第3話 さあ村に行ってみよう!



 私、リザティア=カレントは捨て子だった。

 しかももう奥には大陸を両断する高い壁になっている山脈しかないこんな深い森の中に、いきなり赤子が捨ててあったらしい。両親の姿も、亡骸も傍にはなく、ただ布にくるまれた赤子が森の中の草の上で泣いていたそうだ。拾ってくれて名前も家名さえもくれた呪術師のおばあちゃん、エリザナが最初に私を拾った時に、首が座っていたことから多分生後三か月くらいだろうとは言っていた。

 なんでそんなところに赤子がたった一人でいたのか?どうやって森の中まで入って来たのか?それまではどこに居たのか?そしてー…。

 どんな種族の子供なのか。

 それさえも何も、何も分からなかったらしい。村の住民の子供ではないことは、当時行商に来ていた行商人に確認して近隣の村にも問い合わせはして貰ったらしいけれど、結局何も分からないままだった。

 それなのに。それなのにエリザナおばあちゃんは拾ってくれた。大切に育てて、自分の知識と技術を仕込んでくれて、生き方を教えてくれた。集落の他のみんなも、温かく見守って包んでくれた。


 本当に凄い。自分のことながら奇跡みたいなことだと思ってる。

 だって自分だったらそんな不審な赤子を拾っても多分愛することなんて出来ない。だって。

 だって、自分と同じ『人間か』でさえ分からない、のに…。


 エリザナおばあちゃんは年をとっていたからくすんだ赤い髪にきれいな金の瞳をしていた。集落の他のみんなも、金や茶の髪の人もいたけれど、紺や緑、ピンクやオレンジの髪の人もいた。それがこの世界の人では普通だと言う。

 そう、この世界の人ー…。私にはみんなに育てて貰ったこと以外の記憶がある。こことは別の異世界で、魔力も魔法もない地球という国の日本という国で二十五歳まで生きていた記憶が。

 最初にそのことに気が付いたのは多分初めて立った一歳くらいだろう時。だから最初は、ああ、流行りの異世界転生ってやつなのかな?死んだ記憶も神様に会ってチート能力を貰った記憶もないけどー…。と思っていた。まあチート能力を貰えないパターンもあるよね、と割り切って、この世界のことを知ろうと自分なりに努力しながら大人びた子供と言われつつ過ごしていった。

 言葉は普通にエリザナおばあちゃんに教えて貰ってこの世界の言葉を話しているし、読み書きも出来る。それだって最初は異世界転移じゃなくて転生だから異世界語翻訳スキルなんて貰えないのか、なんてのんびり思っていた。けれど。

 三歳、五歳、七歳、と、どこかおかしいとは思った。けど九歳の時に水に映った自分の顔を見て、異常だということにやっと気がついた。

 だって。水に映った顔が、どう見てもこことは別の世界、日本で生活していた頃の子供の時の顔とまったく同じ顔だったのだから。

 この世界には黒の色彩を持つ人はほとんどいないらしい。いない訳ではないとエリザナおばあちゃんは言っていたけど…。多分黒い髪に黒い瞳というのはかなり珍しいんだと思う。それに集落の人たちはみんな彫りの深い顔立ちだ。こんな私みたいに鼻も低くて印象の薄い顔立ちはしていない。


 私はどうしてここにいるんだろう?異世界転生じゃなくて、もしかして赤ん坊にまで年を戻されただけで異世界転移?した日本人?この世界にとって異世界人なの?でも私はピュラの姿が見える。他の精霊の姿も見ることも出来たし、話をすることも出来る。勿論日本ではそんなことは出来なかった。日本には精霊がいなかったから?その能力は日本で生きていた時も最初から持っていた?そんな都合がいい訳があるの?ならやっぱり転生で精霊を見て話しを出来る能力がある赤子に生まれ変わったの?じゃあそれなら私は『何』なんだろう?

 ここ『私』がいる意味がもしあるのなら。この場所を出て何かが始める?それともー…。


 踏み出す為に上げた足をどこに下すのかさえも迷っている。何をするにも怖がっている自分がいる。

 でももう見守ってくれていた優しい人達はみんな居なくなってしまった。だから。踏み出す一歩目を選ぶ選択をする為にも。この世界の普通の暮らしという情報を手に入れようと思う。



「よし!いつも行商人のロムさんに卸していた薬も作って持った!薬草辞典で見て調べたここら辺でしか採れない珍しい薬草から、普通に深い森にある薬草まで一応乾燥させたものも持ったし!あとは道々採取して行くとして」

 もう行商には来れないと五年前を最後に来なくなったロムさんの店が、確か村にはある筈で。確か息子さんが店は継ぐかもと言っていたことを思い出して、一応薬は作ってみた。

 でもそれを売るかどうかは様子を見てからにしようと決めている。この森の中に集落がある、ということをもうロムさんくらいしか知らないだろうから、わざわざそれを他の村の人に知らせる必要はないと思っているし。

 ただ現金が欲しいから、悪目立ちしない薬草だけは多分売らないといけないだろうけれど。

「一応薬草が売れない時の為に毛皮もいれたし。採取用の籠も背負ったし!お財布にする予定の皮袋も作ったし!お昼ご飯用のパンも持った!顔を隠すローブも持った!よし!忘れ物はないね!行こう、シルバー!村に行くよ!」

「ガウっ」

 家を一応戸締りして出て(エリザナおばあちゃん家をそのまま貰って住んでいる)シルバーと一緒に村の外へと続く獣道へと向かう。

「途中まで行ったらピュラを呼んで案内して貰おう!」

「ガウっ」

 結界内の見回りは、シルバーの背に乗れるようになってからは定期的にしていた。だからある程度は森の手入れもしてあるから、結界の境目までは道も分かる。結界から外へ出るのは勿論初めてだから、一日歩けば村に着く、とは知識では知っているけど、結界の先の森がどうなっているのかさえ実は知らないのだ。

「ウォンッ、ウォンッ」

「ん?乗っていいって?いやまだ早朝だし間に合うから大丈夫だよ。それにさっき言ったでしょ!道々薬草も少しずつ採りながら行くよって」

「ガウウ」

「うん、集まったら乗せて貰うかもね。さ、行こう!薬草見つけたら教えてね、シルバー」

「ガウっ」

 そっと振り返ってみた森の中の小さな集落は、朝日に照らされて優しく輝いて見えた。

「行ってきます」

 


 いつもはもっと奥に進んだ山に近い森で薬草は採取していたから、こっち側で採取したことはなかったけれど、結構色々な種類を歩く片手間でも採ることが出来ていた。

「ふー、大量、大量!」

「ウォンッ!」

「ん?採ったならシルバーに乗れって?そうね、そろそろ乗って一気にもうちょっと結界の境目の方まで行っちゃおうか?」

「ガウっ!」

 なら乗れ、ほら乗れ、すぐ乗れっ。とばかりに脇腹を頭でグイグイ押して来るシルバーの体を抱き留めながら撫でまわす。

 薬草採取の時にはシルバーは鼻で嗅ぎ分けて場所を教えてくれて手伝ってくれた。それもこれもリザを乗せていく為だったらしい。もふもふもふ。

「あーもーシルバーってば本当に気持ちいいもふもふだよねっ!すっごい優しいし、もう最高の相棒だよっ!」

 ウフフフフ。

 もふもふもふもふ。もふもふもふもふ。ぐりぐりなでなで。

 シルバーをもふもふしているとイヤなことも不安も忘れられる。

「ってあんた達ねーっ!!何呑気にいちゃついているのよっ!ちょっとリザっ!森に入ったら呼びなさいって言ってあったじゃないのよっ!」

 ついうっかり夢中でシルバーをもふもふしてしまっていたら、頭上からいつもの声がかかる。

「あ、ピュラっ!」

「あ、ピュラっ!じゃないでしょうっリザっ!」

「あ、うん、ごめん。お金欲しいから売り物の薬草採取しがてら結界の境目までは行ったことあるからそこまでは行こうかなって思って」

「思って、じゃないでしょ!もう、ちゃんと呼びなさいよっ!それこそ薬草ならいくらでも生えてる場所教えてあげるわよ」

 ピュラは森の精霊だから、森のことは何でも知っている。だから確かにいつも初物の木苺の茂みや甘い木の実の場所など、よくピュラには今までも教えて貰ってはいた。薬草は急いで薬の調合をする時だけ教えて貰うこともあった。なんとなくズルしている気持ちになるのと、森の探索がてら探すことは好きだったから、普段はあまりこちらから教えて貰うことはなかったけれど。

「あ、うーん。そうなんだけど、ね。まあ急いでないし?」

 村に行くと決めてこうして出て来たけど、早く行こうと思う程気が進んでいる訳ではない。

「ガウウウっ」

 そんな気持ちまで見透かしてシルバーがまた頭突きをしてきた。

「うっ、シルバー。分かっているわよ。暗くなったら森が危ないってことは。ずっと森で育ったんだから当たり前じゃない」

「ガウガウっ!」

「今乗るわよっ!さっき結界の境目まで乗るって言ったじゃない!」

「ほらシルバー、もっと言ってやりなさい。もうっ!リザったらしっかりしているのに、自分の危機管理に関してはザルなんだから!」

 あー…。言われると思い当たることもあるような気はする。

 まだ子供の頃水嵩が腰までだからって暑い日に小川に入っていたら足を滑らせてうっかり流されていたら、遊んでいると思われた水の精霊さんにじゃれつかれて溺れそうになったとか。木の実を採ろうと木に登って降りる時にやっぱりうっかり足を滑らせたら風の精霊さんが下から強風を吹かせてくれたのはいいけど上に飛ばされた弾みで木の枝に頭をぶつけて、そのまま落下してみたり。

 なんだかこうやって思い返すと精霊の好意からの行為に原因がある気が…。

「ウォンっ!」

「ハイハイ、乗るわよ、乗らせて貰うわよ、シルバー!で、走っている間もふもふしてるからね!」

 乗りやすいように頭を下げてくれたシルバーにまたがり、落ちないように首に抱き着く。全身に触れる極上のもふもふに途端に機嫌が良くなったのを感じて自分の単純さにちょっと呆れた。

 でもいいんだ。シルバーの毛並みは最高だから!

「じゃあ行くわよ!夕方前には村に着くように行きましょう!」

「ガウっ!」

 一声吠えたシルバーが獣道とも言えないような道をゆっくりと走り出した。



「ねえ、ピュラ。シルバーはこのまま行って大丈夫なの?」

 つい意思の疎通も何故か出来ているし、常に気を使ってくれる優しいシルバーが、もふもふしながらも珍しい白銀狼であり、しかも魔獣だということを忘れてしまう。リザにとって家族で大事な相棒だけれど、人里では異質だし、それよりも結界から出たら魔物になる可能性さえあるのだ。

「ああ、魔物になるのを心配してるのね?大丈夫よ、シルバーは」

「え?」

「こっち側は森が深くないから魔力濃度も薄いっていうのもあるけど、シルバーはもう大きくなったし、ずっとリザと一緒にいていい魔力に接していたから、よっぽど魔力が穢れた土地に行かなければもう魔物になることはないわ。まあそれももうすぐ大丈夫になると思うけど」

「ピュラ?なにそれどういうこと?魔獣なのに魔物になる危険がなくなるの?そんなこと本には書いてなかったけど、ありうることなの?」

 まあ確かに本はあくまで人が調べられた範囲で、のことだから人が知らないこの世界の知識を精霊であるピュラが知っていることはちっとも不思議なことではないけれど。

「うーん。まあシルバーがちょっと特殊ってだけなんだけどね。そのうちシルバーから説明してくれるわよ。とりあえず今は結界から出ても大丈夫ってことだけでいいじゃない」

 ん?シルバーから?シルバーとは意思疎通は出来ている気がしているけど、勿論言葉で話している訳ではないから、ほぼ感覚的なことが伝わって来るだけだ。シルバーの方は多分こちらの言っている言葉は完璧に理解しているとは思うけれど…。もふもふ。もふもふもふ。

「うーん。ま、まあ。シルバーが大丈夫ならそれでいいんだけど。良かった。一緒って言ったけど、危険があるなら結界内で待っていて貰おうかと思っていたの」

「ガウガアっ!」

「うん、ごめんね、シルバー。でもどうせ村へは一緒に入れないから、ね?」

「ガアアアっ!!」

「ダメよ、シルバー。いくら言ったって仕方ないじゃない。いきなり大きな狼が村に行ったら、多分大変なことになるわ」

 いくら飼い主?が一緒でもこれだけ大きな(体長約二メートル近い)狼が人の集まるところに入れる訳はないことくらいは、どこの世界でも共通だろうと思う。

「夜も一晩森の中でピュラと一緒に待っていてね。あ、人をみかけても勿論近づいちゃダメよ。シルバーが人を襲わないってその人が遭遇して理解出来るとは思えないし」

 十中八九、シルバーを見たらほとんどの人は走って逃げるか気絶するだろから。

「グルルル?」

「え?私は宿に泊まるわよ。多分宿くらいはあると思うし」

「ヴガァアアウっ!!」

「え?ちょっとシルバー?そんなのダメだってなんで速度上げるの?」

「アハハハハっ!リザを一人で一晩村に泊めるの危ないから、速度上げて日帰りで帰るってことか。さすがだね、シルバー!」

「ええええっ?ま、まあ村に行って様子見て買い物出来するのが目的だから別にそれでもかまわないけど…。シルバーが私のことどう思っているのかちょっと不安になって来た」

 一応今生ではまだ十五歳だけれど、その前に合計したいかは微妙だけれど、精神という面ではプラス二十五年あるのだ。いくら動物は大人になるまでが早いとはいえまだ二歳のシルバーよりは色々考えている。

 …いる、からね?うん。しかもシルバーは人里がどういうところなんて分かりもしないだろうに、どうして人の悪感情の危険性に気づけているんだろうか?

「…ううう。うちの子は天才かもしれない。うれしいような寂しいような…」

「リザ…。何バカなこと言ってるの。もう結界出たわよ。このペースだとそんなにかからずに着くわよ」

「ええええっ!いつの間に!さすがね、シルバー!」

 確かに見渡すと木々の高さが少し低くなって、緑の色が薄くなった気がする。集落の周りでは木を間引きしないと陽ざしは下まで届かないのに、ここら辺では薄っすら明るくなっている。

 そういえば走り出してすぐにフワッとした空気の層なようなものを抜けたような感覚があった。あれが結界だったのかな?

「ここら辺にはここの地域一帯で採取出来る普通の薬草しかないみたいね。あっ!あれはピイルの実じゃない!ちょっとシルバー、少しだけ寄って薬草と木の実を採りたいわ!」

「…グルゥ」

「ね、お願い!日帰りなら尚更さっさと現金にして買い物しなきゃならないから、ここら辺で採った物が一番早いと思うの」

「…ガウっ」

 えー、仕方ないな、と言わんばかりにしぶしぶ速度を落としたシルバーを本当に過保護だなー、と思いつつもふもふしてみた。



 太陽が中天にさしかかった頃、木々だけの視界に草原が見え始めた。

「もうそろそろね。森を出てもこのまま真っすぐ丘を下ったら村があるから。あたしとシルバーはここらで森に入ったとこで待ってるから。そうね、一刻くらいで戻ってくれば夜には集落まで戻れるわ」

「うん、分かったわ。シルバー、もうここら辺でいいわ。木が無くなったらシルバーの毛並みは目立つもの。ピュラと森で待っててね」

「…ガゥ…グルゥ」

「うん、頑張ってさっさと様子見て品物売って買い物して帰って来るから。美味しそうな調味料あったら買って今晩は料理作るから、ね」

 しぶしぶ丘の方から木々が遮って見通せない場所で止まったシルバーから降りて、首筋を撫でながら語りかける。

「…ガウ」

「じゃあリザ、気をつけてね。何かあったら名前を呼んでくれればどこへでもシルバーと一緒に駆け付けるから」

「フフフ。そんな怖いことにならないと思うよ。大丈夫。フードをかぶって行くから、髪を出さないようにするし。目立たないように振舞うから」

「うん。十分に気をつけてね。シルバーと待ってるわ」

「じゃあ行って来ます!」

 シルバーとピュラに手を振ると、ローブのフードをかぶり木の実と薬草の入った籠を背負うと草原へと足を踏み出した。

 そのまま森から出て言われた通りにまっすぐに丘を登る。するとすぐに村が見えて来た。

 こんな辺境にしては、あるいは逆にここが辺境との境だからか、以外と家の数があるように感じた。丘の下には畑が広がり、畑と村の境目に木で作った柵が設けられていて門も見える。柵の高さは多分獣除けなのかリザの身長もないくらいだったけれど、柵に囲まれた家はざっと見た感じでも数十はあった。百以上あるのかもしれない。遠目ではほとんどが木と石で造られているように見える。

 そして畑には何人もの作業をする住民の姿があった。


「…異世界の住民に異世界の村だわ」

 集落の人以外の、この世界での初めての住人だった。

 そこことに気づいて、今さらながら更にドキドキしながらも、ゆっくりと村へと近づいて行った。

 



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話のキリがいいところで切るので、文字数は多かったり少なかったりです。(今回は多いです)読みずらかったらすみません。

お盆連休中(明後日までです)毎日投稿目指します。宜しくお願いします。

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