第5話 人の性質は同じなんでしょうか…?



 広場にはさまざまなものを扱う露店が何件も出ていた。主に食料品や生活に必要な小物だったけれど、この村ではいつもこうなら予想より活気があることに驚いた。

 この国は大陸の東側の端にある。この大陸には四つの大きな国と十くらいの小さな国があるらしい。エリザナおばあちゃんの本で見たことだから、それから情勢が変わったかは分からないけれど。他にも小さな島と二つの大陸があるとされているけれど、本にも確認不定とされていた。

 ただこの国はこの大陸の東の端の国ではあるけれど、大陸自体には人の国があるのは東側半分だ。この大陸は大陸を横断する高い山脈、バルティモア山脈によって、人の住む土地と別たれているとされていた。山脈の裾には人が立ち入るには深い森が広がり(集落のある森)、山脈の向こう側にたどり着いたという人はいなく、ただエルフや獣人の住む国があるとされていた。

 まあエリザナおばあちゃんが言うには、これはほぼ本当のことらしいけれど。それは置いておいて、だからこの村はここら辺では人の住む場所の限界である辺境だった。なのになんでこんなにも活気があるんだろうか?


「よう、そこのおじょうちゃん。ちょっと見て行かないか?いい魔狼の毛皮で造ったマントがあるよ。そのフードのローブも魔力あふれる獲物から作ったものだろう?」

「…え?魔狼、ですか?」

 森には確かに狼が住んでいる。でも魔獣と化した狼なら、魔獣と言われる筈だ。まあ、魔獣なんて滅多にいる筈はないのだけれど。

「知らないでそんなの着ていたのか?もしかしてあまりここら辺には来たことないのか?」

「…はい。父が狩人で森で生活してます。ここら辺に来たのは初めてですが」

「ああ、それでか。親父さんも娘に説明もしてなかったのか」

「ええと。な、何のことです、か?」

「…ちょっと説明してやるかな。その無知だといくら子供でも危なさそうだ。いいか、ここは人の住む限界、つまり辺境だ。この奥にはバルティモア山脈と閉ざされた魔森しかない。だからここら辺は魔力が豊富なんだよ。もう王都の方なんてほとんど魔力なんかないらしいがな。確かにここら辺でももう魔獣や魔物は確かにそんなには見ねぇが、森の奥から来た獲物は魔力を多く持っているんだよ。だから魔力を持っている獲物の毛皮とか皮、骨なんかは色々な素材になるから、国中から商人なんかも求めに来たりするんだぜ?あんたのローブも森の奥の獲物から作っただろう?」

「あ、ああ…、成程。これは実は祖母の形見なんです。祖母は森でずっと住んでましたから」

「ああ、成程。じゃあ森を歩く時にそのローブを着ていたんだろう。森は魔力がない者がうろつくと狙われるからな」

「そう、だったんです、か…」

 ずっと集落に暮らしていたから、そんなことは知らなかった。エリザナおばあちゃんからも、そこまでの話は聞いたことがなかった。森を魔力がない人がうろつくと狙われる、というのは結界で緩和していたのかもしれないけれど、ピュラがシルバーがいい魔力のところにいたから大丈夫だとか言っていたのを追及し忘れていたのを思い出し、エリザナおばあちゃんから結界を張る意味と効果を集落からの観点でしか聞いてなかったことを今更ながら後悔した。家に戻ったらエリザナおばあちゃんの本をもう一度全部見直す必要があるようだ。

 しかもローブ、か…。これはまずかったかな…。つい顔を隠せるからいいやってエリザナおばあちゃんのローブを持ち出して来たんだけど。

「…まあ見る者が見ないと中々区別がつくものでもないんだが、見るものが見ると一目でわかっちまうんだよ。だから気をつけな。暗くなる前に親父さんと合流した方がいい」

 顔を寄せ、そっと声を潜めて忠告してくれたおじさんに、つい周囲の気配を辿ると、確かにこちらを窺がっている気配があることに気づく。自分に注視している気配を探るのは、森で狩りをするよりも簡単だった。

 どこからだろう…?露店で木の実を取引した時までは気が付かなかったのに。

「ありがとうございます。急いで用事を済ませて帰ります。商品は間に合ってますが、ありがたいご忠告のお礼にこれ、受け取っていただけませんか?毛皮はさっき手放してしまったので、薬草しかありませんが」

 多分私がもっと小さい子だと思って親切に声を掛けてくれたんだろうおじさんに、そっとローブの内側のカバンから集落の結界を抜けてから取った薬草を差し出す。勿論見られないようにローブで隠しながら。

「これは…。ありがとうよ。こっちこそ、な」

 受け取った男の反応に、やはり薬草にも魔力が含まれているのだと確信する。勿論、そんなことはリザは今まで知りもしなかったが。

「いいえ。これは売れないことが分かったので、ありがたいです。ではお気遣いありがとうございました」

「またここら辺に来たら、今度はうちに持って来てくれよ」

 掛けられた声にそっと振り返って手を振り返し、そっと露店を除く客の賑わいにまぎれるように踏み出した。後はそのまま振り返ることはせずに人混みに紛れて広場を抜けて一本目を右に曲がり、薬屋を確認すると後ろの気配がないことを確認して中へと入った。


「いらっしゃい。何の薬がご入用ですか?」

 いい立地にあったその店は、年期の分だけ古びてはいたけれど、店内は塵一つなく清潔感があった。狭い間口に入るとすぐにカウンターがあった。そこに多分四十台くらいのどこかロムさんに似てるような男の人がいた。

「あ…ええと、すみません。買い物じゃないんですけど、あの、ロムさん、はいらっしゃいますか?」

「父、ですか?ええと、あなたは…」

「あー。えーと、行商の時お世話になっていたんですけれど…」

 本当はもう薬草を売る気もなかったから、薬屋に寄らないでも良かったのだけれど、背後の気配を蒔くのに広場を出るまでかかり、つい薬屋に入ってしまったのだ。だから今すぐ店を出る訳にもいかず、そして、このロムさんに似た顔をみたら、つい懐かしく会いたいという気持ちに突き動かされて、気づいたら口に出してしまった。

「ああ、行商していた時の。ちょっと待って下さい、聞いてきますので」

 そう言って奥へ行く姿に、迷惑を掛けてしまうかもしれないから、このまま帰った方がいいんだろうか?とも思う。

「ん?小さい子って言われて誰かと思ったら、もしかしてリザちゃんじゃないのかい?」

「あ…!ロムさん。お久しぶりです」

 聞こえた懐かしい声に、フードを顔が見える分だけ上げて、笑顔でお辞儀をした。

「ああ…。リザちゃん、ちょっとこっちおいで。作業場で話そうか」

 フードを外さない訳をすぐに察してカウンターの端から手招いて誘ってくれた。


「それでどうしたんだい?リザちゃんが村まで来るなんて…。買い出しかい?」

 調合道具がぎっしり詰まった小さな作業部屋に通されると、お茶を持って来てくれた後、しっかり扉を閉めてくれた。ここから店まで声は聞こえないから、と言われてやっとフードを外した。

「まあ、それもあるんですけど…。集落で一人になってしまったので外を見に来たんです」

「ああ…。みんなリザちゃんを遺すのは心配だっただろうね…」

 静かに黙とうし、みんなの死を悼んでくれたロムさんに、感謝して頭を下げる。

「…みんな好きに生きなさい、と言ってくれました」

「うん…。みんなリザちゃんをかわいがってたから…。それで。これからどうするんだい?村に来るなら手配してあげるけど」

「…いいえ。ありがとうございます。今日はまだとりあえず外を見に来ただけなんです。ただ、多分この村で暮らすことはないと思います」

「うん…。まあ、まだ決めてないならしっかりと悩んで決めるといいよ。リザちゃんはまだまだこの先にたくさんの未来があるんだから。あそこに残っても、外に出ても、旅に出ても、自分の人生なんだから好きに生きたらいいよ」

「…はい。でも外に出て自分がどれ程世間知らずか分かったので。自分ではしっかりしているつもりだったんですけど…。森のことさえ分かっていなかったなんて」

 この世界で生活して十五年。日本で二十五年。それだけの経験があるから、異世界でも上手くやれると思っていた。この世界では違和感があるだろう姿を隠せば。

「この黒髪だけ隠せば普通だと、思っていたんですけどね…。フード姿を誰も言う人がいなかったのに、ローブ自体に引っかかるとは思ってもいなくて」

「ハハハハハ。そうか。リザちゃんはあそこで育っているから、魔力がない、って状態が分からなくて魔力への感覚がないんじゃないかねぇ。儂の行商の時のローブも、エリザナさんが特別に用意してくれたものだったんだよ」

 成程。じゃあ結界の中は魔力がないという訳ではない、ということだ。魔力がほとんどない、とされている西側まで行けば、魔力というものを実感出来るようになるんだろうか?

「あ!エリザナおばあちゃんといえば、ロムさんに会えた時の為にいつもの薬も作ってきたんですよ。もう欲しいものは買ったのでお金は必要ないので貰って下さい。あとついでに薬草もいりますか?」

 ロムさんなら特殊だろう薬も薬草でも、安心して渡すことが出来る。

「ほお?それは助かるが…。欲しいものは全部買えたのかい?」

「まあ、もうちょっと調味料とか欲しかったんですけど。もうそろそろ戻らないと連れが待っているので」

「連れがいるのかい?」

「ええ。白銀狼ですが家族なんです」

 口に出すと、シルバーのもふもふが恋しくなる。ああ、さっさと戻ってもふもふしなければ!

「へえー、じゃあ荷物になっても大丈夫かな?お茶でも飲んで、ちょっとだけ待っていてくれるかい?」

 言われてお茶を飲むと、紅茶のようなウーロン茶のような香りがした。この世界にもお茶の葉があるのかと、ちょっとうれしく思う。もっと良く隅々まで森を探索しよう。こっちでは知らないだけで、姿が違くても同じような味の植物は多分いっぱいあるんだろう。

「お待たせ、リザちゃん。これ、ここ最近この村に入った調味料用の苗なんだ。ハーブ数種類と香辛料、そしてこの苗は根と茎を茹でて漉して乾燥させると砂糖になるらしいから、持って行って。これからどうするにしても加工して持ち歩けるだろう?」

 そう言って何本かずつ何種類もの苗を持って来てくれた。

「うわあ!ありがとうございます!すっごくうれしい!これで集落でも色んな調味料が作れます」

「フフフ。いいかい、リザちゃん。何かあったらまたおいで。リザちゃんとは儂も赤ちゃんの頃からの付き合いなんだから、ね?」

「はい。ありがとうございます、ロムさん。ロムさんこそ元気でいて下さい」

 思わず集落の広場にロムさんが来た時、みんなで集まって賑やかに毎回宴会を開いていたのを思い出してしまった。

 ああ、早く戻ってシルバーをもふもふしなきゃ。

「じゃあ、行きます。…ロムさんに会えて良かったです」

「ああ。いつでも顔見せにおいで、リザちゃん」

「…はい。ありがとうございました」

 作業場からそっと裏口まで案内してくれたロムさんの優しさと気づかいがありがたくてうれしくて。笑顔でお礼を言うとフードをかぶってそっと外へと飛び出した。

 周囲の気配を探って、今自分のことを伺っている気配がないことを確認して、夕方近くなってさっきより増えた広場の人混みに飛び込み、そのまま門を目指して速足で歩き出した。



 やっぱり森は森でも集落の森とは全然違う。

 門を出て早歩きに見通しのいい畑の道を森へと向かって歩きながら、背後にある何人もの人の気配を意識しながら森へと入った。

 木々の間が広く、見通しがいい森の入り口ではすぐに見つかってしまうだろう。かと言って安易にピュラを呼ぶとシルバーが出て来て大変な騒ぎになることが容易に予想が出来過ぎて、出来たらもっと深い森に行ってからこっそり呼んでこっそり戻りたい、んだけど…。


「グガアアっ!」

 こんな浅い森に居る筈のない獣の吠え声に、後ろの気配が狼狽して立ち止まるのを感じる。

「あああ…。シルバー、来ちゃったのか…」

 いやな予感程当たるのは、異世界でも一緒なんだよね、とちょっと逃避気味に思ってしまった。

「ガアアアっ、ガウアっ!」

 あー、怒ってる、すっごく怒ってるよシルバー…。

 これはさっさとここら辺から離れないとまずい。素早く辺りを見回して、少し奥にちょうどいい藪を見つけて走り込む。

「ピュラっ!こっちっ!シルバーにさっさと逃げるから来てって呼んでっ」

「リザっ!もうっ、どうして物騒な気配の不審者に追われているの、あなたはっ!」

 ピュウっと現れた光の球が額にペチっと当たってピュラの姿になる。

「このエリザナおばあちゃんのローブのせいっ!知らなかったんだものっ!いいからシルバーに相手しないでさっさと来るように言ってっ!姿を見られて森に人がたくさん入って来たら面倒じゃない」

 山狩り、じゃないけれど、森狩りなんて目的で森を荒らされるなんて嫌だ。例え集落までは誰もたどり着けないとしても。それにはシルバーをさっさと連れて帰るのが一番だ。

「もうっ!シルバー、リザが呼んでるから、小物の相手なんてしないで帰るよっ!」

「グルルルっ」

 かなり不満そうな声を出しながらも、藪の中にシルバーが飛び込んで来た。そんなシルバーにかまわずさっさと背にまたがる。

「シルバーっ!ほら、さっさと走ってっ!集落に帰るよっ」

「グウウウウっ」

 何でリザに害意を持つ者を倒してはいけないんだ!と言い張るシルバーの首筋を、なだめるようにゆっくりとなでる。そしてぎゅっとしがみついた。

「シルバー、お願い、いっぱい美味しい焼肉作るから、走ってっ!」

「ガルウっ!」

「はいはい、今日は一緒に寝るから。ほら走るっ」

「グルっ」

 やっと森の奥へと走り出したシルバーに、後ろの気配を探って胸をなで下す。

 いい人も、悪い人もいる。人間の在り様は異世界でも元の世界でも変わらなかった。隙を見せたら親切にしてくれる人も、つけ込んで来る人もいる。ただそれだけ。

 その結果を自分の望み通りにしたければ、力をつけなければならない。

 とりあえず知ったつもりでいたこの森のことを、知らないとならないなー。思ったよりローブ姿であれば行動は出来そうだけど。

 そう思いながらシルバーの背に揺られながらも無意識にシルバーをもふる。もふもふする。もふもふもふもふ。

 ああやっぱりシルバーをもふってる時が至福の時ねー。

「…クルゥ」

「んー、やっぱりシルバーは最高のもふもふだね!あ、シルバー、行きに採ったピイルの実のとこで食べる分採って行くから寄ってね。んで、休憩がてらお腹もふもふさせてー!」

「…リザ。あんたねー…。まあ、大丈夫だったのなら、それでいいんだけど」

「うん、心配かけてごめんね、ピュラ。あ、お土産にかわいいお花があるよ。あとロムさんに珍しい調味料の苗とか貰ったんだー!同じのが森にあったら教えてね!」

 シルバーに乗って、もふもふしながらシルバーの頭に座ったピュラと話をしながら流れる景色を眺める。凄い勢いで過ぎ去る景色は、どんどん森の色が濃くなり、深くなり、そして草木の匂いに包まれる。そんな匂いを胸いっぱい吸い込んで、森の息吹を感じて。

「うん、まあ、いいわ。それでどうだったの?村は」

「うーん、まあ予想通りといえばそうだし、それより自分の足元のことさえ知らないって分かったし。…調味料の苗も貰ったし。集落で暮らすわ、とりあえず気が済むまでは。シルバーもいるし、心配して様子見に来てくれるピュラもいるしね!」

「ガァウっ!」

「うんうん、シルバー、頼りにしてるから。これからも宜しくね」

「フン。まあいいわ。とりあえず帰りましょう。集落へ」

「うんっ!帰ろう、集落へ!」


 この世界で目覚めたのは深い森だった。

 その深い森には温かい人達がいて、そしてシルバーという家族も出来て。

 温かい人達はいなくなってしまったけれど、胸の中にはちゃんといる。だから。

 帰ろう。帰るべき場所に。深い森の中の集落に。

 一人きりしか人はいないけど。一人きりだから思いっきりそれこそ昔ラノベで読んだ話みたいに。現代日本知識チートで好きなように生きてみよう!

 一人きりだけど内政しちゃうぞ!

 そう思うと笑えてくる。


「なぁにリザ、笑いながらシルバーのこともふもふして。まあ、楽しそうでいつものリザだけど」

「そうね、いつも私楽しいもの。ねー、シルバー。帰って美味しいもの食べようね!」

「バウウッ!」

「帰りましょう、私達の家に!」









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