第3話

 そして、文化祭当日の朝。


 メイド喫茶と化した教室前の窓際で、うろうろそわそわ落ち着かない由希乃がいた。


「あ~……まだかなまだかな……」

「まだ開場してないよ。えっと、誰か呼んでるの?」


 クラスメイトの真理華まりかが訊いた。二人とも、フリル満点のメイド姿である。


「うん……。でも、ちゃんと来てくれるかな」

「ひょっとして、彼氏?」

「……だったら、いいな、っていうか……」

「なにそれ」

「私は彼氏だと思ってるけど……あっちはどうかな」

「片思いの知り合いの人?」

「う~~ん……一応付き合ってはいるけど……ちょっと自信なくて……」

「なんかわかんないけど大変だね。まーがんばれ」

「あ、ありがと」


 真理華は外にビラ撒きに行くといって、教室を後にした。


「あああ……どうしよどうしよ……そろそろ開場時間だよお……」


 普段バイトで接客をしているからとメイド役にさせられたけど、正直こんな格好で冷静に接客出来る自信なんかない。だいたい接客といったって、自分のバイトは本屋なんだから。


「ううう……やっぱ多島さんにこんな格好見せられないよお……」


 お盆で胸を隠す由希乃。しかし、端からはメイドのかわいらしさが強調されて、やる気まんまんにしか見えない。


 開場の校内放送が流れた。

 校門からはパラパラと人が入ってくる。

 朝一番なのだから、そんなにたくさん人に来られても正直困る。


「多島さん……わりと早めに来るって言ってたけど………………あれ?」


 どこからどう見ても、一般客がいるとは思えない場所に、いきなり現れた多島くんを発見。

 関係者用の駐車場から歩いてくる。


「え? なんであんな場所から――――ウソ」


 多島くんの後ろから、あろうことか晴海先生がついてくるじゃないか。

 しかも二人は楽しそうに話している。


「ウソ……ウソだよね? そんなの、ありえない!!」


 グワーンッ!!


「ちょ、どうしたの由希乃!」


 金属製のトレーを床にたたきつけた音で、クラス内の全員が一斉に由希乃を見た。


「ゆ、ゆるせないッ!!! ちょっと行ってくる!!!」


 それだけ叫ぶと、由希乃はメイド姿のまま教室から飛び出していった。


     ◇


「晴海先生!! その人は私のものです!! 横取りしないで下さい!!」


 教室から全速力で駐車場までやってきた由希乃が叫んだ。

 ぜいぜいと息を切らし、肩を大きく上下させている。


「「ええっ?!」」


「あの……どういうことなの?」

「由希乃ちゃん、横取りって何なんだ、俺と彼女は――」


「こないだ事務室の裏で、私の多島さんに付き合おうとか言ってたじゃないですか! そりゃ私は多島さんから見たら子供だけど、おばさんに負けるつもりなんかないですから!」


 多島くんと晴海先生は顔を見合わせた。


「あれって、由希乃ちゃんだったのか」

「あはは、なにか誤解させちゃったみたいね」

「な、なにがおかしいんですか。この泥棒猫!」

「あのなあ、俺たちさ、二人ともここのOBなんだよ。で、元同級生」


「そうよ。毎年文化祭で顔を合わせるけど、この男朴念仁でちっとも女っ気がないから、フリーなら付き合ってあげようかって話をしてたんだけど」


「悪かったな朴念仁で」

「……OB? 二人とも? 同い年? えええええ?」

「だけど私、多島くんに振られちゃったわよ。今でも信じられないわ」


「どうせ盗み聞きするなら、最後まで聞いていけばよかったのに。俺はあのあと、彼女がいるからって断わったんだよ。由希乃ちゃんがいるんだから当たり前だろ?」


「え……あ……そ、そうなんですか…………」


 三人で話していると、別の学年の先生が顔を出した。


「ああ、多島君に晴海君、ご苦労さま。毎年助かってるよ」

「おはようございます、先生」

「おはようございます。足りないものがあったら店に電話してください」


 先生は、二人によろしくな、と言って立ち去った。


「毎年? 店?」


「由希乃ちゃん、うちの店は毎年ここの文化祭に材料を卸してるんだよ。こないだはその打ち合わせで、今日は納品」


「そうだったんだ……私……すごい勘違いして……あわわわわわわ……ご、ご、ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――ッ!!」


 由希乃は絶叫しつつ、その場から走り去った。


「ずいぶんと元気のいい彼女さんねえ」

「嫌みかよ。まあ少し大変だけど、可愛がってるつもりだよ」

「あんな勘違いさせて、まだまだなんじゃないの?」

「いろいろあんだよ」

「なにしてるの?」

「あ?」

「早く追いかけなさいよ。これだから多島君は……」

「あ、そっか。じゃあな」


 多島くんは由希乃の後を追った。


     ◇


「やっと見つけた。こんなところにいたのか」


 多島くんは、校舎裏の荷物置き場で由希乃を捕まえた。


「なんで来るの……」

「別に逃げることないじゃん」

「でもお……超恥ずかしい」


 多島くんは、由希乃をぎゅっと抱き締めた。


「俺、嬉しかった。あんな風に言ってもらえて」

「多島さん……」


「年のこと気にしてるの自分だけだと思ってた? 俺だって、すごい年のこと気にしてたんだ。いつか、由希乃ちゃんにもっと年が近い彼氏でも出来て、俺は捨てられるんじゃないかって」 


「そんな……ごめんなさい」


「だってさ、十歳も離れてるわけだしさ。四捨五入したら三十路だよ」


「えっ!!!! ……も、もっと若いかと思ってた。だって資格試験の勉強してるとか言ってたし……」


「俺、大学出てからいろいろしてたから。そんなに若く見える?」

「う、うん!五歳差ぐらいかと……」

「それ、似合ってる」

「え? ……あああッ、み、みないで!」

「なにを今さら……だいたい見せるためにその格好してるんじゃないの?」

「だから文化祭呼びたくなかったのに……」

「じゃあなんで呼んだの?」

「……言わない」

「なーんーで?」

「言いたくない……」

「ほう……。言わないと、写真を店のブログに貼っちゃうぞ?」

「や、やめてえええ! それだけは!」

「じゃ、言う?」

「言うからやめてえ!」

「うむ。じゃ、言って」

「……晴海さんに、取られたくなかったから。メイド服でその……」

「気を惹こうと」

「まあ」

「くそーッ、かわいいやつめ!!」

「ぎゃあっ」


 多島くんは、再び由希乃を力一杯抱き締めた。

 

「あー、由希乃こんなとこでさぼってた!! はやく教室に戻ってよ~」


 さっきビラ撒きに行ったクラスメイトに発見されてしまった。


「あ、あわわわわわわ、い、いまいくから!」

「ああ、すいません、お借りしてました。これから行かせますので」

「ああ、お弁当屋さんの。お世話になってます」

「由希乃、だまっといてあげるから今度なんかおごってよね」

「ひゃい……わかりまひた……」


 多島くんは、ぽんと由希乃の背中を叩いて、


「俺まだ荷物の搬入が残ってるから、仕事行ってこい。大丈夫、後でちゃんと行くから」


「うん。じゃ、行ってくる!」


 バイバイ、と手を振り由希乃を見送った。


「俺、頑張って、お前を幸せにするから。だから。ずっとそばにいてくれ」


 誤解が解けて、すこしほっとした多島くんだった。 

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