第2話

 花屋のご主人に地図を書いてもらい、由希乃と多島くんは隣町へと移転した喫茶店に向かった。今度はちょっとゆっくり、景色を楽しみながら。


「なんかずいぶん遠出になっちゃった。ごめんね、多島さん」

「いやいや。今日は丸一日由希乃ちゃんと散歩デートする気で来たんだから、まったく問題ないよ」

「そんならいいけど」

「疲れてない? タクシー拾ってもいいんだよ」

「いいよもったいない。歩いて行けない距離でもないし。それに」

「それに?」

「私も多島さんと、一日中ずっと一緒にいられるし、ゆっくり話が出来るから嬉しい」


 多島くんは両手で口を押さえて、ふるふる震えている。


「どうかした?」

「い、いや……ちょっと」

「へんなの」

「うん……俺、今日はヘンかも」

「どうヘンなの?」

「うふ、うふふ……うれしくて、おかしくなってる……かも」

「ちょっ……だ、大丈夫?」


 多島くんは、真っ赤な困り顔でうんうん、とうなづいた。


                  ☆


 二人は、おしゃべりをしながらダラダラ歩いていると、いつのまにか目的の店にたどり着いた。


「あー……そっくりだぁ……」

「外観からすでに似てるのか。やはりお父さんの店への思い入れが強いんだな」

「えっと……大きさはこっちの方が小さいんだけど、でも……同じだってわかる」

「文字通り、同じ遺伝子を受け継いでるってカンジか」

「そう、そうそう! そういうやつ! やっぱ大人はちがうなー」

「うん、そう、だね」


 多島くんの顔が一瞬曇ったが、由希乃は気付かず、店先のメニュー看板を物色していた。




『カランコロン』


 多島くんが店のドアを開けると、上端に取り付けられたカウベルが鳴った。

 促されて店内に入った由希乃が、わぁ、と声を上げた。


「すごい……。なにもかも同じ、でもぎゅっと濃くなったカンジ……」

「ホント? それはよかった」


「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」


 多島くんより少し年上と思しき男性が、二人に声をかけた。

 細身のフレームのメガネをかけ、知的で落ち着いているように見える。

  彼はひと目で喫茶店のマスターと分かるようなベストにワイシャツと、首元にはループタイを身に付け、左右の腕には、袖丈調整用のバンドがついていた。

 店内に客はなく、カウンターの端に置かれた小ぶりなクッションの上で、猫が丸くなっているだけだった。


「じゃあ、カウンターで」と、多島くん。

「いいの?」

「由希乃ちゃん、マスターにいろいろ聞きたいこととかあるんじゃないのか?」

「でもお……」

「いつも隣り合って座ってるじゃん。それとも、そんなに俺の顔が見たいの?」

「べつにそんなんじゃないし。……じゃあ、カウンターで」


 マスターは慣れた手つきで二人分のコーヒーを淹れると、静かに彼等の前に置いた。


「お待たせいたしました。……ところでお客様、どうやら当店のコーヒーよりも、この店そのものに御用があるとお見受けしますが、差し支えなければお聞かせ下さいますか?」


 マスターはにっこり笑って軽い会釈をした。


「あ、あの……えと……」


 もごもごと要領を得ない由希乃にかわって多島くんが口を開いた。


「僕の連れが以前、ご主人のお父様が経営しておられた喫茶店の近所に住んでいまして、懐かしくて久しぶりに訪れたのですが、すでに他界されていたと、お隣の花屋のご夫婦に伺いまして」

「ああ、それでわざわざこちらの方に来て下さったんですか! どうもありがとうございます。父に代わりお礼を申し上げます」


 由希乃はぺこりと頭をさげた。


「私も、父の店が大好きでした。後を受け継ぐにあたり、出来るだけ雰囲気を再現しよう、と努力してみましたが……いかがですか? 面影はございますでしょうか、お嬢様」

「え? あ? お、おお、お嬢様? ああ、あの……えと……」

「由希乃ちゃんがんばれ」

「やだもう、変なこと言わないで。……えっと……す、すごいそのままの雰囲気で……場所も大きさも違うのに……なんていうか同じ遺伝子っていうか、すごい懐かしくて……嬉しかった、です。はい」

「そうですか、それは良かったです。父のお客様にそう言って頂けるのが、一番の喜びです。味の方は……まだまだ、だと思いますが」


 マスターはクールな表情を崩して、くすくすと笑った。


「あ、その……ごめんなさい……まだ子供だったから味とかよく……っていうか、多分私コーヒー飲んでないかも、です。クリームソーダばっかだったかも……」

「それでいつもクリームソーダ飲んでるのか~」

 と多島くん。うんうん、と納得した様子だ。

「いや、だって、普通のジュースとクリームソーダがあったら、子供はクリームソーダたのむのふつーじゃん」

「それもそーだ」

「ソーダだけに、でしょうか? ふふ。余計なことを申して済みません。楽しそうなのでつい……」

「いえいえ、こちらこそ騒いで済みません。でも、僕もこの店すっかり気に入りましたよ。僕たち今は××町の方に住んでいるんですが、また寄らせてもらいます」

「うわ、もしかしてすごい距離を移動していらしたとか……。前の店を経由してだから、ずいぶんとお疲れになったのでは……大変申し訳ないことを……」

「だいじょぶですよっ。まだ若いから!」


 満面の笑みで言い切る由希乃と、一瞬『うっ』となる多島くんだった。

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