第22話 v:

 夕陽を眺めていると、僕はいつだって心が安らいだ。徐々に力を失っていく太陽の朱色と、ひたひたと迫ってくる夜の冷たい肌触り。そのコントラストは、なんとも言えず僕にはとても魅力的だった。

 どこかに帰りたくなるけれども、そんな場所がいったいどこにあるのか見当もつかない。ぼんやりと子供の頃のことを思い出しそうになる。

 だけど、記憶はあまりに遠すぎて、僕の中でうまく再生されてはくれない。僕は本当に多くの事を忘れてしまった。

 夕暮れの商店街を僕は独りで歩く。アーケードに覆われた中通りは、たくさんの買い物客で溢れかえっていた。活気のある騒めきが、そこら中に充満している。その光景は、まるで人の生きる力に満ち溢れているかのようだった。

 でも、僕の耳にその騒めきは入ってこない。こんなにもすぐ側に人が大勢いるのに、僕が感じるのは、どうしようもない孤独だった。

 見るとはなしに視線を巡らせると、魚屋の軒先に氷漬けになった秋刀魚が並んでいた。僕は久しく、その豊潤な脂をまとった青魚を食べていないことを思い出した。最後に食べたのはいつのことだろうか。朧げな記憶を辿ってみる。この商店街でこの時季に、同じように誰かと秋刀魚を買って歩いた記憶があるけれども、それが誰だったのかはもう思い出せなかった。

 途切れたアーケードの隙間から西の空を眺めてみると、藍色をした夜の滲みが、夕陽の裾野からじんわりと広がりはじめていた。

 いま僕の右半身を温めているこの熱も、すぐに冷えてなくなってしまうのだろう。最後の温もりが僕から抜け落ちてしまわぬうちに、ジルの待つ部屋へ帰ろうと、僕は勢いをつけて右脚を前へと送り出した。

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