなのかもしれない。けれど、そのことに気づいた時から妙に気になっていた。昔、呪術の修行をしていた時に何度か尋ねた、『何故こんな森に結界を張って住んでいるのか?』の問いに、一度もエリザナおばあちゃんはまともに答えを返してくれなかった、と。エリザナおばあちゃんが亡くなってから残った集落の人にも聞いたけれど、やはり答えは得られなかった。

 でも『魔森』と言われる未踏の深い森と言われている森にあるこの集落で育って、物心ついてからこの集落に外から人が来たのは、行商人のロムさんだけ。集落から出て行った人もいなかった。

 だからーーー。今回が初の会合、になるんだけれど…。


「なんで初めて来たのがエルフなんですかーーーー!」

 エルフなんて今、人には確認されてないから絶滅危惧種より珍獣扱いじゃないのーーー!




「いやー、今の住処が限界でして。結界を張れる者がいなくなって、もう百年以上ですし。結界がないと山脈の麓に近すぎると魔獣や強い獣が多いので、安住というわけにも行かないし、人の住処に近づきたくもないし、で…」

 エルフの出現に興奮しまくって、すったもんだを終えてやっと落ち着いて事情を聞いています。はい。

 ちなみにピュラの言葉はエーデルドさんには聞こえず、そこから話も食い違い、やっと私がエーデルドさんが精霊の声が聞こえないと気づいて、ピュラ達から聞いたことをエーデルドさんに確認したりして、やっと今ここに居る事情の説明、ということに…。動揺してすったもんだする私の隣ではシルバーがずっと警戒して唸っていたから、勿論首筋を撫でながらもふもふするのも同時進行です!


 獣人とエルフのハーフエルフだというこの人は、名をエーデルドと言うらしい。エルフと獣人は人に伝わっている通り、バルティモア山脈の向こうに棲んでいるらしい。向こうはほぼ森で覆われていて、エルフも獣人も国を作って住んでいるらしい。

 何故らしい、なのか?エーデルドさんもバルティモア山脈の向こうには行ったことがないから、だそうだ。

 エーデルドさん達の先祖は、それこそ魔力が普通にあった時代に山脈を越えて来て、山裾に住居を作ったそうだ。そこではエルフも獣人もドワーフ(ドワーフもやっぱりいたらしい!やっぱりファンタジーにはドワーフもいないとね!)も一緒に暮らしていたという。ただある時に何かがあり、魔力が激減した。それによって魔法に特化していたエルフも弱体化し、バルティモア山脈を越えて向こうに戻ることは出来なくなった。それから何百年も結界を張って山脈の麓に人を避けて暮らしていたらしい。

 ただエルフも獣人もドワーフも、時代が経つにつれて進む混血と空気中の魔力の低下により、魔法や精霊を使える人がほとんどいなくなってしまったらしい。そしてとうとう百年ちょっと前、結界を張れる適正を持った人もいなくなってしまった、と。それ以降は山裾は魔獣や強い相手が多いから、森の中に住居を移しながら安全な場所を求めて転々としていた、ということらしい。


 人の血は入ってないけど、ハーフエルフと言ってもほとんど人間とやれることはもう変わりませんよ、とエーデルドさんは笑ってた。だから強い相手には勝てない、と。

「それで次の移住する候補地を探して、森の中を旅しているんです。それで結界のあるここを見つけて、住んでいる人がいるのかと確認していたのですが」

「私達がいた、ということね?私達からしたら、貴方が侵入者になるんだけど」

 ということだったらしい。今現存している結界があることにも最初は信じられなかった、と。

「ええ、すいません。大人数の気配がないのは分かっていたので、無断で入って来たんだけど。しかし驚いた。結界が生きているのもそうだが、精霊の力がこんなに満たされている場所があるなんて、誰も想像さえしないだろうな」

 精霊の力、ね。私には魔力と一緒で感じることは出来てないけれど、精霊を見れて話しも出来る私がここで育ったせいなのか、元々ここがそういう土地なのか、は分からないけれど…。

 おばあちゃんは誰にも精霊のことは言うな、って言っていたし、もしかしたらその辺の事情もおばあちゃんは知ってたのかな…。

「…エーデルドさんは声は聞こえなくても、精霊は見えるんですか?」

 魔力があった時代ではエルフは精霊を使えたというのなら、もしかしてその能力を受け継いでいるんだろうか?

「いえ、ハッキリと姿は見えないよ。ただ私は存在を感じることが出来るんだ。それでも普段はかすかに感じるだけなんだけれど、リザさんの周りには精霊がいるのははっきり感じられるよ。リザさんのように精霊が見えて、話も出来るというのは里の長老からも聞いたことがないよ。そんな人がいるなんて初めて聞いたよ」

「…成程。エルフでもそう、なんですね」

「まあ山脈の向こうは私も知らないけどね?もう里の長老も知らないし。ただ人で精霊が、となると多分いないんじゃないかな?」

 初めて声を掛けられた時。こっちはこっちで初の遭遇者でエルフで、で混乱したけれど、彼は彼で私が人間だって答えたことでかなり混乱したらしい。自分たちみたいに昔に山脈を越えて来たエルフと人との混血で、ここがその隠れ里か何かだと思ったらしい。

 まあ言われてみればそう考える方が、多分普通なんだよね…。まあ勿論私が異世界からの転生者?で特異な存在だってことなんて、初対面の相手には告げることなんて出来ないから、人間ってことで通したけど。


「…それはまあ考えても分からないことなんで置いておくとして。で、エーデルドさんはここに里ごと移住を希望されます、か?」

 ただ遭遇した、というだけならエルフも獣人もドワーフこの世界にはいたんだ!で終わるけど。彼がここに来た用件はそれではない。

「はい、お願いしたい。ここの結界はまだ生きている、ということはあなたが結界を張ることが出来る、ということで間違いないのだろう?私達はもうどこにも行き場をなくして、里ではもうずっと人里まで下りて人と交渉するか、このまま滅びるまで森を放浪するか、という終わりの見えない議論で疲れ果てている。あなた一人の肩に私達の全てを背負わそうとは思いません。ですが、あなたが私たちに手を差し伸べていただけるなら、すがりたいと思ってしまいます」

 何百年もの間山裾や森で人に知られず暮らしていた人達。私としてもこの場所に人を呼び込むつもりはまったくない。だけど人間じゃない彼らなら…?

「…いつくかの質問と、いくつかの条件があります。それに貴方が嘘偽りなく答え、守ってくれる、というのなら考えます」

「はい。私の名と命を懸けて誓いましょう。私があなたの問に答えたことは、わが命を持って誠心誠意守ることを」

 大分私からしたら高い位置にあるエーデルドさんの目と目を合わせ、しばし見つめ合う。その目には、真っすぐな想いだけが籠っていた。ただ、彼と彼の里の人達の安寧の暮らしを、と。

 その目に籠るものに、一つ頷くと質問する為に口を開いた。




「里の人の全員がもう純血の人はいない、っていうのは分かりましたが、エーデルドさんはエルフ寄りですよね?じゃあ獣人より、という人もー」

 エーデルドさんの里の話を詳しく聞いたら、エルフと獣人とドワーフの血を引いた子孫は全員で今は百人程らしい。

「いるよ。というか獣人の方の性質のせいか、獣人の血の方がエルフやドワーフよりも強いから、獣人の姿の人が一番多いかな」

「そ、そ、それはっっ!じゅ、獣人というのは、その、外見は」

「ああ、ほぼ人と同じだよ。ただ獣の特徴の耳と尻尾がついているんだ。もう獣の種類はみんな混血でごちゃごちゃだけどね。獣人は元々獣の姿と人の姿の両方の姿になれたようだけど、もううちの里の獣人は血が薄いから、耳と尻尾があって、鼻と耳がよくて運動神経がいいくらいかな?」

「ほおおおおおおおおおおおおっっ!も、もふもふっ!毛玉がっっ!」

「…え、えーと?」

「はっ!いやいやいや。落ち着くのよ、私。まだ大事なことを

確認してないじゃない!…あー、その。獣人の方と触れ合うには、やっぱり耳とか尻尾を触ったりは…」

「ああ、子供の頃なら大丈夫ですよ。ただ十歳くらいになったらダメです。獣人の性質があるので」

 なん、ですと。じゅ、獣人の。けも耳尻尾つきの子供を…。

「ほええええっっ!け、毛玉をっ!子供は合法でもふもふ、もふもふ出来る、んですとっっっ!」

「ガウッ!ガァアアアアアアッ!!」

 ドンっという衝撃とともに背中をシルバーに思いっきり押され、後ろに倒れたところを背中にすくいあげられ、ボテっとシルバーの背でうつ伏せになった。

「うううう。シルバー、いきなりは止めてって…。もう、シルバーったら嫉妬しちゃったの?大丈夫。私の一番のもふもふはシルバーだけだから!」

 もう、うちの子ったらかわいすぎる!ほーらもふもふ。もふもふ。

「グウウウウルゥ」

「えっ、だったら俺だけでいいって?いや、まあ、ほら。そこはもふもふだから。こう色んな手触りというか、色んなもふもふを堪能したいというか」

「グルルルルルルル」

「もうっ!シルバーったら心配ないのにっ!ほら、私がこんなに全身でもふもふするのはシルバーだけだから」

 もふもふもふもふ。もふもふもふもふ。

 シルバーの上で全身でもふもふを堪能する。あー、やっぱりシルバーはいいもふもふ。お風呂に入れてキレイに洗ったらもっとふんわりもこもこもふもふに…。フフフフフ。

「…クゥ」

「フフフフフ」

「…仲がいいんだね、君たちは。シルバーは白銀狼なんだよね?バルティモア山脈にいるという」

「そうなんです。小さな子供の時に結界の中で見つけて。それ以来ずっと一緒なんです」

「小さな頃から…。私はエルフの血が濃いので、また改めてご挨拶いたします。シルバーさん」

「ガウ」

「んん?シルバーがどうかしましたか?エーデルドさん」

 シルバー、さん?さんをつけてる?

「ああ、いや…。白銀狼と獣人の間にはちょっとした言い伝えがありまして。私では分からないので、里に戻って確認してみます」

「へえー。獣人との間に。…フフフ。獣人さん。楽しみです」

「フフフ。もふっとしたものが好きなのかな?」

「ええ、そうなんです。大好きなんです。でもそれは里では言わないで下さいね?獣人の子供に逃げられたりしたら、悔やんでも悔やみきれないですから、ね」

 出会った獣人の子供に逃げられる。それはどんな悲劇なんだろうか。そんな悲劇は私は味わいたくはない!

「…わかったよ」

 ちょっと呆れた空気を感じるけど、気にしない!何度ラノベで獣人を読む度に、もふもふしたいと願ったことか!


「ではエーデルドさんは今日は泊まって行きますか?うちのおばあちゃんの部屋で良ければ泊まって行って下さい。夕食ももしダメなものがあれば、言ってくれれば食べられるものを作りますから」

「ありがとうございます。では、今晩はお言葉に甘えて泊めて貰えるかい?食べる物は何でも食べられるよ」

「分かりました。なんか勝手なイメージだったんですが、なんとなくエルフっていうと、こう、菜食主義という感じがしてまして、ね」

 気の上に住居を作って、森の恵みと言って木の実や山菜とかしか食べない、みたいな。まあ日本人の勝手な思い込みなのかもしれないけど、白皙の美しい人々がマンガ肉を食べる姿は想像したくない。

「アハハハハ。そんなこと言ったら森で生きて行くのに力が出ないよ。森の物で食べられない物、というのはないよ。エルフにも獣人にもドワーフにもね。勿論各種族で好みの傾向はあるけど、ね」

「獣人はお肉でドワーフはお酒ですね?」

「そうそう。そこはイメージ通りだね」

「フフフフ。では、家まで案内しますね。ピュラ、スヴィー、ドォルもまたね。明日また呼ぶから来てくれたらうれしいわ。では、行きましょう」

 シルバーから降りようとするとシルバーが嫌がったので、仕方ないのでそのままシルバーに乗って集落を案内しながら家まで帰ることにした。

 勿論シルバーに乗っているからには、もふもふしながら、ね!



 明日からはピュラにも頑張って貰って、色々準備を進めようと思います!

 まあ、エーデルドさんが里に帰って、みんなで相談して決めて決定、なんだけど、ね!

 これからのことを考えれば、どうなるか分からないことばかりで不安は勿論ある。変化に対する不安も。でもエーデルドさんと話して結界は山脈の向こうに伝わる力だと知った。それだけでもこの出会いには意味があったと思う。エリザナおばあちゃんの『呪術』に対しての疑問は深まるばかりだけれど。多分、私はこの疑問とは向き合わないと行けない。と、そう何故かそう思うから。

 なら、変化を不安に思うよりも、希望を持って受け入れる方がいい。

 だから。明日からも頑張って現代日本知識チートで内政!の準備を頑張りたいと思います!




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設定が少しずつ入って来ますです。もふもふ成分の方が多いですが!もふもふなので!

フォロー等が伸びているので(ありがとうございます!)うれしくて頑張って早めに投稿してみます。今週中もう1回更新出来たらいいな、と。

頑張ります!よろしくお願いいたします!

エーデルドさんとの質問内容はまた次回です(勿体ぶる)






 

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