第6話 赤き虚勢のタイタノア


 ――神代の巫女ルクレイテと、その従者である神官達が暮らす大神殿。そこから森に包まれた丘を登った先には、古くからこの星に鎮座している「巨神像」を祀る聖域があるという。


 ルクレイテにより、その聖堂に導かれた威流は――色鮮やかな野花に彩られた、小さな草原にたどり着き。その中央に座している巨人の像と対面していた。


「……これが……君の、お父さん?」

「えぇ。私の父にして、この星の平和を司る――主神タイタノア。敗戦を重ねたこの星の民にとっての、最後の拠り所です」


 ――だが、その姿は単に「巨人」と呼ぶには、あまりにも物々しい。

 赤を基調とする全身の関節各部は、金色の胸当てやプロテクターで覆われており。白銀の鉄仮面の頭頂でぎらついているトサカや、翡翠色のバイザー部分からは、「人間」とは程遠い何か――という印象を与えていた。

 巨人……というよりは。科学が発達したこの時代においても空想の産物でしかない「ロボット」を想起させる外見なのだ。


(……ロボット、にしか見えないが……。とすると、この子も本当は……?)


 この機械巨人を「父」と呼ぶルクレイテに、威流は視線を移す。「巨人」から「人間」が産まれた……とは常識的・・・には考えにくい。

 だが相手は、存在そのものが超常的である異星人。地球の科学では解明できない現象の一つや二つ、あって然るべきだろう。


「……貴方が想像しておられる『ロボット』とは、異なりますわ。確かに見掛けはヒトのそれとは違いますし、太古の機械技術も使われている体ですが……内部器官は私達と大差ないのですよ」

「……! じゃあ、サイボーグの巨人……と言う方が近いのかな」

「えぇ。……でなくては、私も『ロボット』になってしまいますから」

「そうだな……ところでさ。そろそろ心を読むの、やめて欲しいんだけど」

「貴方のことを、よく知りたいのです。私だって、貴方の――そう、『大ファン』なのですから」


 だが、ルクレイテは父や自身が「ロボット」ではないと明言すると。読心能力で威流の胸中を見抜き、悪戯っぽく舌を出してみせた。


「でも……全然動き出す気配がないぞ。眠ってるのか……?」

「過去の戦いに疲れ果て、今は身を休めている。――表向きは、そうなっています」

「表向き……?」


 そして――彼女が口にした言葉が意味するものを、威流が問おうとした瞬間。


『……ルクレイテ。その者が……例の、人間……か』


 地を揺るがし、天に轟く荘厳な「声」。その現象に反応し、威流はハッと顔を上げる。


「――!」

「えぇ。こちらが2年前にこの星を苦しめた、あの怪獣軍団を撃滅せし英雄――ヒュウガ・タケル様です」

『ヒュウガ・タケル……』


 すると。「声」が聞こえた方向へ威流が視線を移すと同時に、ルクレイテは「父」との対話を始めた。やはり今の「声」は――この聖域に座している巨神像のものだったのだ。


(……ほ、ほんとに喋り出した……こんなデカい異星人もいるんだな……。いや、神様って異星人なんだろうか……?)


 改めて「主神タイタノア」との対面を果たし、威流はその圧倒的な体躯に息を飲む。立ち上がればおそらく――全長50メートルはあるだろう。

 あの「大怪獣」に迫るほどの巨体だ。


『……ヒュウガ・タケルとやら。この星の為に戦い、散って行った者達の仇を討った働きは、見事であった。その功績に免じて――余に服従を誓うならば、其方を襲ったあの怪獣を滅ぼし、地球という星に帰してやってもよい。我が力を以てすれば、容易いことよ』

「ほ、本当なのか……?」


 そんな彼を見下ろす紅蓮の巨神は、高圧的な言葉遣いで地球の漂流者に「条件」を示す。神と称されるのも頷けてしまうほどの、迫力が込められた声に――威流は冷や汗をかきながら、隣で涼しげな表情を浮かべているルクレイテを見遣った。


「……まぁ、嘘は言っていないと思います。父の力は……一応、本物ですから」

「……?」


 だが、タイタノアの言葉を聞いていた彼女は、どこか冷めた様子で「父」を見つめていた。

 父であり神である彼の前でありながら、まるで「尊敬」していないその表情に、威流が首を傾げる――その瞬間。


「それってどういう――危ないッ!」


 宇宙怪獣達との死闘で培われた第六感が、彼を突き動かした。草原の裏手にある茂みの中から、禍々しい体毛を持つ猟犬のようなモンスターが、ルクレイテの背後に飛び出してきたのである。

 その殺気を感知した威流は、咄嗟に光線銃を引き抜きそのモンスターを撃つ。白い閃光を浴びた猟犬は、短い悲鳴を上げると退散し、再び森の中へと逃げてしまった。


『ヒィッ!』


 ――しかし。そのモンスターとは別の悲鳴が、この聖域に鳴り響く。


(……? なんだ、今の)


 その不審な「声」を訝しみつつも、威流はルクレイテの無事を優先すべく彼女に歩み寄る。神代の巫女でも今の急襲は予想外だったのか、頬に冷や汗を伝せていた。


「ふぅッ……怪我はないか?」

「え、えぇ、ありがとうございます。でもまさか、あの獣達まで……」

「この星にも猛獣はいるんだな……。光線銃まで壊れてたら、大変だったぜ」

「……あの獣達は、普段は大人しく滅多に人を襲わないのですが……どうやら、宇宙怪獣の気配を近くに感じ取ったせいで、殺気立ってしまっているようです」

「野生動物のカンってのは、他所の星でも強力なんだな。……ってことは、それだけあの大怪獣が、この星の近くでウロついてるってことか」


 やがてルクレイテから、今のモンスターについての話を聞いた威流は、神妙な面持ちで天を仰ぐ。

 地球と変わらない、この星の青空。その彼方では、あの「大怪獣」が今も蠢いている。その事実が生む現象を目の当たりにして、彼は自分達が置かれている状況の厳しさを、改めて実感するのだった。


「そうですね……。奴を倒せば、他の惑星を脅かしている怪獣軍団も勢力を失うでしょう。奴は、怪獣軍団を産み出した『親』ですから」

「親……つまり成体、ということか。……なるほど、道理であんなにデカいわけだ」

「奴らは星の資源を喰らい、あの成体に成長していくのです。早く首魁を討たねば、手が付けられなくなってしまいます」

「そこで、主神タイタノア様のお出まし――ってことか。それなら……」


 だが、打つ手ならある。今目の前にいる主神タイタノアの力があれば、大怪獣に勝てるかも知れないのだ。

 地球の科学力が生んだ矛――コスモビートルだけでは、恐らくあの強敵を打ち破ることは出来ない。未知の力であろうと、可能であるなら借りるしかないのである。


 その一縷の望みに賭けて、威流は巨神像の方に向き直る……のだが。


「……は?」


 その巨神像は、大怪獣を倒すと云うタイタノアは――


『お、終わった?』


 ――尻をこちらに向け、蹲って震えていた。


「……終わったけど」


 この光景の意味を今ひとつ飲み込めず、威流は困惑した表情で呟き、その後ろ姿を眺めていた。

 それからしばらくの間を置いて、タイタノアは悠然と立ち上がり――先ほどの醜態が嘘のような仁王立ちを見せつける。推定50メートルの巨体が生み出す長い影が、威流達を覆い尽くした。


『――フン。羽虫の如き儚い命しか持たぬ、地球人風情にしては……やるではないか。だが、あんな玩具で得意にならぬことだな。余の力は天を穿ち、宇宙を斬り裂き――』


 だが、その後光を浴びた荘厳な姿は――長くは持たなかった。


「タケル様。光線銃を」

「あぁ」


 威流は先ほど見た光景の真相を探るべく、ルクレイテに促されるまま光線銃を抜き。その銃口を、タイタノアの眉間に向けた。


『――やめぇえぇえ! やめぇえぇい! やめぇてえぇえ! そんなモノを余に向けるな無礼者ぉおお!』


 刹那。タイタノアは情けない声色で泣き喚きながら、再び尻を向けて蹲ってしまった。

 その動きで大地が揺れ、激しい振動が聖域に襲い掛かる。木々に留まっていた小鳥達が、蜘蛛の子を散らすように方々へ飛び去っていった。


 ――その光景を目の当たりにして。威流はなんとも言えない表情で、ルクレイテの方を見遣る。

 そんな彼の意を汲み、娘である巫女は観念したような面持ちで、父の「本性」を語るのだった。


「……ルクレイテさん。説明して貰える?」

「……数百年前にも一度、この星は宇宙怪獣の侵略を受けたことがあるのです。当時、先住民族であった巨人族は自らの身体をサイボーグに改造し、戦いを挑みました。彼らは自らの命と引き換えに災厄を斬り払い、この星を守り抜いたのです」

「……」

「そして……最後に生き残った父上が、守り神として今も生き続けている。それが、表向きの伝説です」


 ――数百年前。この惑星に侵攻してきた怪獣軍団に抗するべく、当時の先住民族であった巨人族は、自らの身体を兵器に改造。サイボーグとなった彼らは、この星の砦として侵略者達に立ち向かった。

 そして、長きに渡る死闘の果て。怪獣軍団と機械巨人族の戦いは相討ちに終わり、この星は辛くも平和を取り戻した。今では、その機械巨人族の唯一の生き残りであるタイタノアが、この星の主として祀られている。


 ――それが、威流が聞かされたこの星の伝説である。


 だが、実際は。


「……で、真相は?」

「機械巨人族の中で……父上だけは、怪獣軍団に怯え最後まで戦わなかったのです。当時の機械巨人族は、怪獣軍団と相討ちとなり滅びましたが……この聖域に身を潜め、こうして震えていた父上だけは生き延びました」

「……」

「父は巨人族の中でも、一際強い力を持っていた……そうですが。ご覧の通り、実力とはまるで正反対な臆病神でして。戦いを嫌って萎縮するあまり、動かぬ石像を演じるようになった父は、いつしか守り神として祀られるようになってしまいました」


 目の前で情けなく蹲っている姿こそが。この星の人々に祀られる「主神タイタノア」の真実なのである。

 それを知ってしまった威流は、落胆した表情でルクレイテの目を見つめる。父譲りの翡翠色の瞳を持つ彼女は、威流の反応を予見していたのか、申し訳なさそうに目を伏せていた。

 ――過去の侵略戦争を知る人々に、生きる勇気を与えるためには。例え嘘をついてでも、タイタノアを勇敢な神として祀るしかなかったのである。


「……あのさ。娘の君の前で、こう言うのは難なんだけど。……アテになるの?」

「なります。父本人の性格はとんだチキン野郎ですが、力に関しては本物ですから。……そこで貴方の存在が鍵となるのです」

「結構酷い言葉を聞いた気がするけど……ひとまず、それは置いておくとして。オレが鍵って、どういうことなんだ?」


 やがて彼女は、気を取り直すように顔を上げると、威流に熱い眼差しを注いだ。そんな娘の様子に、ただならぬものを感じ取ったのか――父であるタイタノアはガバッと立ち上がり、威流を睨み付ける。


『おいヒュウガ・タケル! 貴様ぁ、我が娘ルクレイテに気安く話し掛けるでない! 寿命の短い地球人の分際で――』

「タケル様、光線銃をお借りします」

「え、ちょ」


 そんな父に、灸を据えるかのように。ルクレイテは威流のホルスターから光線銃を引き抜き、父に向かって乱射し始めた。

 しかし、彼女自身に銃を撃った経験はないらしい。狙いが全く定まっておらず、白い閃光があちこちに乱れ飛んでいる。だが、50メートルの巨体など外す方が難しい。案の定、タイタノアの全身に命中していた。


『ひひぃい! 痛い痛い痛い! ごめんなさい許してぇえ!』


 そんな娘のお仕置きに悲鳴を上げ、タイタノアは地響きを立ててのたうちまわる。その巨体に傷ひとつないところを見るにダメージはないようだが、「撃たれていること」への恐怖心が強過ぎるようだ。


(ひ、ひでぇ)


 そんな父の本性を知った上で、光線銃で滅多撃ちにしているルクレイテ。冷ややかな表情でお仕置きを続ける彼女の貌に、威流はかつてない悪寒を覚えていた。

 ――この事態が、愛する英雄を侮辱されたことへの怒りによるものとは、知る由もない。


 彼女にとっては、「力」を持ちながら数百年に渡り、この星で震えていた父タイタノアより――非力で寿命も短い地球人でありながら、怪獣軍団に敢然と立ち向かい勝利を掴んだ威流の方が、よほど頼もしいのだ。


 ――その思慕の情に基づく「お仕置き」が、一通り終わった後。ルクレイテは何事もなかったかのようにスッキリとした表情を浮かべ、ドン引きしている威流の方へ向き直る。


「ル、ルクレイテさん……」

「……タケル様。貴方には、父と『合体』して頂きたいのです。貴方の『勇気』で、何卒――父の『力』を、引き出してくださいませ」

「……!?」


 そして。

 威流を救い、大怪獣を斃す「秘術」の真相を、改めて告げるのだった。

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