第2話

 数日後の学校――


 放課後、飲食系の出し物をするクラスが会議室に集められ、衛生管理の講習を受けることになった。

 一年A組は、代表で由希乃ともう一人、男子生徒が参加。


「えー、一年生の方ははじめまして! 二年、三年の方は一年ぶりです! 私は保健所から食品衛生のレクチャーをするために来ました、晴海洋子はるみようこです。

両方名前みたいだけど、晴海は名字です^^ で、この学校のOBなので緊張しないでくださいね! リラックスして、でもマジメに講義を聞いてください。では、はじめます」


 年の頃は二十代半ばくらいの晴海先生は、難しそうな内容を面白おかしく説明してくれた。このぐらい学校の授業も面白ければ、もっと成績が上がるのに……。と由希乃は思った。


 講習が終わったあと、教室に戻ろうと一階の渡り廊下を歩いていると、事務室の裏手に何故か多島くんが。

 由希乃がおーい、と声をかけようとすると、彼の向こうには晴海さんがいた。


(……え? なんで多島さんと晴海さんが楽しそうに話してるの?)


 聞いちゃ悪い……とは思いつつ、由希乃は植え込みの影に回り込んで聞き耳を立てた。


「いやー去年ぶり、多島くん。元気してた?」

「洋子も相変わらずだな。講習会どうだった?」


「いつもどおりよ。それよりさ、まだ彼女いないんだったら、私と付き合わない? 公務員だし、オトクだよ」


「公務員か~。わるくねえかもな」

「でしょ~」


(――うそ! え? なんで彼女いるって言わないの? どうして? 私、彼女じゃないの?)


 由希乃はショックで走り去っていった。


「ん? 誰かいたのかな。まあいいや。だけど俺、いま付き合ってる子いるんだよね」

「うっそお~~。あんたみたいな朴念仁と付き合う女なんているの? 私以外に」

「いるよ。……ここの生徒だよ」

「え~~。あんた、年わかってんの?」

「わかってるさ。だから、まあ、いろいろな」

「それって……ちょっと保護者入ってる?」

「かもしれん」

「面倒見るなら、ちゃんと責任取るんだよ。この時期の子は大変なんだから」

「お前に言われるまでもねえよ。仕事終わったんなら帰れ」

「はいはい、おじゃまさまでした~」


 多島は微妙な顔で手を振った。


「年の差は気にしてるさ。ムチャクチャな。子供の気の迷いだったらどうしよう、とかさ。こっちは本気なのに……」


 昔と変わらぬ母校の校舎を見上げて、多島くんはため息をついた。


     ◇


 その日の晩。


 由希乃は本屋バイトが終わったあと、いつものコンビニ前で多島くんと、いつものデート。

 多島くんはバイトの休憩時間に、由希乃の帰り時間を合わせて会ってくれている。


 ……のはずだったけど。


「どうした由希乃ちゃん? どっか具合でも悪い?」


 由希乃はむすーっとしている。


「あの、私たち、付き合ってんですよね?」

「そうだよ。……やめたくなった? やっぱおじさんはイヤだよね……」


 黄昏れる多島くん。


「あの、多島さん、やっぱ年が近い人の方がいいですか?」

「……え? なんで? 俺、JK大好きだよ?」

「うっ……。そういうんじゃなくて……。付き合う相手のことなんですけど……」

「俺、付き合うひと、プラスマイナス10歳まで大丈夫だから。あのさ、何かあったの?」

「ぜったい別れたりとかしませんか? 浮気とかしませんか?」

「少なくとも俺からはしないよ。それに浮気なんてとんでもない。こんな……(もごもご)」

「なにもごもご言ってるんですか」

「いや、なんでもない」

「聞きたい」

「……恥ずかしいよ」

「い い な さ い」

「……はい。こ、こんなに、俺、惚れてるのに……別れるとかないし」


 多島くんも由希乃も耳まで真っ赤になった。


「あ、あの、こんどうちの文化祭、来てくれますか」

「やっと誘ってくれたな。もちろん、喜んで」

「よかった! じゃ、また明日!」


 由希乃は、ダッシュで駆けていった。それを呆然と見送る多島くんだった。


     ◇


「どうしよ……」


 自宅に戻った由希乃は、バスタブの中でぶくぶくと泡を吹いていた。


「勢いで……メイド服見せつけてやろうなんて思っちゃって……あああ……どうしよう……」


 ――ぶくぶくぶくぶく。


「だってしょうがないじゃん! 晴海先生とくっつかれでもしたら、私の立場が、っていうか寝取られとかありえないし! わ、若い方がいいって、ぜ、ぜぜぜ、絶対納得させてやるもんね!!」


 ――ぶくぶく。


「とはいっても……やっぱり自信ないよお……胸とか小さいし……どうしよう……」


 ――ぶくぶくぶくぶく。


「いや!! ぜったい、多島さんを年増女なんかに渡してなるもんですか!! が、がんばらないと!!」


 ――ピシャリッ。


 由希乃は両手で頬を叩いて、気合いを入れた。

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