第12話
スタジオでの練習を終えた四人は、遅めの夕飯を近くの定食屋で摂った。
リョウはうっかりいつもの癖で大盛りで頼んでしまった担々麺を今朝からの精神的疲労によって持て余していたが、ミリアは大好きな親子丼を頼んで、美味しそうに一口一口を噛み締めている。
「ミリア、ユウヤに勉強教えてもらうんだって?」シュンがカツ丼を頬張りながら尋ねる。
「うん。」ミリアは幸福そうに答える。それは目の前の親子丼のためか、勉強ができるようになることへの期待なのかは、はたまた例のリョウと結婚したという夢のためであるかは判らない。
「ミリアも中三かあ、早いよなあ。そりゃ俺たちも、年食う訳だよ。」シュンがカツを箸に挟んだまま、呆然とそう言った。
「俺らが最初にミリアに会ったのは、……四枚目のアルバムのツアーの追加公演、だったよな。ってこたあ、八年、前か?」アキがほう、と溜息を吐く。
「リョウが小っちゃい女の子連れて来て、あの時はマジ、遂に犯罪に手出したかと思ったもんな。」シュンはそう言ってするすると、面を啜り上げる。
「遂に、って何、だよ……。」リョウはそう一応反論を述べるものの、しかし語尾は弱くなる。
「仕方ねえだろ。毎回遭遇するたびに職質するしかなくなる警察の方々の気持ちも考えろよ。」
リョウはただ話題が反れるように祈りつつ、担々麺を啜り上げた。麺の上に乗った味付き卵をミリアの丼の上に乗せてやる。ミリアはわあ、と歓声を上げた。
「今度のライブ、おじさん、来るの。」
「誰、おじさんって。」シュンが問いかけ、
「モデル会社のおじさん。」ミリアが答える。
「こいつ、この前モデルのスカウトに遭ったんだよ。」
「凄ぇじゃん。」シュンが目を見開く。
「凄ぇもんかよ、わざわざ中学近辺まで出向いて、挙げ句の果てには路傍で泣いてるミリアを勧誘するとか、滅茶苦茶怪しいだろが。だから、あれだよ、」リョウはシュンに耳打ちする。「AV。」
「そんな怪しい野郎だったのか。」シュンは驚いて目を見開く。
「俺は会ってねえけどな。ユウヤ曰く、所属モデルはそこそこ有名な雑誌に出てるらしい。でもそんだけミリアに執着するのが、既に、怪しい。」
「でも、まあ、注目には値すんだろ。」アキがちらとミリアを見遣る。「ミリアのレベルでメタルに特化したギター弾けるガキはいねえからな。……おっさんはいるけど。」
「だったら、余計にレコード会社様の出番じゃねえか。何で俺らはいつまで経っても、二、三百のキャパでしかライブが出来ねえんだよ。」リョウは不満げに言う。
「そりゃデスメタルだからだ。」シュンが微笑みながら即答する。「社会に受け入れられる、はずがねえ。」
「おいしいんだよ、ミリアは。女で、ガキで、デスメタルバンドのギタリスト。んでルックスがいい。」アキがそう言って味噌汁を啜る。「今時ルックスオンリーで売ってるモデルやタレントなんつうのも、多分いねえんだろ。プラスアルファ、オタクだとか、フルマラソン余裕で走り切るとか、アパレル社長で大儲けしてるとか、そういうのがあるとネタにしやすいからな。」
「……そんなもんか。」とリョウは呟く。
「ま、お前の言う怪しい野郎が何考えてんのかは、わかんねえけどな。でも、そいつが次のライブに来るんだろ? 話ぐれえ、聞いてみりゃいいじゃん。お前と一緒なら文句はねえだろ。」
「……まあな。」リョウは意気消沈したように呟いた。それがミリアの生きていける道、かもしれないのだ。他のほぼすべての道を絶たれている、ミリアにとっての。
アキが今更ながらミリアを眩しいものであるように目を細めて眺める。「Last Rebellion始まって以来の、あの大量の差し入れ。ミリアは俺らが思っている以上に魅力的なんだろうよ。いいなあ、……俺にも誰か、服くれねえかなあ。PEACE MAKERのがいいなあ。」
「アホか。」リョウはそう言い放つ。
「で、ミリアはモデルに興味あんの?」シュンが今更ながらに尋ねる。
ミリアは勢いよく首を横に振る。「ギターがいい。」
「そりゃあ、な。……でも、ギターで食ってくってのは、至難の業だぞ。」アキが言い、「そうだよ。」リョウもここぞとばかり首肯する。「高校ぐれえ、出ておかねえと食いっぱぐれんだぞ。」
ミリアは親子丼に載った玉ねぎを一本、寂し気に口許に運ぶ。
「でもミリア、ギターがいい。勉強は……。」
「大丈夫だ、また明日にもユウヤを呼んでやるから。すーぐ、勉強出来るようになるから。」リョウはそう言ってミリアの頭を撫でようとし、その手を慌てて引っ込めた。そして、酒好きのユウヤが何人襲い来ようが酒は何があっても絶対に禁止だと再び決意するのである。
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