my way road!

紫苑

第1話 スタート地点

武道場を思わせる板張りの部屋。やや白髪の混じった初老の男性が半袖半ズボンのラフな格好でどっしりと部屋の奥の椅子に腰掛けている。視線は俺から一切離さず、その一挙一動見逃さないように見られるのは落ちつかなかった。眉をピクリとも動かさず、息もしているかもわからないほど不動だった。


「では、いきます」


忍者の正装を整え、深呼吸して心と体を落ち着かせる。重心を少し落として下半身に力を入れる。右手を顔の前にまで持って行き、人差し指と中指の二本を立てる。神経の全てを集中させ、自分の力を一点に集めるように右手に力を込める。感じる、気の集まりを。なんかよくわからない忍者の力の高まりを....。体温が上がっていく、特に下半身。行き場のないよくわからない力が外に出ようとしている...らしい、詳しいことは知らない。

すると自分の意思とは勝手に右手が小刻みに震えだした。忍者の力みたいなものが集まると起こる現象でこのタイミングで忍術を放つのだ。

「忍法 火遁の術」

右腕から突如放出された煙が命あるかのように俺を包む。火遁の術とはそもそも火を吹くものじゃない。自分の周りに煙を焚いてその間に逃げる術のことなのだ。

俺を取り巻く煙はなおその量を増す。成功だ、完璧だ。煙で見えないがさぞ父上も舌を巻いているだろう。一般的忍者に求められるのは素早さだがこれは俺の得意技だ。

術も、身のこなしも俺が兄弟の中で一番早い。さて、早く父上には合格と言ってもらいたいのだが....煙の先の父上を見る、まぁ見えないけど。

「詰めが甘いな」

ボソッと一言煙の向こうから聞こえた。詰めが甘い?なに言ってるんだこれのどこがどう失敗だって言うんだ?

言い返そうとした時、違和感を覚える。熱い、力は放出したはずなのに、熱い。特に下半身。違和感を探るため手でお尻を触ろうとすると、反射条件。思わず手を引っ込めた。

「あつ!なにこれ...」

次第に違和感では済まされない、熱されたフライパンを押し付けられるようないてもられない拷問のような痛みがお尻を襲う。

思わず飛びのいてしまう。だがそれはずっとついてくる。

「なっはっはっはっはっ!」

椅子に座っていた父上は立ち上がり文字通り腹を抱えて笑っていた。目に涙を浮かべて、身長185ある巨大で落ち着きなく武道場の床を何度も踏む。低く野太い笑い声が武道場に木霊する。なに笑ってんだこの野郎。

「カチカチ...カチカチ山だこりゃはっはっはっはっ!」

カチカチ山?もしかしてそれって...脳裏によぎる先ほどまでの準備段階でのこと。そういえば火遁の術の準備のため適当に火薬を取ってきてそれを適量仕込んだあと余ったのを尻ポケットに入れたような....もしやもしない、間違いない、確信。

「なに笑ってんだこのクソ親父!はやくなんとかしろよ」

「自業自得じゃ!ったく、はよこっちこい」

親父はそのまま後ろをの椅子の下に手を伸ばす。俺は慌てて駆け寄る。忍者の正装は以外と頑丈とはいえ耐火性が完全にあるわけではない、おまけにこいつ着るのも面倒臭いし脱ぐのも面倒臭い。おまけに通気性もあまりよろしくないので夏は最悪。忍者じゃなきゃこんな服まず着ない。

「準備していてよかったわ....ほりゃぁぁ」

父上は振り向様取り出したものを俺の上からぶっかけた。チビの俺にはシャワーするには十分の高さで量だった。バケツに並々入れられた水は俺の全身を隈なくビショビショにした。

シュゥゥと尻の方から鎮火する音も聞こえた。とりあえず助かった。一息ついてから、顔の水を払う。

「すいません、父上」

「まだまだ修行の身だな、素質はあるんだ。慌てずにやればよい」

そう言い残し武道場の出口へ向かって行く。素質はある、そう言われて何年経つのか。失敗するたびそう言われる。素質があったら成功するっつーの。悪態をつかずにはいられなかった。

「あと、床の水はお前が拭いておけよ」

ガラガラと木製の扉が閉まる音が静寂の武道場に響く。

グショグショで気持ちが悪い、通気性が良くない服だから尚更だ。これで水遁の術を使う兄貴たちの気が知れない。濡れた地下足袋をぐちょぐちょ音を鳴らして武道場隅の掃除用具棚を開ける。箒、ちり取...あった、雑巾。

ここの掃除は年末恒例、そしてそこで掃除を楽しくやろうという父上発案の元武道場の端からは端までの雑巾掛けを三往復して競うレースがあった。身のこなしと足腰が強かった俺は一番年下ながらいつも優勝。あの時は兄貴達に勝って本当嬉しかった。今ではこんなんだけど。

俺は、明らかな忍者の落ちこぼれだ。父上も、兄貴達もそして死んだ母も、素晴らしい忍者だ。特に長兄の宗一太郎は歴代でも類を見ないほどの逸材といわれこの家を背負って立つ日が来るのは案外早くなるかもしれない。

父上もまた長きに渡りこの家の当主として忍道を貫いてきた人だ。もう50手前、世間忍者でいえばそろそろ現役を止めて隠居人となる時期だ、だがそんな気配は一切感じられない。むしろ宗一太郎兄さんに当主の座を渡すのはまだ早いと言い今でも街を駆け回っている。

次男の凛太郎もまた素晴らしい忍者だ。鍛え抜かれた体と豪快な忍術は目を瞠るものだ。

母は俺が幼い時に亡くなったのでわからないが、評判を聞く限りとても腕がたったくノ一だったそうだ。

そんな家庭の中で生まれた出来損ない。周りは凛太郎兄さんが弄って来る以外特になにも入ってこない。逆に心にくることがある、気を使われているだなって。

原石は磨かなければいつまでたっても原石だ。

そんな原石の俺がこの春、高校を卒業し、大学に進学した。小中高と運動神経だけが取り柄の俺はよく何か運動しないのかと聞かれることが多かったがが特になにもしてこなかった。それよりも忍術を磨きたかったからだ。あと遊びたかった、多分こっちの方が有力。

そんなわけで何かしたいこともない。進路も忍者になるんだから決まっている、このご時世である意味安泰。

特になにもないんだろうな。そう考えていた。あの金髪野郎に会うまでは。










「よう、ニンニン」


「黙れ脳筋」


金髪野郎はニッコニコで俺の横に座る。講義の後の片付けをしているのをわざと邪魔してるかのように机の上に鞄を置いてきた。

はぁ、なんでこんなのと絡んでいるんだろう?相変わらずの笑顔に、今日は一発お見舞いしてやろうかと思った。

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