第7話 円華の想い
――その頃、地球では。
地球守備軍本部に有る「地球外生物監視センター」の施設に、守備軍を代表する美女……志波円華が駆け込んでいた。職員の誰もが振り返るほどの美貌を持つ彼女は、必死の形相で廊下を走り抜け――ある一室に飛び込んでいく。
「本当なの!? 威流の機体が見つかったって!」
その一室――宇宙観測室に踏み入った彼女は、声を荒げて目の前にいる男性を見据えた。
無数のコンピュータに囲まれた、無機質な空間。その中で佇む男性……武灯竜也は誰が来るか分かっていたらしく、落ち着いた様子でモニターを眺めている。
「正しくは粉々に砕けた主翼の破片だが……その粒を辿っていけば、あいつの行方が解るかも知れねぇんだ。ホラ、見てみろ」
「……これは……」
そのモニターに映されている映像を、円華は食い入るように見つめる。そこに映されていたのは、彼女達も知っている惑星だった。
「人工衛星が感知した生体反応の情報から、異星人がいる可能性が浮上していた惑星……」
「……だが、惑星周辺に張り巡らされているバリアにより進入を阻まれ、当時の調査隊は退却を余儀なくされた。現在、この星の探査については保留となっている」
――怪獣軍団が地球に襲来してくる30年前から、存在が確認され世間でも話題にもなっていた惑星。
異星人が存在している可能性があるとされ、多くの調査隊が向かった星だが……謎のバリアにより進入を阻まれ、調査は保留。その後間も無く怪獣軍団が出現したことで、人々からも忘れ去られていた。
その星は――あの日、威流達が「大怪獣」と遭遇していた宙域の近くにあったのだ。現場から新たに発見された、威流のコスモビートルの破片を辿ると……この星に行き当たるのである。
「……じゃあ……威流は、操縦不能のまま、この星のバリアに衝突して……」
「俺もそう思っていた。……こいつを見るまではな」
「これは……?」
すると、竜也はモニターの映像を切り替え、何らかのグラフを表示した。
「あのバリアのエネルギー源やその威力を調査する為に新造された特殊衛星。そのコンピュータに搭載されている、バリアの威力を数値化したものだ」
「威力の数値化……?」
そのグラフが数値の変化が意味するものを見出せず、円華は暫し眉をひそめる。……が、その直後。
彼女は何かに気づいたように、目を見張った。
「……! ちょっと待って! これって……!」
「そう。あの日――威流が撃墜された時。バリアの威力が、一瞬
「まさか……!」
「……あぁ。バリアが消えた理由まではわからねぇが――威流が、あの惑星に漂着している可能性は高ぇ」
やがて竜也の口から、威流が生存している可能性が明言される。刹那――どこか暗く滲んでいた円華の瞳に、光明が宿った。
そんな彼女の変化を見遣り、竜也は目をスゥッと細める。彼の口元が不敵に緩んだのは、その直後だった。
「……あの星の近辺を調べても、主翼部分以外の破片は見当たらなかった。バリアや隕石にぶつかったってんなら、バラバラになった機体が見つかるはずだ」
「だけど、そんな形跡はなかった。……だから、威流はあの星にいる……!」
「かも知れねぇ、だけどな。……へっ、いずれにせよ葬儀にはまだ早そうだぜ」
一方。円華は唇を噛み締めながら、モニターを凝視している。逸る気持ちを懸命に抑えようと、その拳が震えていた。
(だけど……まだ、不確定な要素が多過ぎる。安易にお嬢様に知らせるわけには行かないわ……)
叫び出してしまいそうな想いを、飲み込むように。彼女は暫し天を仰いだ後、竜也と真剣な眼差しを交わし合う。
「……わかったわ。直ちに、この惑星の調査に向かいましょう」
「おいおい、教え子ほっぽって宇宙に飛び出そうってのか? それに……上の連中も威流が行方不明になったことで、かなり及び腰になってる。これ以上、守備軍のアイドルに死なれちゃたまらんってのが上の意向だろうし、許可が取れるとは思えんぞ?」
「溜まってた有給、そろそろ消化しておかないと上官が書類整理に困るのよ。任務だの調査だの訓練だの、ここのところ休みなんてまるでなかったしね。貴方はどうなの?」
「……実は俺も、結構溜まってんだよなー。有給。上のオヤジ共が英雄だなんだと俺らを担いで仕事振りまくるせいで、ロクな休みもなかったぜ」
そして彼らは、これまで積み重ねてきた自分達の「名声」を、最大限に利用する計画を企てる。
全ては、かけがえのない仲間を取り戻すために。
「……決まりか」
「決まりね。こっちは貴重な休みを人類のために、自ら捧げている『英雄』だもの。誰にもケチは付けさせないわ」
「こえーオンナだなぁ。……んじゃ、予定空けとけよ?」
「えぇ……それじゃあ、また」
違いに、微かに口元を緩めて。2人は有給消化と称した、威流の救出作戦を実行するべく――動き始めた。
竜也は引き続きバリアを監視し、円華は上官を説得すべく観測室を後にする。
「……ふぅ」
その、直後。
無人の廊下に出て、扉を閉め――僅か数歩、歩いたところで。
「う、ううっ……あぁあ……!」
円華は、膝から崩れ落ちるように壁に寄り懸り――溢れんばかりの歓喜の涙を、その小麦色の頬に伝せていた。
「威流……! はぁあ、威流っ……!」
やがて彼女は、嗚咽と共に
◇
――志波家は代々、獅乃咲家に仕える従者の家系。
その生まれである円華もまた、志波家に名を連ねる軍人の娘として、幼い頃から鍛錬に励んでいた。
だが男勝りに育ったとは言え、単に家のためだけに命を張れるほど、彼女も聖人ではない。自分を姉のように慕う、葵への愛情が――彼女を、戦う道へと向かわせていたのである。
そんな円華は、葵への献身ゆえに。
一般家庭の出身でありながら、「成り上がり者」として獅乃咲家に婿入りすることとなった日向威流という男に対して、不信感を抱いていた。
――当時、葵に対する縁談の話が無数に集まっており、そのいずれもが獅乃咲家の地位と名声を狙ってのものだった。間近でそれを見続けてきた円華にとって、葵に近づく男は皆、大切な家族を苦しめる「敵」だったのである。
まして成り上がり者というのは総じて、上昇志向が異常に強い。自分の力を世に知らしめんとする、自己顕示欲の強いケースがほとんどだ。そんな者達の1人である威流が、獅乃咲家を利用しようと企てないはずがない。
そう確信していた円華は、彼をむかえ入れようとしていた雅に猛反発し、威流を排除しようと決闘まで挑んだ。――そして、完膚なきまでに敗れてしまったのである。
その後、彼女は威流の同期として、彼と同じ戦場へ踏み出し……その人柄を見極めるべく、戦友であり続けてきた。本当に威流が、葵に相応しい男であるか、確かめるために。
そうして、共に戦っていくうちに。いつしか円華は、気づいていた。
威流の胸中には、名声への執着などまるでなく――ただ愚直なまでに、「皆を守る」ためだけに戦っていることに。そして、そんな彼のことを――いつも見つめている自分に、芽生えてしまった想いに。
だが、彼女はそんな自分の恋を認めるわけには行かなかった。
威流は葵の婚約者であり、自分は獅乃咲家の従者。そのような間柄である2人が、結ばれるなどあり得ないし、あってはならない。
ゆえに彼女は戦後、懸命に葵の背を押し、威流との婚姻を後押しするようになった。自分の初恋を、終わらせるために。
なのに、その矢先で……今回のような事態が起きてしまった。婚約者のことを憂う葵の前である以上、自分が涙を見せるわけには行かないと、あの日から気を張り続けていたが――ここにきて威流の生存を知り、ついに堪えていた涙腺が決壊してしまったのだ。
(もう少し……もう少しの辛抱だからね。必ず、助けに行くから……お願い! 生きていて、威流!)
だが、どんな雨もいつかは晴れて、虹が架かる。それと同様に――いつしか円華は、涙を拭い立ち上がっていた。
例え叶わぬ恋であろうと。大切な
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